46 喝采 そして始まる龍殺しの英雄譚
「リノ・ブルームウィンド。我が王都に現れたタイラントレックスを討った功績、称賛に値する」
「は、はっ!」
ナボリア王国の王都、ナボリス。
その王城、謁見の間にて。
低く頭を下げて跪き、国王から賛辞の言葉を贈られる赤茶髪の少女の姿があった。
彼女の隣には、幼馴染のアリエス、そしてオルゴとポート。
更にはミカも、横一線に並んで頭を垂れている。
緊張で胸がバクバクと鳴り、緊張と混乱で頭が弾けそうになる。
どうしてこんなことになったのか、リノは暴龍討伐後の出来事を思い返した。
▽▽
胸の中に収まったランの様子に、リノは少しだけ違和感を覚える。
どこか怯えの色が見られるような。
「ランちゃん、もしかして一人でいる時、なにかあった?」
「な、何にも無いですよ、どうしてです?」
「ううん、ちょっと気になっただけ。何も無いならそれでいいんだ」
目の前で龍が暴れれば怯えもするか、そう結論付け、それ以上の詮索は止めにする。
その後、リノたちは冒険者たちと共に逃げ遅れた怪我人の救助を手伝い、終わる頃には空が茜色に染まっていた。
「ふぅ〜、ひとまず片付いたみたいだねー」
「お疲れ様。でもリノ、あれだけ戦ったんだから休んでればいいのに」
「アリエスちゃんこそ。魔力使い果たしたら普通、意識飛んじゃうものだよ?」
「実はちょっとだけ余力がある。その気になればスターブルームも使える」
「危ないから使わないで。でもそっか、アリエスちゃん魔力増えたんだ」
「一発しか使えないことには変わりない」
あれだけの魔法を一発でも放てる時点で十分に凄い。
そうリノは思うのだが、アリエスは現状に全く満足していなかった。
「大火葬送、いつか連発できるようになってやる」
飽くなき向上心を滾らせるアリエスを、笑顔で見つめるリノ。
そんな彼女たちの背後から。
「リノちゃ〜ん、見てたわよぉ。大活躍だったじゃなぁい」
野太い声がかけられる。
「うわっ!? びっくりしたー……。マスター、来てたんですか」
「そりゃぁいるわよぉ。あたし、この地区のギルドマスターなのよ? クラン対抗戦にいなくってどうするの」
赤いボディスーツを着た、強烈な巨漢。
未だにリノは、この人物に慣れない。
「マスター、化け物みたいに強いんだし、いたのなら加勢して欲しかった」
「あらぁ、アリエスちゃん? 乙女に向かって化け物は酷いんじゃないかしらぁ」
しなを作ってウインクするマスター。
彼女?は客席で救助活動に当たり、そのパワーで五十人以上を救い出していた。
「私は引退した身よ? あんまり軽々しく前線にしゃしゃり出るもんじゃないわ。危なくなったら飛び出したでしょうけど」
「それはごもっとも。さすがマスター、適切な判断が出来る素晴らしい漢女」
「でしょぉ〜。あ、それとお二人に伝言よぉ。決勝のあと行われる予定だったクラン『ブルーム』の表彰式は、残念ながら延期になっちゃったわぁ」
「仕方ない。闘技場、この有様だし」
武舞台は粉々に砕け、アリエスの大魔法で地面の一部は黒コゲ。
中央部分には巨大な龍の骨が横たわっており、観客席は一部が完全に崩落。
それ以外の場所にも舞台の破片が降り注ぎ、酷い有様となっていた。
「こんなんじゃ、しばらく使えないわねぇ。死者も出ちゃったことだし」
「死者……」
改めて考えると、今回の騒動は自分のせいなのでは。
そんな考えがリノの頭に過ぎる。
敵がこの大会に出てきたのは自分を狙ってのことで、自分さえ大会に出なければ——。
「リノのせいじゃないから」
アリエスが、そっとリノを抱き寄せる。
「悪いのは全部アイツら。リノは命がけで戦った。リノが戦わなかったら、もっと多くの人が死んでた。だからお願い、そんな顔しないで」
「アリエスちゃん……。ありがとう」
抱き合う二人の少女を、微笑ましく見守るマスター。
彼は思い出したように、伝言の続きを伝える。
「それでね、話の続きなんだけど。延期になった表彰式が行われる場所、王宮前広場に決まったから。国王様に謁見した後で、ね」
「……はい? 今、なんて言いました?」
そのあまりに信じがたい内容に、リノは思わず聞き返した。
▽▽
「その勲功は第一、そなたはまさしく、龍殺しの英雄である。大いに誇り、これからも励むがよい」
「ははっ!!!」
声が裏返り、必要以上の声量を出してしまう。
ランはそんなリノの姿を、遥か後方の列からハラハラしつつ見守っていた。
「あわわ、リノさん緊張しちゃってます……」
「ミカ姉もかなり来てるな。ずっと黙ってすまし顔だけど、内心ガックガクだぜ」
「こらウリちゃん、意地悪言わないの〜」
ブルームとクルセイドのメンバーではあるが、暴龍との戦闘には直接参加していない三人。
彼女たちは貴族や有力者たちに混じり、後方から謁見を眺めている。
「さて、改めて礼を言う。諸君らがいなければ我が王都は暴龍に蹂躙されていたであろう。そなたらこそ真の英雄だ」
王の言葉によって謁見は締めくくられた。
しかしリノたちには一息つく間もない。
ランと合流し、すぐさま王宮前の広場を見渡すバルコニーへと向かう。
「皆さまお待ちかね! いよいよクラン対抗戦優勝者、そして龍を討ち倒した英雄のお目見えだぁ!!」
聞き覚えのある、拡声魔法でよく響く声。
対抗戦にも出ていた司会が、既にスタンバイしている。
「早速登場して頂きましょう! 第285回対抗戦優勝クラン、『ブルーム』! その優勝の立役者、リノ・ブルームウィンド!!」
アリエスに軽く背中を押されて、バルコニーの上へと進み出る。
その視界いっぱいに、広場を埋めつくさんばかりに詰めかけた大観衆が飛び込んで来た。
歓声を浴びせられ、リノは照れながらも手を振る。
続いてアリエス、ラン。
更にはオルゴやポート、ミカたちも姿を見せ、民衆たちが喝采を浴びせる。
この日から彼女、リノ・ブルームウィンドは、龍殺しの英雄と呼ばれるようになる。
その先に待つ運命を知らず、彼女は観衆に笑顔で手を振り続けた。
▽▽
「王よ、謁見の儀、御苦労でございました」
「む、大したことは無い。それよりも、列の最後方におった鉄仮面の少女。あれで間違いないのか」
謁見の間を後にした王は自室へと戻る。
出迎えた家臣に対し、王はもう一度確認を取った。
先日彼のもたらした、信じがたい、しかし待ちわびた報告について。
「ええ、間違いございません。紋章に加え、母の名はレイシア。さらに言えば、彼女は金髪碧眼」
「なるほど。相違ないという訳か」
跪く自らの家臣、燕尾服に片眼鏡の男の名を、王は呼んだ。
「レイドルクよ」