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52 仮面少女の父と父




 リノたちがいるのは広場の最後方。

 人垣に視界を遮られ、小柄なリノとアリエスではランが顔を出す予定のバルコニーは見えない。

 リノがぴょんぴょんと軽く飛び跳ね、アリエスは無表情でその様子を凝視。


「……ふぅ、跳んでると疲れるね」


「リノ可愛い。じゃなかった。なら本当に飛べばいい。こんなこともあろうかと、スターブルームはバッチリ持ってきてる」


「死ぬほど目立つし、迷惑になりそうだからやめとこ? それに——」


 アリエスがあえて目を背け続けていた、同行者の存在。

 幼なじみの想いは露知らず、リノは彼女の話題に遠慮なく触れる。


「ミカちゃんが乗れないじゃん。あの箒、二人までしか乗れないでしょ」


「ですわよ、まったく。わたくしをのけ者にするのは頂けませんわ」


「……ぬぬぬ。そもそもなぜ、ミカがここにいる。姉と妹はどうした」


「二人とも依頼ですわ。楽な内容だから二人で十分、ですって」


 ブルームと頻繁に依頼を共にし、リノの家を訪れることも多いミカ。

 気を利かせてくれたのだろう姉と妹に感謝しつつ、彼女は今日、特別に依頼を休ませてもらった。


「鉄仮面ちゃんの晴れ舞台ですものね。あの子がお姫様だったなんて、聞いた時は驚きましたわ」


「だろうね、私たちもびっくりしたもん。お城に行くって聞いた時の方が、もっと驚いたけど……」


 ランがどんな決意でリノたちとの別れを決意したのか、リノ自身は知らない。

 ただ彼女の決断を尊重したい、それだけだ。


 やがて、バルコニーの上で忙しなく動きまわっていた使用人たちもいなくなった。

 いよいよセレモニーの準備は完了したようだ。


「おっ、いよいよお姫様のお出まし。リノ、派手にさらう準備は出来た?」


「さらわないよ!?」




 広場に集った群衆のざわめきが、遠く聞こえる。

 いよいよ目前に迫った顔見せの時。

 母のドレスに身を包んだ小さな姫君は、緊張に顔を強張らせ、ドレスのすそを強く握った。


「そんなに固くならずとも良い、ラン。我が娘よ」


 彼女の頭の上にそっと置かれた、しわの刻まれた大きな手。

 顔を上げれば、ナボリア王が穏やかな笑みを浮かべている。


「お前は何も言わず、ただワシの隣に立っておるだけでよい」


 王の年齢は、もう六十も半ばを過ぎている。

 数名いる王妃たちも、彼が若いころから今に至るまで一人も子を宿さなかった。


 長らく続いた王家の血が、自らの代で途絶えてしまうのか。

 そんな積年の悩みを消し飛ばしてくれた、歳の離れた妹の忘れ形見。

 年老いた彼にとっては、まさに救いの女神が舞い降りた心境であった。


「お……、お父、様」


 たどたどしい口調で、どこか気まずさを交えながら、ランは王を父と呼ぶ。


「無理にそう呼ばずとも良い。まだワシはおろか、王宮の暮らしにも慣れておらぬだろう」


 彼女は王位継承の資格を得るため、王の養子となり、父と娘の関係となった。

 父、というものに、ランはこれまで嫌悪感しか抱いたことがない。

 その言葉をこうして口にすることは、一生無いとさえ思っていた。

 新しい父の下で、この感情は拭い去れるのだろうか、まだはっきりとした答えは見えないまま。


「陛下、姫様。万事準備は整いました。お出ましになられませ」


 近衛騎士たちの長であるバーンドが跪き、二人に報告を上げる。


「うむ、では行こうか、ラン。我が国の民に、お前の顔を見せておやり」


「は、はい……っ」




 広場に鳴り響くファンファーレ。

 数千人の目が一斉に、バルコニーへと注がれる。


 演奏が終わると、王と共に小さな少女が姿を見せた。

 長く伸びた金の髪に白い肌、そして純白のドレス。

 群衆はみな、その美しさに息を呑む。


 リノたちのいる最後方からでも、その姿は光り輝いてすら見えた。


「ランちゃん、綺麗だなぁ。さすがお姫様って感じだよ……」


 奴隷同然の生活を送ってきた少女。

 薄暗い屋敷の地下から彼女を光差す場所へ引っ張り上げたのは自分なのだと、誇らしく思う。

 と同時に、もう彼女が手の届かない場所に行ってしまったことを思い知らされ、胸の中にぽっかりと大きな穴が開いたような、空虚な感覚を覚えた。


「ホント、雲の上の存在になっちゃったんだね……」


 寂しげなリノの呟きに、アリエスの胸も痛む。

 ランに入れ知恵した次の日、結局想いは告げなかったと伝えられた。

 これまでずっと理不尽に耐えて生きてきた、これからも我慢に我慢を重ねていくだろうラン。

 せめてあの夜くらい、自分に正直になって欲しかったのに。


「……私はランに遠慮しないよ。リノの隣、独り占めしちゃうから」


 遠く離れたランはおろか、隣にいるリノやミカにも届かない、小さな小さな呟き。

 アリエスの胸は、また小さく痛んだ。



「——つまり我が妹、レイシアの忘れ形見なのである! よってワシは彼女を養子とし、正当なる王位継承権を与えることをここに宣言する!」


 堂々と演説を続ける王の傍ら、ランは観衆の中からリノたちの姿を探す。

 顔は動かさず、視線だけを彷徨わせて。


(来ているんでしょうけど、やっぱり見つからない……。仕方ないですよね、こんなに人がいるんですから……)


 これで良かったのかもしれない。

 リノの顔を見れば、泣いてしまうだろうから。


「皆、今日よりはこれなるラン・ゴドルフィ・ディ・ナボリアを主君と仰ぎ——」


「ちょっとよろしいでしょうか、ナボリア王」


 王の演説の最中、割り込んだ不躾ぶしつけな声。

 王は怪訝けげんな顔で振り向き、ランはこの場にいるはずのないその男の声に、背筋を凍りつかせた。


「何用だ、レイドルク。話は後で聞く、今は大事な式典の最中なのだ」


 どうして、なんで、あの男が、何をしに、王はなぜ彼を知っている。

 一歩も動けず、引きつった表情で固まるランの頭の中を、様々な事柄がぐるぐると回る。


「その式典に関する、大切な事柄なのですよ。そこにいるラン王女の、父親について!」


「ランの、父親だと? 冒険者の中の誰かで特定は不可能、だろう? お主からの報告にはそうあったが」


「残念、それ虚偽の報告です」


「な、なんだと……?」


 レイドルクはバルコニーに進み出て、大観衆の前にその身を晒す。

 目にした瞬間、リノは驚愕の表情と共に駆けだした。


「あいつ、なんで……!」


「リノ?」


「どうしましたの!?」


 人ごみをかき分けて進む彼女を、二人も追いかける。

 そしてレイドルクは、困惑する群衆に対し、声を張り上げた。


「お集まりの皆さま、よぉくお聞きください! ここにいるラン王女の父親はラーガ。先の火災で死んだ奴隷商にして——」


「ま、まさか……! やめて、それ以上は……!」


 青ざめるランに対し、愉悦の笑みを浮かべて。

 群衆に向き直ると、高らかに言い放った。


「人に化け、人を喰らう! 人喰いの化け物、龍人!! 彼女はその血を引いた、醜い怪物なのです!!」




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