04 少女は力を手に入れた
伯爵家の三男坊バルト・フォン・マンゴーシュに手柄を上げさせるために、腕利きの猛者が三人集められた。
ギルドのトップをひた走るクランのエースにしてリーダー、オルゴ・ギャスドレイ。
癒しと補助のスペシャリストにしてアルム教の神官、ポート・サルバトール。
弱冠十五歳ながら、最上級火炎魔法を習得した天才、アリエス・エアリーズ。
そして、アリエスが加入条件として同行を求めたのが、彼女の親友である荷物持ち、リノ・ブルームウィンドだった。
その場にいる誰もが、アリエスにすら目の前の光景が信じられなかった。
首と胴体を分かたれ、絶命したベルセロス。
悪名を馳せた邪龍を討ったのは、戦う力を持たないはずの荷物持ちの少女、リノだった。
「さて、数百年ぶりの運動で疲れちゃった。ちょっとだけ休ませてもらうからね、それじゃっ!」
『へ? 休むって……うわっ!』
ペンダントから意識が追い出される。
リノの意識と入れ替わりにライナはペンダントの中へ、そして。
「あっ……、戻ってる」
馴染み深い自分の体が、還ってきた。
馴染み深い、はずなのだが、やけに体が軽い。
握った剣が、まるで羽のようにまったく重さを感じない。
力が、身体能力が増している。
「リノさん、まさか本当に倒してしまうとは!」
「怪我は無い、ようだな……」
「あ、皆さん、ご心配おかけしました」
「良かった、いつものリノだ。まるで別人みたいだったから心配したんだよ。なにがあったの? あの力は一体……」
「あはは、まぁ話せば長くなるんだけどね」
リノはアリエスからリュックを受け取ると、バルトを追って飛び出してから何があったのか、かいつまんで説明する。
クズに突き落とされた下りでは、アリエスが凄まじい殺気を周囲に放った。
そして、首飾りの件。
正直なところ、リノも良く分かっていないため、非常に曖昧な説明となってしまう。
「なるほど……、その首飾りがマジックアイテムで、リノさんにあの力を与えた、と。そんなところでしょうか」
「そんなところ、だと思います。……あの、アリエスちゃん。顔が怖い」
「あのクズ、絶対殺す。大火葬送する」
「あんなでも一応貴族だから! 牢屋に入れられちゃうよぉ!」
龍の体は、素材にはならない。
死すると同時に急激な速度で腐敗を始め、甲殻も生前の強靭さが嘘のように脆くなる。
よって、討ち取った証となる角だけを切り取り、亡骸はその場に捨て置くのが習わしだ。
邪龍ベルセロスの角をリノが収納すると、一行はダンジョンを引き返す。
その途上、地下二十五階にて。
「な……っ、お前ら! あの場からどうやって逃げ延びたんだ!」
渦中の人物と、ばったり出くわした。
「オイ、腐れ外道。よくもリノを殺そうとしたな」
バルトの姿を見た途端、アリエスは聞いたこともない乱暴な口調で杖を引き抜く。
「アリエスちゃん、ダメだって! 私は生きてたんだし、ね? ここは抑えて」
「あぁん!? なんで荷物持ちまで生きてんだよ!」
「……見下げ果てた男だ」
彼の今の発言は、リノを殺そうとしたことを認めたも同じ。
オルゴは目の前の勇者に、軽蔑の視線を向ける。
「私たちは逃げてなどいません、バルトさん。邪龍ベルセロスは、討ち果たされました」
「な、なんだとぉ!?」
予想外のポートの回答に驚くバルトだったが、すぐにニヤリと笑い、
「……ってこたぁつまり、そりゃ俺の手柄ってことだよな、なあ!」
手柄の横取りを主張し始める。
「何を言っている……。お前は何もせず、ただ逃げただけではないか……!」
「あぁん? それがどうした。龍が倒されたのはダンジョンの最奥、見てるヤツぁ誰もいねぇ。貴族である俺と、雇われ冒険者のお前ら! 果たしてどっちの証言に信憑性があるのかねぇ!」
「しかし、真に龍を討ったのは——」
「もういいです、オルゴさん、ポートさん」
またも言い争いに発展しそうなところ、リノが割って入った。
この男にたとえ正論を言ったところで、権力を盾に押し切られて終わりだ。
「何を言っても無駄みたいですから。これ以上相手をしても疲れるだけです、行きましょう」
邪龍を討ち果たした当人にこう言われては、二人も引き下がらないわけにはいかず。
色々と言ってやりたい気持ちをグッと飲み込んだ。
「へっ、ナイスアシストだぜ、荷物持ち! ちったぁ使えんじゃねぇか」
ポンと、バルトはリノの肩に手を置く。
その手をリノは無造作に掴み、怒りを込めて力任せに捩じり上げた。
「なっ……、痛て、痛てぇっ! このガキ、どこにこんな力が……!」
「次触ったら、折るから」
手を放し、睨み付ける。
バルトはその迫力に気圧されて後ずさり、何やらブツブツと文句を言いながらも引き下がった。
(やっぱり、さっき剣が軽かったの、気のせいなんかじゃなかった。これも、首飾りのおかげ?)
身体能力の上昇。
ライナと『同調』とやらをした影響なのだろうか。
ともあれ、腕を痛そうにさするバルトの姿に、リノは少々留飲が下がった思いがした。
殺されかけた対価としては、当然釣り合わないとしても。
▽▽
一週間後、バルトのせいで非常に険悪な雰囲気ながらも大迷宮を抜けた一行。
ここから王都までは二週間程度、それでこのパーティーは解散だ。
あと二週間でオルゴやポートとはお別れ、そこに関しては非常に寂しい。
しかしあと二週間はバルトと一緒、そう考えると早く過ぎて欲しい、複雑な思いをリノは抱えていた。
王都への道中、野営を張り、リノの作った食事を全員で平らげて。
リノとアリエスは女子同士、同じテントに入った。
「あれから一週間、全然声が聞こえないや」
「……声? ペンダントの精霊さんの声?」
魔女帽を取ったアリエスが、肩に届くか届かないかのショートカットの髪を揺らしながら問い掛ける。
髪の長さは自分とおそろいなのに、サラサラ感がまるで違う。
まるで人形のような白い髪、白い肌、赤い瞳。
同性のリノでも、彼女には時々見惚れてしまう。
「うん、精霊さん……なのかなぁ、アレ。戦いのあと、ちょっと休むって言ってから何にも言わないの」
「死んだんじゃない?」
「それは、いくらなんでも」
この幼馴染、時々過激なことをのたまう。
リノとアリエスは同じ村の出身、王都の遥か北に位置する山間の寒村の出だ。
引っ込み思案のアリエスとは対照的に、リノは幼い頃から活発で、彼女を引っ張ってきた。
立派な冒険者になる、そんな夢を持った少女の運命は、二つのスキルを授かった日に大きく変わった。
【収納】と【回避】。
おおよそ戦闘向きではない。
案の定、スキルの獲得と同時に得られるはずの、身体能力の強化も微々たるものだった。
対してアリエスが授かったのは、二つの属性魔法を操る【水炎】と、魔力を高める【マジックブースト】。
引っ込み思案だった少女は自信と、それに見合う実力を身に付けた。
そして彼女を引っ張っていた少女は、彼女に置いて行かれないよう、必死に後ろを追いかけて——。
「でも、本当に驚いた。あのリノが、邪龍を倒しちゃうなんて」
「私も驚きだよ! そもそもアレ、私って言っちゃっていいのかなぁ……」
『言えないだろうねー、あれ全部あたしの力だから』
「うぅわっ! 喋った!」
突然頭の中に響く声。
リノは驚きのあまり、正座の体勢から飛び跳ねた。
「えっ、どうしたのリノ。突然大きな声を上げて。頭でも打った?」
「打ってないよ、ずっと見てたでしょ! ……そうじゃなくて、アリエスちゃんには聞こえないの?」
「何にも聞こえないけど。リノの声以外」
『あたしと同調してるリノ……だっけ? キミ以外、あたしの声は聞こえないよ』
「そ、そうなんだ、聞こえないんだ……」
ライノルードの声は、自分にしか聞こえない。
つまり、ライナと話している間、他人からは虚空に向かって会話する変人にしか見えない。
恐ろしい事実に思い至り、リノは頭を抱えた。