表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/93

49 半龍少女のもう半分




 当事者であるランはもちろんのこと、リノやアリエスも呆気に取られる。

 バーンドの放った言葉は、それほどまでに衝撃的なものだった。


「……今なんて言いました? 聞き間違いですよね、わたしが王族だとか聞こえた気がするんですけど」


「いいえ、間違いありません。貴女様は十六年前に失踪した現国王の妹君、レイシア様の御息女です」


「レイシアは、確かにわたしのお母さんの名前ですけど……。お母さんが王女様……?」


 突然知らされた事実を受け止めきれず、ランは混乱の渦に飲み込まれた。

 その右手に、僅かに浮かぶ緑の鱗。

 今の彼女は、リノが側にいることを忘れてしまうほど狼狽してしまっている。


「まずい……! バーンドさん、確かめたならもういいですよね、鉄仮面返してもらっても」


「はあ、よろしいですが」


 返却された鉄仮面を手早くランに被せても、変異の兆候は収まらない。


「わたし、わたしが……?」


 呆然と立ち尽くすラン。

 その小さな体をそっと抱きしめ、リノは優しく声をかける。


「ランちゃん、落ち着いて。大丈夫だよ。私が側にいるから、ね?」


「ふぁっ、リノさん……」


 鉄仮面越しに感じるリノの香り、全身で感じる暖かさ。

 この上ない安らぎに包まれて、ランはようやく落ち着きを取り戻した。


「あ、ありがとうございます……。もう平気です、ちょっとびっくりしただけで」


「そっか。でも無理はしないでね」


 自ら体を離したランだが、まだ小刻みに震えている。

 彼女にとって、自分の中に流れる血は嫌悪の対象だった。

 ラーガの、悪辣極まりないあの男の血を引いていると考えるだけで、気が狂いそうになるほどに。

 その証拠である龍人としての力も、無理やり封じ込めて目を逸らし続けている。


 そんな忌むべきものである血のもう半分。

 母から受け継いだ血が王家のものだった。

 アイデンティティが根底から覆される感覚の中、ランは必死に冷静さを保とうとしていた。


「あ、あの、私が王族だってお話、詳しく聞かせてもらえますか?」


 ランを姫と呼び、足下に跪く騎士。

 彼は顔を上げると、彼女の母について語り始めた。


「はっ。まずは貴女様の母君であるレイシア様について。あのお方は、国王陛下とは二十近くも歳の離れた、たった一人の妹君でした」


 レイシアは幼い頃から自由奔放、男勝りの性格だった。

 騎士団に混じって剣を振り回し、冒険譚に憧れる。

 そんなじゃじゃ馬姫だったという。


「歳が近かった事もあって、私も子供の頃は、よくあのお方の剣の稽古に付き合わされたものです」


 遠い昔を懐かしむ彼の目は、どこか遠くを見ているようでもあり。

 彼はきっと、ランの母に対して特別な気持ちを抱いていたのだろうと、リノは何となく察した。


「ですが、レイシア様は王族。自由気ままになど生きられない」


 今から十六年前、彼女は隣国ギリアの王子に嫁ぐことが決まった。

 いわゆる政略結婚、そこに自由な意思は無い。


 レイシアは断固拒否、しかし彼女の意思を無視して話は進んでいく。

 そして輿入れの前夜。

 彼女は嫁入り道具の中から、近衛兵用の武器と防具一式を持ち出して、数人の従者と共に行方をくらませた。

 その後の行方は知れず、遠方まで捜索の手を広げても、足取りは掴めなかった。


「その時持ち出された防具には、王家の紋章であるバジリースの花が彫られているのです。貴女様の鉄仮面、その裏側に刻み込まれていること、先ほどこの目で確認致しました」


「そ、そう、なんですか……」


 話を聞きながら、ランは母との日々を思い出す。

 母は冒険者稼業に出る時、必ず鉄仮面を身に着けていた。


 フルフェイスのヘルムを着用する者は、男性女性問わず非常に少ない。

 高い防御力を得られるメリットよりも、視界が遮られる、重量がかかる、顔が見えないために名が売れにくい等のデメリットの方が遥かに大きいからだ。

 しかし、顔が見られないことがメリットになるなら。


 金髪碧眼の非常に目立つ容姿を隠すために、持ち出した鉄仮面を被り続けていたならば、辻褄は合う。

 ランには本名を教えていたが、外ではきっと偽名を名乗っていたのだろう。


「して、ラン様。レイシア様はいずこに」


「あの、お母さんは、もう……」


「そう、でしたか……。残念です……」


 沈痛な面持ちで顔を伏せるバーンド。

 レイシアと幼い頃から一緒だった彼にとって、この報せはショックだった。


 そして、ランにはもう一つ気がかりなことが。


「あの、どうして今になって、わたしがお姫様だって分かったんですか?」


「長年レイシア様の捜索に当たっていた密偵が、対抗戦でのブルームの活躍をきっかけに貴女様を見つけ出した、そう聞き及んでおります」


「密偵……、信頼出来る方なんですか?」


「ええ、腕も確かな、陛下の信頼厚い家臣です」


 ランの気がかりは、レイドルクの存在。

 母の名を問いただし、愉快そうに消えていったあの男。

 何かよからぬ事を企んでいるとしか思えないが、今回の件については無関係らしい。

 これが王の家臣からもたらされた、確かな情報である以上は。


「ランちゃん、何か気になるの?」


「その……。ちょっと気になって、それだけです」


 あの日レイドルクと会ったことは、リノには言えていない。

 ライナが眠ったままの彼女に、余計な心配をかけたくなくなかったから。


「では姫様、早速お城まで案内致します」


「……へっ? わたし、お城に行かなきゃいけないの……?」


「はは、さすがに急過ぎましたかな。何かと準備も必要でしょうし、お迎えは後日に致しましょう」


「ちょっと待ってください! 今まで通り暮らすのって無理なんですか!?」


 王族になれば、冒険者ではいられない。

 リノとアリエスと一緒に、様々なところへ冒険に出る日々が唐突に失われる。


 それに、王宮暮らしになればリノとは離れ離れになってしまう。

 ランの中であまりにも大きな存在となってしまったリノ。

 依存していると言っても過言ではない、そんな彼女と離れて暮らすなど、考えられない。


「姫様の存在を知って、国王は大層お喜びになられました。なにせあのお方は高齢、そしてお世継ぎもいない」


「聞いたことがある。若い頃に子供を立て続けに亡くしたって」


 アリエスの補足の通り、現国王に世継ぎは不在。

 このままでは、長い歴史を持つ王家の血は絶えてしまう。


「直系の血筋は諦め、分家から世継ぎを迎える話も出てきた昨今、姫様の存在は、まさに我らが王家の希望なのです」


「で、でも……。あの、わたし……」


 リノと離れたくない。

 王宮で暮らすにも、龍人の部分を隠し通さなければいけない。


「えと、分かりました……」


 それでも、断りきれなかった。

 それは他の誰でも代わりにならない、自分にしか出来ないこと。

 あまりにも重い言葉と期待、小さすぎる理由や単なるわがままでは到底釣り合わない。


「では三日後、お迎えにあがります。よろしいでしょうか」


「はい……」


「良い返事を頂けて安心しました。これで王家も安泰だ」


 求めていた返事を受け取った中年の騎士は、意気揚々と立ち去っていく。


「……ランちゃん、本当にそれで良かったの?」


「……良いんです。これはわたしにしか、出来ないことだから」


 そう返したランの声は明るく、しかしその表情は鉄仮面に覆い隠され、窺い知れない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ