39 波乱 隠されてきた牙と爪
試合開始から五分。
オルゴの展開した防御結界に対して、全身鎧の男は何度も剣を叩き付け、弾かれる。
結果の分かりきっている試合に、観客の反応は非常に冷たい。
「オルゴー、さっさとやっちまえー!!」
「早く決勝見せろー!」
そんな野次が飛び交う中、オルゴは目の前の男から不気味な何かを感じていた。
「お前……、これまでの試合、本気を出していないな……?」
「…………」
「幸運だけでここまで来られるほど、この大会は甘くない……。本気を見せてみろ……、全力の相手を叩き潰しての勝利にこそ、価値がある……!」
フルフェイスヘルムの庇の奥で、アハトの眼光が鋭く変わる。
放たれる殺気に、オルゴの肌がビリビリと震えた。
「……そうだな。次はもう決勝だ。あの女に正体を隠す必要も——無くなった」
彼の手に握った長剣が、青紫色の異様なオーラを纏う。
本能的に危険を感じ取ったオルゴは、城塞結界を全開にして備える、が。
結界に剣が触れた瞬間。
彼の防壁は完全に消失した。
「なに……っ!」
「どうした。本気を出して欲しいんじゃなかったのか?」
すぐさま喉元に突き出される切っ先。
素早く体を逸らして回避、カウンター気味に大斧を振るう。
しかしアハトは重装備にも関わらずの軽業で、バック転を打ちながら距離を取った。
「動揺せずに切り返すとはな。さすがはSランクだ」
先ほどとは見違える動き、オルゴの防壁を消失させた謎の技。
場内はざわめき、動揺が広がり始める。
そして、誰よりも動揺していたのが、彼女だった。
『あれは……っ! ……いや、あのスキルを他に使えるヤツがいてもおかしくはない。しかしあの剣技……』
「ちょっちょっ、ライナってば、なに突然ブツブツ言ってんの」
『……もう少し確証が欲しい。でももしかしたら、知り合いかもしれないんだ、アイツ』
「ライナの知り合いって、あんた二百年以上封印されてたんじゃ——まさか、アイツも龍人!?」
不死の怪物、龍人。
二百年以上前の知り合いが存命しているならば、可能性はそれしかない。
「それがホントなら、止めないと! オルゴさんが危ないじゃん!」
『待ちなって! 確証が無いんだ、スキルが一緒ってだけでさ。オルゴってなぁ相当強いんだろ。信じて少し様子見だ』
防壁を使った戦術を封じられたオルゴは、近接での打ち合いを余儀なくされた。
それでも、彼に近接戦闘で勝てる者はいない。
いないはず、だった。
「貴様……、ハァ、ハァ……、何者だ……!」
「俺はアハト、冒険者をやっている者だ。それ以上でもそれ以下でもない」
二人の激しい打ち合いが開始して、二十分が経過した。
アハトの全身鎧は、そのところどころが砕け、血のにじんだ肌が露出している。
そしてオルゴも、筋肉で覆われた屈強な体に無数の切り傷を刻まれ、息も絶え絶え。
「それ程の腕を持ちながら……、何故爪を隠してきた……!」
「ただ目立ちたくなかっただけだ。ここに引っ張り出されたのも、半ば無理やりでな。だが今は、決勝に行く理由がある」
「決勝に行く理由か……。ならば俺にもある……! 俺を目標とする少女が二人、俺と戦うことを目的に、見事な戦いを見せてくれた……! その戦いに報いるため、俺は絶対に負けられんッ!」
残された力を結集させ、両刃の大斧を薄い、しかし最高の硬度を誇る結界で包み込む。
守り一辺倒に思われる結界を、攻撃に転用したオルゴの奥の手。
「結界破城刃……!」
「見事な気迫だ。受けて立つ」
対するアハトも、剣に蒼紫のオーラを纏った。
先ほど防護結界を無効化した、謎の技。
おそらくはスキルを無効にするスキル。
「行くぞッ!」
両手で大斧の柄を固く握りしめ、オルゴは猛進。
これが最後の激突だと、二人はお互いに確信していた。
迫り来るオルゴの巨体に対峙するアハト。
彼は微動だにせず、両手で剣を構えている。
あの刀身に少しでも触れられれば、斧の結界は掻き消される。
オルゴの選んだ手、それは。
「ぬぅんッ!」
武舞台を目がけて、彼は渾身の力で大斧を振り下ろした。
石畳が割れ砕け、地割れのように亀裂を走らせながらアハトへと迫る。
結界破城刃は敵本体への直接攻撃ではなく、このためのものだ。
「……!」
足下が左右に割れ広がり、体勢を崩す。
その一瞬を逃さず、懐まで飛び込んだオルゴは体を捻り、渾身の力を込めて横薙ぎに構えた。
「終わりだ……!」
剣で受け止められて、結界刃を無効化されても関係ない。
この体勢では踏ん張りが利かず、剣を弾き飛ばされるだけだ。
あとは右側に大きく重心が傾き、防御も反撃もままならない相手に、一撃を浴びせて吹き飛ばすだけ。
「あぁ、終わりだ。見事だったよ、二百五十年後の冒険者」
「何……?」
アハトは崩れた体勢を、更に大きく崩した。
横向きに倒れ込むような姿勢になりながら剣を放り投げる。
右手を支えにして下半身を浮かせると、投げられた剣がクルクルと回りながら足先まで到達。
自らの剣の柄、その先端を、彼は足先で蹴り飛ばした。
ザクッ!
真っ直ぐに飛んだ切っ先が、オルゴの胸板に突き刺さる。
「がっ……」
曲芸のような軽業。
飛び起きた彼は、無造作にオルゴに近づき、剣を引き抜いた。
「だが、二百五十年分の研鑚には届かなかったらしい」
「……まだ、だ!」
まだ、オルゴは倒れない。
彼の目は、負けを認めていない。
狙いは首。
溜め込んだ力を一気に解放し、旋風と共に渾身の横薙ぎを放つ。
ガギィィッ……!
宙を舞う、アハトの頭部。
オルゴの逆転勝利か、誰もがそう確信し、そして。
「……見事だ」
飛ばされたのは首ではなく、フルフェイスヘルムだけだとすぐに気付く。
「少しでもズレていれば、首を飛ばされていた」
「ぐぅっ……、無念……!」
どさっ……!
大の字に倒れるオルゴの巨体。
審判が手旗を上げた瞬間、観客席からポートが飛び出した。
「オルゴさん!」
観客席から飛び下りると、倒れた彼の側まで駆け寄って、治癒魔法をかける。
静まり返った場内。
言葉を失っていた司会が、震える声で勝利を宣告する。
「け、決着……。決勝にコマを進めたのは、クラン『ジョン・ドゥ』……。『フォートレス』、オルゴは敗れました……」
歓声は起こらない。
代わりに起きたのはざわめき。
困惑と混乱の声。
異様な雰囲気の中、勝者となったアハトはヘルムを拾い上げる。
その素顔は銀の短髪に黄色の瞳。
彼は最前列のリノを睨みつけ、兜を被ると踵を返して立ち去った。
その素顔を目の当たりにしたライナは、宝石の中で呟く。
ありったけの、憎しみと怒りを込めて。
『間違いない、あいつだ……。レクス・タイレット……っ!!』