42 復讐者 燃え盛る殺意の炎
レクス・タイレットは、人一倍龍人を憎んでいた。
それは彼が生まれつき持ち合わせた、強すぎる正義感と真面目さから来るものである。
龍人の存在を知った彼は、人を喰らう悪辣な存在を根絶するためライナたちに協力。
自らの信じる正義の下、ライナと共に龍人たちを斬り捨てていった。
しかし、彼の正義が根底から揺らがされる事件が起きる。
一国を滅亡に追いやるまでに発展した、龍人狩り。
人の持つ闇の部分を目の当たりにした潔癖な男は、人間を守るべき存在から外してしまった。
「……そうかい。あの事件であんたは人間に見切りをつけたってわけか。で、今度は龍人として人間を食ってやるって? 大した正義もあったもんだねー、反吐が出る」
「反吐が出るのは俺の方だ。あれ程の惨劇を目の当たりにして、まだ人を守ろうとする。お前の正義がまるで理解出来ない」
「正義ぃ?」
レクスの口にしたその言葉を、ライナは鼻で笑った。
「あたしはこれまで一度も、正義なんてモンのために戦った覚えは無い。戦う理由はあの頃からずっと変わらず——復讐のままだ」
「……そうだな。お前はそういう奴だった」
二百五十一年ぶりに彼は思い出す。
この女と自分はそもそも、思考回路からして違うのだった、と。
「今あたしが戦っている理由も、もちろん復讐のため」
曲刀に纏う魔力が、風から炎に変わった。
ライナは殺意を込めてレクスを睨みつけ、燃え盛る曲刀の切っ先を向ける。
「エルザとあたしの仇、取らせてもらうよ」
そのまま三度剣を振るい、炎の刃を飛ばす。
「やってみるが良い」
炎刃はレクスに届かず、全て長剣によって受け止め、吸収される。
ライナは魔法剣の属性を土に変更。
高々と両手で頭上に掲げ、まるで巨塔のような、長さ十メートル以上の土くれの大剣を形成。
重さに任せて全力で叩き付ける。
「やれるものならな」
レクスは微動だにせず、ただ無造作に剣を掲げた。
「ドレインフィールド」
その刀身から、ドーム状に赤紫のオーラが展開。
薄い膜に触れた瞬間、岩の大剣は削り取られていく。
叩きつけられた巨岩が武舞台の一部を粉々に破砕するが、フィールドに守られた彼の周囲だけは全くの無傷。
「どうした、これで終わりか。……む?」
結界を解除すると、彼の視界は飛び散る瓦礫と砂煙で覆い隠される。
「なるほど、目くらまし。これが狙いだったか」
再び剣に赤紫のオーラを纏い、両手で構えると、背後から強烈な殺気が迫る。
即座に振り返り、振り下ろされる曲刀を刀身で受け止めた。
「だが、そんな剥き出しの殺気では位置がバレバレだ」
刃に纏った炎が吸収され、魔法剣は無力化。
「そんなこたぁ分かってんだよ。この程度で殺れる相手じゃないってことはさ」
すぐに刃を離して風の魔力を発動、今度は手数で押しにかかる。
素早い剣さばきで急所を狙うが、身軽な動きで回避するレクスに攻撃は命中しない。
逆に敵の剣捌きに押し負け、体に切り傷を増やしていく。
「では、当然あるんだろうな。俺を殺すプランが」
「あるけどさ、教えてやらないよ」
「それは楽しみだ。かつて俺を殺せなかったお前が、あの時から時間が止まったままのお前が、二百年以上の時を積み重ねた俺をどう殺すのか」
炎、氷、土、次々と属性を変更し、ありったけの魔力を剣に込めて斬り結ぶライナ。
その顔色は次第に悪くなっていき、息も絶え絶え、額に汗がにじむ。
『ライナ! ちょっと無茶し過ぎ! 冷静にならないと、アイツは倒せないよ!』
「あたしは、冷静さ……!」
リノの忠告も聞く耳持たず。
燃え盛る曲刀で斬りかかり、受け止められて炎を吸収される。
すぐさま浴びせられる反撃を回避しきれず、二の腕に赤い傷が走った。
『冷静じゃないよ! いくら仇の前だからって、さっきから意味の無い攻撃して。こんなんじゃライナが参っちゃうよ!』
「いいから……、ちょっと黙っときな」
冷気を放つ氷の刃で鋭い突きを見舞う。
だがこれもレクスの剣に払われ、氷の刃は消失。
「なあ、レクスさんよ。どうしてわざわざ大会に出てきたりしたんだ? リノを殺るんなら闇討ちでも仕掛けりゃいいのにさー」
「そんなことはレイドルクに聞け。俺は奴の策通りに行動したまで」
「レイドルク? アイツとクランを組んだのかい?」
「まさか。奴が用意した龍人と組んだのだ。そこまでして大会に出た意味はまるで分からんが、お前の宿主を殺せればそれでいい」
風の刃を形成し、高速で斬りつけるライナ。
横薙ぎをバック転でかわされ、縦振りを側転で、刺突は体を逸らして。
レクスの軽業によってことごとくかわされる。
「大観衆の前でお前を殺せばリノは罪人。ま、そんなとこだろうね。それにしても、リノを殺せればだって? あんたに執着される云われなんか、この子には無いと思うけどねー」
「ある。お前の宿主を殺せば、お前は物言わぬ首飾りに戻るからな」
対するレクスの繰り出す、側転を打ちながらの低い斬撃。
軽く跳ねながら手首へと振るわれる切っ先。
切り結ぶたび、ライナの手傷は増えていく。
「お前は正義などというものに燃えていた頃の、俺の過去を知っている。忌むべき過去を完全に消し去った時、俺は人間だった頃と完全に決別できる」
「まさか、エルザを見殺しにしたのも、そんな下らない理由のためだってのか……?」
「お前には下らなく思えるだろうが、俺にとっては何よりも重要なのだ。過去と決別し、一人の冒険者として静かに生きていくためにはな」
「……人を殺しながら静かに暮らすってか。あたしの大事な人を奪っておいてか。ふざけんな。ふざけんなッ!!」
叫びと共に間合いを離し、土の大剣を生み出して力任せに横薙ぎに振るう。
が、これも吸収されてしまった。
『ライナ、これ以上は……!』
「大丈夫さ。あたしは一人で戦ってるんじゃない。相棒と一緒だから、あたしも覚悟を決められたんだ」
ライナは胸元の相棒に微笑むと、炎の魔力を全開にして剣に込める。
高々と掲げた刀身から炎刃が火柱のように延び上がった。
その火力を全て七十センチの曲刀に圧縮し、青白い炎が刀身を包む。
「こいつを、喰らわせてやる」
一気に肉薄したライナは、渾身の一撃を振り下ろす。
「そんなもの、根こそぎ吸収して——」
当然の行動として刀身で受け止め、吸収にかかるレクス。
「吸収……して……っ、な、なに……っ?」
炎の柱はあえなく消失、しない。
その勢いは衰えることなく、燃え盛り続けている。
「吸収出来ない……? いや、これは……」
確かに吸収は出来ている。
刃を交えている箇所だけは、炎が消えている。
刀身全体から魔力を吸収する速度を、ライナの魔力供給速度が上回っているのだ。
「さあ、我慢比べといこうじゃないか!」
「正気か、貴様! こんな速度で魔力を注ぎ込み続ければ、良くて気絶、下手をすれば昏睡状態に——」
「お前のスキルはあくまで吸収、無効化じゃない。吸収できる魔力には上限があるはずだろ?」
「勝負を捨てたのか……!?」
「捨ててなんかいない。昔戦った時、あの場にはレイドルクがいた。アイツと戦う分の力を残しとかなきゃならなかったから、お前を倒しきれなかった」
蒼い炎はなおも熱量を高め、燃え盛る。
「だけど今は違う。この後戦わなきゃいけない相手はいない。そして、今のあたしは一人じゃない!」




