34 鮮烈 龍殺少女のデビュー戦
試合開始の合図と共に、リノは曲刀を片手で構える。
対戦相手のルガールは、バスタードソードを肩に担ぎながら、小馬鹿にした顔で口元を歪めた。
「へっ、へっへっへ」
「何かいいことでもあった? もう試合は始まってるよ」
「いやな。俺さ、正直ビビってたんだ。アリエスが来たらぜってぇ勝ち目ねぇだろ。だからさ、今すっげぇ嬉しいんだよ」
「……へぇ、そうなんだ」
明らかにナメられている。
むしろ好都合だ。
「無名の冒険者を倒しても株は上がらねぇけどよ、二回戦にはコマを進められるんだ。感謝しとくぜぇっ!」
一直線な突進。
両手で握ったバスタードソードを上段に構え、
「傷は浅くしといてやるぜぇぇ」
袈裟掛けに振るう。
「ぇぇぇっ! あ、あれ?」
しかし、平凡そうな少女には掠りもしない。
彼女は素早い身のこなしでルガールの側面に回り込み、
「隙だらけだよ」
大振りの一撃を空振りした、隙を突いて、
ゴッ!
刃を返し、曲刀の峰で力いっぱいうなじを打ち据えた。
「あぁっ、れぇ……っ?」
何が起きたのかすら良く分からないまま、一撃の下に意識を刈り取られ、ルガールはその体を舞台上に横たえる。
ルガールはAランク下位の冒険者。
その実力の程は、それなりに知られてはいた。
にも関わらず、Bランクになりたての無名の少女が瞬殺。
信じがたい光景を前に、場内は水を打ったように静まり返る。
「…………えっと。審判さん?」
いつまでも判定を下さない審判に不安になったリノが、不安げに顔色をうかがう。
彼女の声でようやく我に返った審判は、慌てて手旗を掲げた。
「……け、決着ーーーーッ!!!」
「「ウオワアアァァァァァァァッ!!!」」
その瞬間、会場の空気が震えた。
割れんばかりの大歓声の中、勝者の名が宣言される。
「なんと瞬殺、瞬殺です! Aランク冒険者のルガール選手を瞬殺したのは、無名のBランク冒険者・リノ選手!」
歓声に対し、リノは照れ笑いを浮かべながら手を振り返す。
その様子を観客席から眺めつつ、アリエスは渾身のドヤ顔をミカに向けた。
「どう? 思い知った? これがリノ」
「……ええ、ようく分かりましたわ。準決勝で会いましょうと、彼女に伝えておいて」
アリエスが出ないと聞いて消えかかった闘志に、火がついた。
リノをライバルに足る実力があると認めた彼女の表情には、油断も慢心も、欠片も感じられない。
鋭い視線を武舞台上のリノに向けると、ミカは静かに立ち去っていった。
「……大丈夫。あの子がいくら強くても、リノは負けない」
リノは誰にも負けない。
そう強く信じているからこそ、彼女は本戦をリノに託した。
たとえ強力なライバルが出現したとしても、きっと乗り越えてくれる。
「ね、ランもそう思うよね」
「は、はい……。リノさん、素敵でした……」
隣のランに目を向けると、彼女は鉄仮面の両頬に手を当てて、ゆらゆらと頭を揺らしていた。
隠れて見えないが、その瞳はおそらくハートマークになっているのだろう。
「あんなにカッコいいなんて……。はふぅ……」
「それは同感。……はっ! もしかして、リノが有名になったら、リノのファンも増えて……? そうしたら、素敵な誰かが現れて、リノはそっちに行ってしまって……」
色ボケ状態の鉄仮面少女と、無表情で青ざめながらブツブツと早口で呟く魔女っ子。
闘技場最前列の一角は、異様な雰囲気を放っていた。
「いいぞー、嬢ちゃん!」
「半端なく強えーじゃねーか!」
「リノちゃーん、私を抱いてー!!」
「いやぁ、どうもどうも」
気を失ったルガールが運ばれていった後も、歓声は鳴りやまない。
送られる声援に手を振り返すリノ。
そんな彼女に、ライナは苦言を呈す。
『調子に乗り過ぎ。ここは颯爽と立ち去ってこそ格好が付くってもんだ』
「あ、そうだね。クールに立ち去るアリエスちゃん、素敵だったし」
既にBブロック第一試合の準備も整っているのだ、いつまでも舞台の上に居座っていては迷惑というもの。
リノは出来る限りクールを装いつつ、舞台上を立ち去った。
「……どうかな。決まってる?」
『あー、うん。決まってる決まってる』
決め顔を浮かべながら通路へと引っ込んだリノの姿は、カッコいい、ではなく、可愛い、という感想しか浮かばなかった。
「なんか投げやりじゃない?」
『気のせい気のせい。さ、愛しの子猫ちゃんたちが待ってるよー。早く戻ろ!』
「むぅ、なんか釈然としな——わっぷ」
ここは何もない通路。
壁などないにも関わらず、リノは硬い何かに正面からぶつかった。
「な、なにこれ。壁?」
目の前にそびえる壁、のようなもの。
視線を上げると、そこにいたのは大斧を背負った二メートル強の巨漢。
「うひゃあああぁぁっ! ……って、オルゴさん!」
「む……。すまない、リノ……。気付かずぶつかってしまった……」
「いえ、私の方こそ。オルゴさんは……、そっか、Bブロックの第一試合。フォートレスって層が厚いのに、オルゴさん自ら出るんですね」
「うむ……。どんな相手にも、敬意をもって全力で挑む……。それが礼儀であり、俺の信条だ……」
「さすがオルゴさん。……なら。私とも、全力で戦ってくれますか?」
あまりにも高い壁。
それでも、越えたい。
全力を出して欲しい。
その上で、越えたい。
全力を出したオルゴを越えて、初めて彼を越えたことになるのだから。
畏敬の念を込めて、しかし挑戦的な笑みを浮かべながら、リノは問い掛けた。
「ふっ……、勿論だ……。先の戦い、見事だったぞ……。強くなったな……」
オルゴは微笑み、左手を開いてリノの頭の高さに差し出す。
その意図を汲み取ったリノは、隣を通過しながら、そこに目がけて左の平手を叩きつけた。
パァン!
乾いた音が響き、出番はバトンタッチ。
「今度は私が、客席で見せて貰いますから!」
「あぁ……。じっくり見ておくといい……!」
客席に戻っていくリノと、武舞台へと向かうオルゴは、どちらも振りかえることなく。
決勝で戦うことを、二人は無言のまま、互いに誓い合った。
▽▽
「アリエスちゃん、ランちゃん。ただいまー」
「おかえりなさい、リノさん! とっても素敵でしたよ!」
「さすがは私のリノ。思った通り会場はリノフィーバー。私も鼻が高い、けどちょっと心配……」
観客席に戻ったリノ。
席に座った途端、ランは鉄仮面を外して抱き付いてきた。
アリエスは誇らしげに胸を張りつつも、何故だか不安そう。
「あはは。照れくさいね、なんか。それでオルゴさんの試合は、まだ始まってない?」
「もう終わった」
「……へ?」
思わぬ返答に、呆気に取られる。
「瞬殺でしたよ。凄かったです……」
「斧の一撃で武舞台が割れて、今補修中」
「えぇ……」
武舞台に目を移すと、確かに中心の辺りに亀裂が走り、一部は粉々に砕けている。
「もう、じっくり見ておけなんて言って。張り切り過ぎですよ……」
苦笑しながらも、自分の瞬殺劇を意識してくれたのかと思うと、少し誇らしい思いがした。