37 激突 二人の少女の思いと覚悟
「やってきました準決勝! Aブロックの覇者となるのはランキング三位『クルセイド』か! それとも七十九位『ブルーム』か!」
湧き上がる場内の観客に、もう誰一人として、リノの実力を疑う者はいない。
「ミカ選手、そしてリノ選手! 両者が武器を構え、今審判員が右手を上げました!」
全ての観客がこれから始まる激戦に胸を躍らせ、対峙する二人の少女に視線を注ぐ。
曲刀を片手で構え、前傾姿勢を取るリノ。
メイスを両手で持ち、腰を低く落として構えるミカ。
「あなたの実力、ここまでの試合でよく理解しましたわ。一切手を抜かず、全力をもって倒させて頂きます」
「私も。やっと全力でぶつかれる相手と当たれて嬉しいよ」
審判員が手旗を振り下ろした瞬間、戦いの幕は切って落とされた。
「行くよっ!」
まず先手を取ったのはリノ。
取り回しの重いメイスを相手に、まずはスピードで翻弄する作戦だ。
真正面から斬り込み、曲刀を振り上げる。
しかし、それはフェイント。
剣を振り下ろすモーションを織り交ぜながら跳躍、ミカの頭上を飛び越え背後に着地。
刃を返して首筋を狙う。
ガギィッ!
が、そう簡単にはいかない。
うなじを狙った峰打ちは、後ろに回されたメイスの柄で防がれた。
「一回戦で見せたような手が、わたくしに通用するとでも?」
「思ってないよ。ほんの小手調べ」
体を半回転させながらメイスを振るい、リノを弾き飛ばす。
二人の間合いが離れるが、リノはすぐに距離を詰めた。
速さを活かした剣撃を次々と繰り出し、主導権を渡さない。
観客席で戦局を見守るラン。
彼女は鉄仮面の下で不安げな表情を浮かべ、祈るように両手を重ねていた。
「リノさん、勝てるでしょうか……」
「勝つに決まってる。だってリノは、ずっと頑張ってた。ずっと私の後ろについて、戦う力を持たないのに、ずっと……」
アリエスが信じる、リノの強さ。
それは決して諦めない心。
どれだけ自分と力の差が開いても、彼女は諦めなかった。
どんな危険な場所にも同行し、何があっても後ろをついてきた。
「そんなリノが戦う力を手に入れたなら、誰よりも強いに決まってる。私は信じてる」
「アリエスさん……。そうですね、わたし、もう疑いません。リノさんを信じます」
リノを信じるアリエスの瞳は揺るがない。
彼女を想う気持ちの大きさに驚きつつも、その気持ちでは絶対に負けたくない。
ランも同じく、リノを信じ抜く覚悟を固める。
「でもどうだろうな。今のところはミカ姉ペースって感じだぜ」
「あの子の動きも良いけれど、ミカちゃんを倒すには決定打に欠ける感じよねぇ」
「うひゃっ! クルセイドのお二人じゃないですか。い、いつの間に……」
気付かないうちに隣の席まで移動してきていたガブリエラとウリエ。
少し離れた観客用の席で、ポートも手を振っている。
「せっかくだから一緒に観戦しようかぁって思ってぇ。リノちゃんが負けても、怒っちゃやぁよ~」
「……リノは負けないから。絶対に」
「ここで張り合っても仕方ねぇだろ。黙って見てりゃそのウチ白黒はっきりするさ」
ウリエの言葉に、アリエスはそれ以上何も言わず、リノを見守る。
剣撃を浴びせ続ける中で、リノの呼吸がわずかに乱れた。
その一瞬を見逃さず、ミカは勝負に出る。
「ブースト!」
一定時間、筋力を倍増させる補助魔法。
剛腕によって振るわれたメイスが、リノの攻撃を体ごと弾き飛ばした。
「……っぐ!」
大きく体勢を崩しながら後ずさるリノ。
彼女が体勢を整えるよりも前に、次の魔法が唱えられる。
「クイック!」
スピードを上昇させる補助魔法。
大幅に増加した素早さで一気に踏み込み、渾身の一撃を放つ。
体を後ろに仰け反らせてバランスを崩したリノに、パワーとスピードの乗ったこの一撃を回避するすべは無い。
——体が自動的に動きでもしなければ。
「これで、終わりですわ!」
「まだ、終わらない!」
仰け反った体が、更に大きく仰け反った。
ブリッジのような体勢になったリノの体、その上側スレスレを、横殴りのメイスが掠める。
自動回避が発動したリノ。
ここからは自分の意思で、両腕で体を持ち上げ、足を曲げてバネのように弾みを付けつつ両足を揃えてミカを蹴り上げた。
「あうっ!」
跳ね起きながらの反撃を腹部に受け、ミカはよろめきながら後退する。
「あ、あなたのスキル……。けほっ、攻撃の回避に特化したタイプですわね……!」
「これだけでよく見破ったね、凄いよミカちゃん」
「完全に仕留めてましたもの、けほけほっ。あそこから切り返すなんて、体が勝手に動かなければ……っ、無理ですわ」
咳き込みながら腹部をさすり、呼吸を整えると、ミカは続けて攻め込む。
補助魔法の効果時間中に、決着をつけるつもりだ。
メイスの重さを感じさせない、素早く鋭い振りで、何度も殴りかかる。
一撃でも当たれば昏倒する威力だが、リノには掠りもしない。
「このっ、ちょこまかと!」
リノの回避は、身体能力の許す限りで攻撃を自動回避する。
軽快な足さばきは、リノの意識の範囲外の動きだ。
「私もこの【回避】、これまで鍛えて来たんだ。オルゴさんに、勝つために」
「わたくしだって、オルゴ様に、アリエスに勝つために、ランキング三位まで登りつめるほどに努力しましたの!」
「……その二人。やっぱり、ポートさんが関係してるんだね」
「——っ! な、何を……!」
図星だったのだろう。
ミカは動揺の色を見せる。
鋭い攻撃の中に、雑な振りが混じり始めた。
「ポートさんを越える前に、冒険者を引退されちゃったんだよね。それが悔しくて、ポートさんのライバルのオルゴさんや、パーティーを組んだアリエスちゃんにこだわって——」
「黙りなさい! あなたに、あなたなんかに何が分かりますの!」
「分かんないよ、そりゃ。ミカちゃんの気持ちはミカちゃんにしか分かんない。でも、何となくなら察せられる。私も似たような思いをしたから」
無意識の回避を続けながら、胸の内を明かす。
「ちょっと前まで、私に戦う力は無かった。幼馴染のアリエスちゃんがどんどん遠くに行っちゃうのを、必死に付いていって。追いかけても追いかけても届かない、そんなもどかしさなら分かる」
「そんなの……、分かったからなんだというの! 勝ちを譲ってくれるとでも!?」
「勝ちは絶対に譲らない。だけどさ、ミカちゃんのことも放っとけないから」
放っておけない。
そう強く口にしたリノの眼差しに、ミカの瞳が揺らいだ。
「だから私は覚悟を決めた! ミカちゃんに勝って、オルゴさんにも勝つ! オルゴさんに勝った私を苦戦させたミカちゃんは、こんなにも強いんだって証明してあげる!」