38 師弟 ずっとあなたを越えたくて
「証明、ですって……?」
「そう、証明。だから私は絶対に、勝たないといけないの!」
回避を続けながら、リノは真っ直ぐな瞳で思いを告げる。
「……そう、あなたの気持ちは分かりました。でも! 気に入りませんわねッ!!」
揺らぎかけたミカの闘志が、再び燃え上がった。
鋭い踏み込みから、迷いの無い打撃が次々と繰り出される。
「そんなセリフは! わたくしを倒してから吐きなさいなッ!」
「そうさせてもらうよ!」
回避の合間を縫って、リノも反撃を浴びせる。
しかし彼女は刃の部分で切りつける本来の用途を避け、峰による打撃でのみ攻撃を繰り出していた。
細い曲刀とメイスでは、打撃武器としての性能は雲泥の差。
ことごとく弾かれ、ミカには届かない。
もちろん斬撃は禁止されていないが、ミカには刃を向けられない。
リノの優しさが、今は仇となってしまっていた。
「こんな甘っちょろい攻撃、笑わせますわね! あなたの覚悟はその程度!? それに——」
激しく打ち合いながら、自動的に体を傾け、身を屈め、ステップを踏む。
身体能力の限界を引き出し続ける回避は、
「はぁっ、はぁっ……」
確実にリノの体力を奪っていた。
「スタミナが切れてきてますわよ! この程度でオルゴ様に挑もうなど、ポート様の代わりに物差しになろうなどと、ちゃんちゃらおかしいですわね! へそで茶が湧きますわ!」
息が上がる。
足さばきが精彩を欠き始める。
メイスの一振りが、リノの前髪をわずかに掠めた。
「あっぶなっ……」
「隙あり、ですわっ!」
ゴッ!
「いっ……!」
体勢を崩したその一瞬。
すかさず左の太ももに打ち込まれた強烈な打撃。
【回避】が自動で避けられるのは、身体能力をフルに活用すれば避けられる攻撃のみ。
疲労の溜まった体では、体勢を崩した状態での回避は不可能だった。
「たぁっ……」
左足の感覚が失われ、痛みに顔をしかめながら、その場に倒れ込む。
「今度こそ、勝負ありましたわね。あなたの最大の武器である機動力は封じた。次の一撃で、最後ですわ!」
「私の、武器……?」
リノの意識を刈り取るため、メイスが振り下ろされる。
絶体絶命の刹那、リノの脳裏に閃きが過った。
「私の武器は……、私の武器はもう一つある!」
左手をかざし、彼女は叫ぶ。
「収納ッ!」
メイスがリノの左手に触れた瞬間。
ミカの武器は、その場から消失した。
「なんっ……!」
丸腰となったミカは、曲刀の切っ先を喉元に突きつけられ、
「ホントのホントに、勝負ありだね」
「……ふふっ、負けましたわ」
降参を宣言。
審判員も手旗を掲げた。
「け、決着ーっ!! 何が起きたのか正直わたくし、よく分かりませんでしたが! 何はともあれ決勝にコマを進めたのは、クラン『ブルーム』ウゥゥゥッ!!!」
「「オオオオォォォォォォッ!!!」」
大歓声の中、足を負傷したリノをミカが助け起こし、肩を貸す。
「ありがと、ミカちゃん」
「わたくしよりも、周りに手を振ってあげなさいな」
「「リーノッ!! リーノッ!! リーノッ!!」」
闘技場を包むリノコールに対し、照れながらも手を振り返す。
そのままミカに肩を貸され、リノは退場していった。
「ふぅ、一時はどうなることかと思いましたけど。でも、やっぱり最後は勝ってくれましたね、アリエスさん!」
「うん。でもあの女、なんであんなにリノと顔近いの? 肩を貸すにしても、なんで微笑み合ってたの?」
「ちょ……っ! 顔怖いです……」
ランがリノの頬に口づけしても不快に思わなかったアリエスだが、今の光景は心底許し難かった。
「あちゃー、ミカ姉負けちまったー」
「惜しかったのにねぇ。お二人さん、最後のアレ、なんだったの~?」
「あたいも気になってた。急に武器が消えたんだもんな。なんかの魔法か?」
リノをよく知るアリエスとランに、二人は疑問をぶつける。
「えっと……。多分、収納のスキルですよね……?」
「だと思う。物を自由に出し入れする、リノのスキル。でも、戦闘中に相手の武器を収納する……、あんなことが出来るなんて、私も驚いた」
スキルは使うたび、その精度と効果を上げていく。
荷物持ちとして【収納】を使い続けた結果、実戦で使用可能なレベルまで吸収速度が上がっていたようだ。
「……リノ、帰ってきた」
ミカに支えられ、通路から顔を出したリノ。
アリエスは愛しのリノに素早く駆け寄ると、
「お疲れ様、でもここからは私の役目」
「ちょ、ちょっと!?」
体を支える役目を強引に奪い取り、リノをお姫様だっこで抱え上げた。
「お疲れ様。とってもかっこよかった」
「ありがと、アリエスちゃん」
「足、痛くない?」
「正直、すっごく痛いけど。でも、嬉しいの方が大きいかな」
選手席にそっとリノを座らせる。
ポートはすでにスタンバイしており、打撲痕の残る赤黒い太ももにヒールをかけ始めた。
「ポートさん、ありがとう。ガブリエラさんたちも、一緒に来てたんですね」
「はぁい、アリエスちゃんたちと一緒に応援させてもらいましたぁ」
ポートによって、足のけがはすぐに完治。
いつまでも太ももの前にいるとアリエスが怖いので、ポートはすぐに身を引いた。
「おーい、ミカ姉。よくやったじゃん、元気出せって」
敗退してしまった姉に対し、ウリエが励ましの言葉をかけるが。
「別に落ち込んでませんわ」
穏やかな表情で返される。
怒鳴られると思っていたウリエは、むしろ拍子抜けしてしまった。
「……師匠。わたくしの試合、どうでしたか?」
師をまっすぐに見つめて、問いかける。
ポートを越えたかった、認めて欲しかった。
その一心で頑張り抜いた日々。
たとえアリエスやオルゴに勝たなくても、彼に認めてさえ貰えれば。
きっとこの胸のつかえは、消えてくれる。
「……うん、文句なし。僕の自慢の弟子だよ。あのリノさんをここまで追い詰めるなんで、僕以上に強いかもね」
「……っ!」
何よりも聞きたかった言葉だった。
ミカは両手で口元を覆い、目から喜びの感情が涙となってあふれ出す。
「あ、あれ? 僕、なにかまずいことを言ってしまったかい?」
「違いますの、違います……」
師匠も、姉も妹も顔を見合わせる中。
ただ一人彼女の気持ちを知るリノが、ミカを抱きしめた。
「良かったね、ミカちゃん」
「はい……、はい……っ!」
リノの腕の中で何度も頷き、泣きじゃくるミカ。
彼女が泣き止むまでリノは背中を撫で続ける。
ウリエとガブリエラ、ポートは微笑み、アリエスは歯ぎしりをしながら無表情で殺気を放ち、ランは必死に彼女をなだめた。
やがて、泣き止んだミカは、晴れ晴れとした表情で笑顔を浮かべる。
「……もう、平気ですわ。みっともないところをお見せして、お恥ずかしい限りです」
「いいのいいの。嬉しい涙はどんどん流しちゃえ。それとこれ、返すね」
収納していたメイスを手渡しする。
今度こそ一件落着。
あとはオルゴと戦って、勝つだけだ。
「よっし、ミカちゃん! オルゴさんが決勝に進むとこ、一緒に見よう!」
「ふふっ、もう友達気取りですの?」
隣り合って座るリノとミカ。
この時は二人とも——二人だけではない、会場の誰もが、オルゴの圧勝を信じて疑わなかった。
この時は、まだ、誰も。