47 魔法少女が固めた決意
ランキング一位、トップクランに躍り出た『ブルーム』。
連日高難度の依頼が殺到し、リノたちが王都に居られる時間は極端に減っていた。
王都から三日の距離にある荒野の中。
今回のターゲットであるAランクモンスター、魔獣ベヘモスをリノたちはなんなく仕留めた。
その死骸をリノが収納する傍ら、アリエスは非常に機嫌が悪い。
「納得いかない」
「な、何がですか、アリエスさん……。あと、顔怖いです……」
アリエスのほんの僅かな表情の違いを、共に暮らすうち、ランは少しだけ見分けられるようになっていた。
「そうですわ。あんまり怒ると将来小じわが増えますわよ?」
彼女の不機嫌の原因であるミカが、しれっと会話に参加する。
「……なんでここにいる」
「あら、もうお忘れ? 今回の依頼、クルセイドとブルームが合同で当たることになってたでしょう」
「ならどうして姉も妹もいない」
「外せない依頼が入りましたの、もう説明したじゃない。何度も同じ説明をさせないでくださいます?」
呆れ果てた顔でやれやれと首を振る。
龍の討伐に一役買ったことで、クルセイドへの依頼も急増。
順位は三位のまま変わらなかったにも関わらず、三姉妹は多忙を極めていた。
余談ではあるが、本来ランキング二位に上がるはずだった『ジョン・ドゥ』は、クランのメンバー二人が行方不明となったためにランキングを除外されている。
「ぐぬぬ。おのれ、ミカ・エンジェラート」
「フルネームで呼ぶの止めてくださいます? アリエスさん?」
「な、なんだか立場が逆転しちゃってるね」
二人のやり取りを遠巻きに見守っていたリノ。
彼女のコメント通り、憑き物が落ちたようなミカに比べ、アリエスは余裕がない。
その原因までは、リノには分からなかったが。
「ゴメンね、ミカちゃん。せっかく手伝ってくれたのに」
「べ、別に見返りなんて期待してませんし? これも依頼ですから全力で当たったまでで……」
「でもミカちゃんのサポートのおかげで簡単に勝てたんだもん。ホントにありがとねっ」
両手を握って、極上のスマイルを浴びせる。
途端にミカは顔を真っ赤にし、俯き加減で目を逸らしてしまった。
「わ、わたくしもその、色々と、借りはありますし? その借りを返すまでは、こ、これからも一緒に行ってあげてよろしくてよっ」
「うん、これからも一緒だと、私も嬉しい!」
「あ、あううぅぅぅ……」
更に顔を近付けてきたリノに、もはやミカは限界。
頭から湯気を吹き出しながら、後ずさっていく。
「わ、わたくし、ちょっとその辺を散歩してきますから!」
「え、えぇ? 危ないよ?」
「大丈夫ですから、大丈夫ですからーっ!」
そのままどこかへと走り去ってしまう。
「な、なんか様子が変だったね、ミカちゃん。どうしたんだろ——うわっ!」
振り返れば、アリエスが死にそうな顔で膝から崩れ落ち、ランが必死に励ましている異様な光景が広がっていた。
「リノは、リノは魅力的過ぎる……」
「あわわ、アリエスさん……! 大丈夫ですよ、大丈夫ですから!」
「ラン、強いね。私はそろそろ限界かも……」
▽▽
依頼を終えた三人は、久々に我が家へと戻ってきた。
鉄仮面を外したランがリノに甘え、アリエスが黙々と本を読む日常。
明日にはまた困難な依頼が舞い込むだろうが、今だけは穏やかなひと時を。
そんなアリエスの願いは、来訪者のノックの音がきっかけで粉々に砕かれる事となる。
「お客さんみたいですね。わたしが出ましょうか」
「私が行くよ。ランちゃんは座ってて。誰だろ、家賃の集金かな……」
来訪者への応対のために扉を開けると、そこにいたのは金髪縦ロールの少女。
「あれ? ミカちゃん。いらっしゃい、家の場所教えたっけ」
「し、師匠に教えて貰いましたの。上がってもよろしくて?」
「もちろん! 待っててね、今お茶とお菓子出すから」
リノが歓迎する一方で、アリエスは本を取り落とし、絶望の底に叩き込まれる。
もはや確定、懸念は現実のものとなった。
リノを見つめるミカのあの目は、自分やランと同じ、恋する少女のそれである。
「ど、どうして……、どうしてリノはこんなにモテるの……。モテてしまうの……」
プチお茶会を終え、歓談も済ませて、ミカが帰ったのは夕方頃。
優雅な休暇のはずが、アリエスはリフレッシュどころか疲弊しきっていた。
「ねえリノ……、ライナはまだ起きないの……? また相談したいことが、出来たんだけど……」
「まだなんだ。邪龍の時は一週間くらいだったけど、もう二週間以上も眠ったまんま。色々と報告したいこと、あるんだけどな……」
彼女が眠りについたあの日から二週間と少し、リノの周囲は劇的に変化した。
実力を示す事こそ正義であるギルドにおいて、リノは飛び級でSランクに昇格。
同じくアリエスも、Sランクへと上がっている。
更に、龍殺しの英雄として一躍有名人に。
今や彼女の名を知らぬ者は、この王都にはいないのではないだろうか。
「全部ライナのおかげなんだよ。ライナとライナの大事な人の仇も討てたんだよ。一番に報告したかったのに。早く起きてよ……」
もしかしたらこのまま目覚めないのではないか。
そんな不安さえ押し寄せてくる。
「本当、早く起きて欲しい……」
死んだ目でほっぺを机に押しつけながら、重力に任せて寝そべる魔法少女。
その姿は、とてもSランクの冒険者とは思えなかった。
「アリエスちゃん、その悩みも私に相談できないやつ?」
「うん……。リノには……そ、そうだ。ランになら言える!」
「わ、わたしですか?」
「ちょっと私の部屋に来て。大事な話があるから」
「わっ、ちょちょっ、アリエスさん!?」
ランの腕を引っ張り、強引に二階へと連れていく幼馴染を、リノは呆気に取られながら見送った。
アリエスの部屋に連れ込まれたランはベッドの上に座らせられ、アリエスもその隣に腰を下ろす。
「あ、あの、大事な話ってなんでしょう」
「ラン、リノの事が好きだって、前に言ったよね」
「えぇっ!? は、はい、言いましたけど……」
鉄仮面の中で赤面しているのだろう、分かりやすくうろたえるランを見ても、やはり嫉妬心や負の感情は湧き上がらない。
「実は私もリノが好き。恋人になりたい意味の好き」
「……え? そ、それってわたしたち、恋敵じゃないですか!」
「それだけじゃない、ミカもリノのことが好き。あの様子だと間違いない」
「ミカさんまで!? リノさんモテ過ぎですよ! ……あ、でも仕方ないか。あんなに素敵だしかっこいいし可愛いし……」
「そう、リノはモテ過ぎる。このままじゃ誰も幸せになれない」
ずっと考え続けた末に導きだした結論。
一度大きく息を吸って気持ちを整えると、アリエスはランに提案した。
「だからラン、二人でリノの恋人になろう」