05 そして少女の物語が始まった
「えっと、アリエスちゃん。今から私、独り言をブツブツ言ってるみたいに見えるだろうけど、断じて独り言じゃないから。それだけは先に言っとくね」
「分かった。リノの独り言、堪能するね」
本当に分かってくれたのだろうか。
ともあれ、ライノルードには聞きたいことが山ほどあるのだ。
ここを逃せば、また長い眠りに入ってしまうかもしれない。
「まずライナ、あなたは一体なんなのさ」
『それはもう説明したはずだけど。正確な年数は分からないが、今を遡ること数百年前。最強のドラゴンスレイヤーとして名を馳せ、人喰いの化け物どもを闇から闇へと葬った、あたしはそう、伝説の女さ!』
「……えっと、つまりライナって、元は人間?」
『そうだけど、今さらそこなんだ』
「ってことは、ゆ、幽霊……!?」
『そうなっちゃうのかな、くそったれ野郎に封印されて、魂だけの存在になっちゃったんだし』
本物の幽霊に取り憑かれてしまった。
恐るべき事態に、少女は震えあがる。
「あ、あわわわっ、どうしよう、こんな時はどうしたら……、教会に行ってお祓い? 聖水を頭からかぶるとか? 除霊用のアイテムって何か持ってたっけ……」
『いやいや、あたし、リノに何か危害を加えた? 幽霊ってだけでそこまで怖がられるのは心外なんだけど』
「そ、そうだけどさぁ……」
『怖くないよー、ライノルード怖くなーい。お姉さん悪い幽霊じゃないよー、大丈夫だよー』
「も、もう分かったから、猫なで声はやめて」
確かにライナには、自分もパーティーメンバーも命を助けられた。
悪い幽霊ではないのだろう。
だが、取り憑かれた以上は四六時中一緒にいることになる。
プライベートもなにも有りやしない。
やっぱり早く離れて欲しい。
「ところでお姉さんってことは、やっぱりライナって私よりも年上なんだね。私は16だけど」
『やっぱりって、年寄り臭いって意味かなー? お姉さんこれでもピッチピチの享年24歳だよー?』
自分で言うのか。
結婚適齢期17歳の世の中で、24歳はピッチピチなのか。
そもそもピッチピチって、言語センスが古くないか。
色々とツッコミを入れたいが、キリがないので次の質問へ。
「ライナの首飾り、どうしてあんな場所に置いてあったのさ」
『お姉さん、スルーは悲しいよー。で、あたしがあんな場所にポツンと置かれてた経緯ね。……そうだね、もう数百年前のことだしね。ゴメン、忘れちゃった』
「忘っ……、嘘でしょ! 絶対嘘だ!」
『……正直さ。この話は、覚悟の無い者には話せない。リノがもし、深い深い暗闇に足を踏み入れる覚悟があるのなら、今すぐに話してもいいよ?』
「なっ、そんな、急に真面目に……」
軽い口調から一転して、重みのある言葉。
人を一人、魂だけにして数百年もダンジョンの奥に封印するような事柄だ。
その背後に、気軽に触れてはならないものが潜んでいることは、想像に難くない。
『どうだい、覚悟はある?』
「……あるわけないじゃん、そんな覚悟」
冒険者を目指してはいるものの、普通の女の子の範疇を出ていないと自負している。
幼馴染の役に立ちたい、それだけを考えて、なんとか後ろをついていく日々。
置いて行かれないだけで精一杯なのに、これ以上の重荷はとても背負えない。
『賢明な選択だ。けどね、これだけは聞いて。たとえリノに覚悟は無くても、あたしには覚悟がある。奴らを根絶やしにし、仇を討つ、そのためならあたしは何でもやる。無関係の人間も巻き込む。リノ、あんただって利用する』
「ライナ……?」
ゾクリと、背筋が凍った。
言葉の端々から漏れる、抑えきれない憎しみ。
『……なーんてね。そのぐらいの覚悟があるってだけの話さ。無理にリノを巻きこんだりはしないから安心して。あたしは宿主サマの意思を尊重する、良い幽霊なので』
「あ、あはは。なんだよもう、脅かさないでよ」
元通りのおどけた調子に戻ったものの、リノは安心出来なかった。
さっきのライナの言葉が、こびり付いて離れない。
彼女は本気だった。
無論、あんな風に確認を取った以上、無理やりに巻きこむつもりは無いのだろう。
しかし、巻き込まれて欲しいと、目的を果たすためにリノに手伝って欲しいと、間接的に告げている。
あの言葉は、その意思表示に他ならない。
『いやいや、ホントあたしは幸せ者だよ。こんな可愛い宿主に取り憑けてさー』
「それ。出会ってからずっと私のこと可愛いって言ってるけど、私普通だよ? 地味で普通だよ?」
『そんなことは無い!』
「そんなことは無い……」
「うぇっ、ハモった!?」
頭の中に響くライナの声と、耳から届くアリエスの声が、同時に同じセリフを叫んだ。
困惑するリノに、真剣な眼差しを向ける幼馴染。
「アリエスちゃん、今のは……?」
「リノは自覚していない。自分がどれほど魅力的なのか、小一時間説明してやりたい」
『わかってるねぇ、可愛いお嬢ちゃん。よし、リノ! 交代だ!』
「えぇっ!? 交代って、ちょっと待っ——」
静止する間もなく、ライナの意識が頭の中に潜りこみ、リノは首飾りの中へと追い出された。
『おいこら、悪霊! 宿主の意思を尊重するんじゃないの!?』
「それはそれ、これはこれ。改めましてお嬢ちゃん。あたしはライナ、どうぞよろしく」
「私はアリエス。……演技じゃないよね? リノはこんなに上手に演技出来ないし」
『ちょっと傷つくよー、アリエスちゃん』
幼馴染の耳には届かない、悲しみの呟き。
聞こえていたならば、リノは裏表の無い性格だから、などとフォローが入っただろう。
「アリエスかぁ、良い名前だ! ……キミもびっくりするくらい可愛いね。どうかな、お姉さんと一晩遊ばない?」
「お断り。今はっきりわかった。あなたはリノじゃない。リノは絶対にそんなこと言わない」
「つれないねぇ。で、だ。キミもリノを可愛いと思っているんだろう?」
「勿論。本人にも、もっと自覚を持って欲しい。自分がどれ程魅力的なのかを」
『アリエスちゃーん、聞こえてるよー! 本人ここにいるよー!』
どれほど叫ぼうが、リノの声は届かない。
そのままアリエスによるリノ談義が始まり、幼い頃からの様々なエピソードが披露され、リノは首飾りの中で悶絶した。
▽▽
二週間後、バルト一行は王都ナボリスへと凱旋した。
邪龍を討ち取った英雄は王城へと通され、盛大なファンファーレが吹き鳴らされ、国王自らが賛辞を送る。
真相を知る三人の仲間が、冷ややかな視線を送る中で。
そんな茶番が行なわれている王城の外。
真の龍殺しの英雄は、往来の中を一人、退屈そうに歩いていた。
『本当に良かったの? あのクズに手柄を渡しちゃうなんて』
「いいのいいの。だって龍を倒したのはライナだし。私、何にもしてないじゃん。アレを自分の手柄だって言い張ったら、それこそあのクズと同じだよ」
『ご立派だねぇ。それに引き換えあのクズ、何が荷物持ちは城に入るな、だ。あたしが出て行って叩きのめしてやろうかと思ったよ』
「あはは、気持ちだけありがたく受け取っておくね。ホントにブチのめしたら、さすがに捕まっちゃうし。あのクズ、権力だけは持ってるから」
リノはバルトの独断により、王宮に入れて貰えなかった。
それはつまり、パーティーの一員と記録すらされず、名前が残らないことを意味する。
未練が無いわけがない。
悔しさも感じている。
今すぐバルトの顔面をボコボコにしたいほどに。
それでも、やっぱり他人の力で英雄と呼ばれるのは違うと思うから。
一度だけ振り返り、遠く王城を仰ぎ見ると、リノはまた歩き出した。
往来を行く、赤い首飾りを下げた少女。
これはいずれ龍殺しの英雄と呼ばれるようになる、彼女の物語。
あのクズへの制裁はしっかり用意していますのでご安心を。