43 暴龍 正義を捨てた男の末路
燃え盛る蒼い炎。
吸収速度を上回る勢いで注がれるライナの魔力を燃料として、強く激しく燃え上がる。
眼前の敵を焼き尽くすため、まるで彼女の心に燃える復讐のように。
「こんな、ここまでの底力を……、持っていたとは……!」
「ちょっと闇を見たくらいで折れちまうような安っぽい男になぁ、あたしの復讐の炎は消せやしないんだよ!」
『ライナ、これ以上は無茶だよ! このままじゃ、魔力が尽きて……』
首飾りの中で叫ぶリノ。
彼女の意識に、ライナの心が直接語り掛けてきた。
(だからあんたに、コレを託すんだ。コイツが死ぬところが見られないのは、ちょっと残念だけどさ)
『託すって、何を言って……』
(とにかく、この試合だけはあたしが終わらせる。バトンは渡したから。あとは頼んだよ、相棒)
ライナの声が遠ざかっていく。
同時に感じる、暖かい何かが胸に宿った感覚。
『待ってって、ライナ! ライナ!!』
それっきり、彼女がリノの呼びかけに応じることはなく、
「負けるわけには……! 俺はお前を殺し、人間だった過去を清算するんだ……!」
「清算ねぇ。そんなもんは地獄でやってきな!」
魔力を吸収し続けるレクスにも、とうとう限界が訪れた。
口の端から血がこぼれ、長剣の刀身を覆う赤紫のオーラが次第に小さく、弱くなっていく。
「こんな、こんなぁっ……——ゴパッ!!」
口から大量の血を吐いた瞬間、赤紫のオーラは完全に消失した。
高温の炎に刀身が直接晒され、瞬く間に溶解。
同時に、体内に過剰に取り込んだ魔力が暴走を始める。
「あがっ、がっ、があああぁぁあっ!!!」
フルフェイスヘルムを投げ捨て、目を大きく見開いた苦悶の形相で何度も吐血するレクス。
彼の剣を溶かしきったライナの蒼い炎は、燃え尽きたかのように小さく弱くなっていき、ついには完全に消失した。
そして、彼女自身も。
「じゃあ相棒、あとはよろしく。しばらく会えないだろうけどさ、寂しくて泣くなよー……」
疲弊しきった表情で弱弱しく軽口を叩くと、それを最後にライナの意識は闇の中へ。
意識を失った彼女と入れ替わりに、リノは自分の体に戻った。
「……ライナ? 返事してよ、ライナ」
呼びかけても、応答は無い。
邪龍を倒した時と同じ。
おそらくは力を使い果たし、休眠状態に入ってしまった。
「ライナ……、本当に眠っちゃったの……?」
目の前には、血を吐きながら悶絶するライナの仇。
今なら簡単に殺せるが、ここで殺してしまえば殺人犯の仲間入りだ。
激戦を前に立ち尽くしていた審判員に、リノは無言で視線を向ける。
レクスの武器は破壊され、彼自身も明らかに戦闘不能。
右手に持った手旗が、高々と掲げられた。
「けっ、決着————〜ッ!!! 新たなる覇者がここに誕生しました! 大激戦を制し、第285回クラン対抗戦を制したのは、クラン『ブルーム』!! そして、ブルームを優勝に導いた立役者は、本戦全戦に出場し全勝を飾った超新星、リノ・ブルームウィンドだああぁぁぁっ!!!!」
「「ウオオオオォォォオォォォッ!!! リーノッ! リーノッ!! リーノッ!!!」」
訪れた決着に、会場は大いに湧き上がる。
鳴り響くリノコールの中、リノは一人気持ちを引き締めたまま、這いつくばるレクスを睨み続けていた。
「うがあぁぁっ、ぐっ、がほっ……! お、俺はまだ、まだ、死ぬわけには……、俺は……」
「安心して、今はまだ殺さない。舞台を降りた後に殺してあげるから」
ライナが全力を捧げて、この男を行動不能にしてくれた。
後は人目に付かない場所に連れていって、そこで殺せばいい。
どう連れ出すか頭を悩ませていると、観客席から伸びる突き刺すような視線に悪寒が走った。
「……っ!」
前方、観客席中段に目を向けると、そこには燕尾服を着た片眼鏡の紳士の姿。
リノは彼の顔に見覚えがあった。
あれはたしか、ラーガの屋敷の前。
一瞬だけすれ違った、しかし妙に記憶にこびり付いている男。
「あいつが……」
アイツが、レイドルクだ。
理屈ではなく、感覚がそう教えている。
その存在感に目を奪われた、一瞬。
レクスから目を離した一瞬の隙をついて、何者かが武舞台上に飛び込んだ。
おそらく『ジョン・ドゥ』のメンバーである龍人だろう。
マスクで顔を隠したその人物は、レクスの体を抱え上げると、素早く通路へと駆けていく。
「しまっ……!」
追わなければ、逃がしてしまう。
優勝者インタビューのために近寄ってきた司会を完全に無視して、リノは走り出した。
が、その追跡はすぐに終わる。
「うがぁっ、なん、あがぁ……」
闘場から通路に入ってすぐの物陰に、レクスはうずくまっていた。
先ほど彼を連れ去った仲間はどこにも見当たらない。
「どういうこと? コイツを助けておいて、すぐに見捨てるなんて……」
一連の行動の意図が読めず、困惑するリノ。
しかし、直後にその意味を理解する。
「あがっ、がががっ……!」
レクスの脇に落ちている、大量の植物。
意識を薄弱させ、廃人に変えてしまうという非常に有名な麻薬の一種、サラムネア。
渦巻き状の葉が特徴的で、誤って口に含めば取り返しのつかないことになる。
「まさか、そういうこと? ウソでしょ、こんなところで! 冗談じゃないっての!!」
以前、ライナに聞いた。
精神力の弱い龍人は、自らの力に呑まれて暴走し、理性を持たぬ龍と化す、と。
「あがあああアアァァァァァァァアアァッ!!!」
サラムネアによって精神を蝕まれたレクスは、暴走を開始する。
全身がオレンジ色の鱗に包まれていき、筋肉が過剰に膨張。
その身体が全身鎧を砕きながらみるみる内に巨大化していく。
リノはすぐさま引き返し、闘技場の観客たちに向かって叫んだ。
「みんな、逃げて! ここは危ないから、早く!!」
声を張り上げ、両手を大きく振りながら叫ぶ。
しかし、場内の大歓声に遮られ、リノがパフォーマンスをしているとしか受け取られない。
「ダメ、このままじゃ……」
その時、レクスがいた通路の上部にある観客席がひび割れ、盛り上がっていく。
観客席を下から突き破り、姿を見せたのは二足歩行の龍。
宙に放り出された観客を掴み、あるいは口で直接キャッチし、噛み砕き、飲み込む。
場内は一瞬静まり返り、次の瞬間。
「う、うあああああああぁぁぁっ!!」
「ドラゴンだ、ドラゴンが出たぁぁ!!」
悲鳴と怒号が響き渡り、パニック状態に陥った。
リノはすぐさま、観客席に向けて飛び出す。
「間に合わなかった……、ごめん、ライナ」
底知れない食欲を満たすため、逃げ惑う観客を追い回し、喰い散らかす。
黄色の鱗に全身を覆われた筋肉質の体格、長い尻尾と太い脚、巨大な頭に鋭い牙。
タイラントレックスと呼ばれる、暴龍の異名を持つ陸戦特化型の龍。
それが、レクスの成れの果てだった。
「アギャアアアアアッ!!」
咆哮を響かせながらレクス。
リノは彼の眼前に躍り出て、曲刀を顔面に叩き付けた。
しかし、強靭な甲殻の前に刃が立たず、あえなく弾かれる。
「やっぱり、ライナの【龍殺し】が無いと通らない……!」
素早く飛び離れ、闘技場の中心まで退くリノ。
観客から注意を逸らすことには成功。
レクスは観客席から飛び降り、警戒しつつゆっくりとこちらに歩いてくる。
「どうしよう……。ライナがいないのにドラゴンなんて、一人でどう戦えば……」
「一人じゃない」
頭上から聞こえた、幼馴染の声。
見上げれば、箒に乗った魔法少女の姿があった。
「アリエスちゃん! ランちゃんはどうしたの!?」
「心配無い、クルセイドの三人に任せてある」
「そっか、なら安心だね」
観客席では、冒険者たちが避難誘導や怪我人の救出を始めていた。
こうなればあとは、何も気にせず思う存分戦うだけだ。
「ありがと、アリエスちゃん! 二人で戦えば、どうにかなるかも!」
「二人だけでは……、まだ心配だな……」
「そうですよ、僕たちのサポートも必要なんじゃないですか?」
リノの隣に並んだ神官姿の男性と、前に進み出た大柄の巨漢。
彼らの姿を目にして、リノは喜びが混じった驚きの声を上げる。
「ポートさん! それにオルゴさんまで、怪我はもう大丈夫なんですか!?」
「僕の回復魔法をナメないでください。彼はもう、万全の状態です」
「俺の心配をするなんて……、まだ早いんじゃないか……?」
「……ふふっ、そうですね。オルゴさん、ポートさん、一緒に戦いましょう!」
あの時と同じ四人、でもあの時とは違う。
遠い背中に憧れ、追いかけるだけだったあの時とも、宝石の中でライナの戦いを見ているだけだったあの時とも違う。
もう見ているだけじゃない、堂々と肩を並べて、共に戦える。
邪龍を征した龍殺しのパーティーが、今ここに一度きりの復活を遂げた。