40 昔話 かつて起こった出来事と、その結末
「信じられない、あのオルゴさんがやられるなんて……」
「あり得ませんの……! こんなの、何かの間違いですわ……!」
アリエスも、ミカも、目の前の光景が信じられなかった。
ポートによる治癒魔法で一命を取り留めたオルゴだったが、意識は回復しないまま、駆け付けたクランのメンバーによって担架で運ばれていく。
「……ライナ、もう一度聞くよ。あいつのこと、知っているんだね」
『あぁ、はっきりしたよ。アハトって名乗ってたっけ、あれは偽名だね。本名はレクス・タイレット、龍人だ』
ライナから得られた回答は大方の予想通り、やはり龍人。
しかしリノには、一つだけ引っ掛かることがあった。
「使うスキルとか顔とか、フルネームまで随分詳しいね。そこまで知ってて、何で殺せてないの?」
『嫌なことにも良く気付くねぇ、さっすが相棒。……アイツはあたしの昔の仲間なんだ』
「な、仲間!? それってどういう——」
驚きのあまり、口をついて出た大声。
事情を知るアリエスとランはともかく、他の面々や周囲の人々は困惑の顔を向ける。
「あ、えっと、これは……」
苦笑いを浮かべながら誤魔化そうとするも、
「ライナさんと何かあったんです?」
「もしかして、さっきのヤツって——」
リノをずっと見ている二人には、筒抜けであった。
「……ごめん、これは私とライナの問題だから。ちょっと二人になれる場所に行ってくるね」
龍人がらみの案件に二人を巻き込みたくない。
そんな思いから、リノは観客席を後にして通路へと向かう。
「やっぱり、私たちには話してくれないんだ」
「リノさん、強くて優しいですけど、全部一人で背負いこんでしまうんですよね……」
「話してくれればいいのに。隠してること、全部話して欲しい。私を巻き込んでよ、リノ……」
人の姿もまばらな通路の隅で、リノは相棒に問いただす。
「仲間ってどういうこと? 龍人が仲間にいたの?」
『そいつは正確じゃないね。正しくは、仲間が龍人になった、だ。ミイラ取りがミイラにってヤツさ。笑えないね』
苦々しく吐き捨てたその声は、かすかに震えていた。
彼との間に昔、何が起きたのか。
その領域に、自分は踏み込んでもいいのか。
迷いの中で言葉を探していると、意外にもライナは自ら語り始める。
『前に話しただろ、一国を滅ぼした告げ口の話』
「う、うん……。龍人の存在をバラしたら、酷いことになったって話だよね」
『ローメリアの国王に龍人の存在をバラした私の仲間、そいつは自責の念に駆られてね。自ら命を断ったんだ。あの事件から、私たちの歯車は大きく狂い始めた』
ライナの幼馴染である治癒術師、エルザ。
お調子者のシーフの少年、リズ。
正義に燃える凄腕の剣士、レクス。
ライナをリーダーとし、この四人は龍人狩りを行っていた。
人を喰らう龍人を、闇から闇へと葬り去る日々。
そんな終わりの見えない戦いに区切りを付けるため、リズは仲間に提案する。
国を上げて龍人退治に乗り出せば、奴らを殲滅出来るのではないだろうか。
『あたしら全員、大賛成だったよ。結果は知っての通りだけどさ』
目の当たりにしたのは人間の醜さ。
罪の意識に耐えかねたリズは自ら命を断ち、レクスはどこかに姿を消した。
『パーティーは空中分解。エルザだけさ、あたしに付いてきてくれたのは』
「二人は幼馴染、だったんだね。私とアリエスちゃんと同じ……」
『あたしたちがあんたらほど通じ合ってたかは、定かじゃないけどね。ま、お互いの寂しさを埋め合わせるために求め合ったりは……おっと、お子様には刺激が強すぎたか』
「……ライナ」
軽口を叩いているものの、彼女の張り裂けそうな悲しみはリノの心にも伝わってきた。
共感などという生ぬるいものではなく、まるで本当に心が繋がっているかのように、胸が痛む。
『で、二人っきりで龍人狩りを続けてたんだけどさ。それも突然に終わりが来た』
再び姿を見せたレクスは、宿敵であるレイドルクと共に居た。
人の身を捨て、龍人となって。
『なんでレクスが、人一倍龍人を憎んでいたレクスが龍人となったのか。それは分からない。でもさ、龍人が目の前にいたら、やることは一つでしょ』
龍人は全て殺す。
それがライナの信念。
互いに手の内を知り尽くした二人の殺し合いは熾烈を極め、決着はつかず。
『痺れを切らしたレイドルクがさ、エルザを人質に取ったんだ。大事なあの子を見殺しには出来ないだろ? リノだってさ、アリエスやランが同じ目にあったら、そうするだろ……?』
抵抗を封じられたライナは、容易くレクスの手にかかって命を落とし、その魂は首飾りに封じられた。
『で、今の状態になったあたしが最初に見せられたもの。なんだと思う?』
これも、同調というものの効果なのだろうか。
胸がズキズキと痛み、涙さえ溢れてくる。
ライナの憎しみ、悲しみが、痛いほどに伝わってくる。
『大切な人が、喰い殺される場面だよ』
エルザを犠牲にして戦うことは、出来なかった。
たとえ命を失うことになっても、彼女の命が守れるなら。
そう思って命を差し出したのに。
かつての仲間なら、約束を違えてエルザを殺すなどしないと、信じていた。
裏切られた。
思い知らされた。
龍人の悪辣さ、まるでヘドロのように腐り果てた性根を、嫌というほど思い知った。
そして二百五十一年の孤独が、彼女の中の憎悪を育て上げ、揺るぎないものとした。
『と、昔話はここまでさ。面白かった?』
「……面白くなんか、ないよ」
『だろうね。で、リノはどうする? これから決勝だけど』
「決まってる。——龍人は殺す、一匹残らず」
リノは迷いなく答える。
その瞳は漆黒の殺意に染まり、その心はライナと同じ憎悪で満たされる。
『良い答えだ。思わぬところで仇に出会えて、あたしも嬉しくて仕方ないんだよ。一緒に殺すよ、アイツを』
「うん、殺す。惨たらしく殺して、生きてることを懺悔させてや——」
「リノ、さん……?」
「リノ……だよね……?」
「……え? あ、アリエスちゃん、ランちゃん。どうかした?」
気付けば目の前には、大切な二人の少女の姿。
リノはいつも通りの顔で、笑みを浮かべながら接する。
「う、うん……。あと十分くらいで決勝始まるから、探しにきたんだけど……」
「リノさん、すっごく怖い顔してました……」
幼馴染のアリエスですら見たこともない、憎悪に染まった表情。
龍殺しの場面を目にしたランも、あれほどの怒りの形相は知らない。
「そっか、知らせてくれてありがと。……それと、怖がらせてゴメンね」
自覚はあった。
憎悪に心が蝕まれていく感覚。
きっと鉄仮面の下で、ランは不安げにリノを見上げているのだろう。
彼女の頭を鉄仮面越しに撫で、アリエスに微笑みかけると、
「じゃ、行ってくる」
二人にしばしの別れを告げ、決勝の舞台へと向かう。
怒りと憎しみ、そして、心の中の大切な部分が削られる不安を抱きながら。