32 一蹴 魔法少女オンステージ
「さあやってきましたクラン対抗戦! 今年はどんな激戦が繰り広げられますでしょうか!」
「御託はいい、早く始めろー!」
飛んできた野次を拡声魔法が拾い、それを皮切りに次々と野次が飛ばされる。
「そうだー、さっさと予選見せろー!」
「アリエスちゃんの活躍を見せろー!」
「お前の挨拶なんざどうでもいいんじゃー!」
「……えー、収拾が付かなくなって参りましたので、早速始めましょう! 審判さん、お願いします」
司会の言葉を受けて、武舞台の端に待機した審判員が鳴きガエルの風船を針で突く。
パァン!!
盛大な破裂音が響き渡り、それが合図となってAブロック予選は開始された。
割れんばかりの大歓声の中、開始と同時に全ての冒険者がアリエスに殺到する。
「……好都合。手間が省けて丁度いい」
少しも表情を変えず、アリエスは両手を左右に広げ、両手のひらの先に魔法陣を展開。
水の魔力の純度を高め、氷の針を周囲三百六十度に創り出す。
「アイスニードル。これで一網打尽」
撃ち出された無数の氷の針が、寸分違わず風船を掠め、割っていく。
パパパパパパパパパパパァン!!
連続で鳴り響く破裂音。
そして訪れる静寂。
静まり返った場内で、アリエスは表情を変えぬまま審判に問う。
「終わったけど。もう帰っていい?」
呆気に取られていた審判員が我に返り、舞台に上がる。
立ちつくす冒険者たちの頭部を確認。
アリエスの他に誰一人として風船が無事な者は存在しないことを確かめたところで、右手を高々と上げた。
「……け、決着ーーーー〜〜〜っ!!!」
「「オオオォォォォオォオォォッ!!」」
凍りついた時が、堰を切ったように動き始めた。
空気を震わせる大歓声の中、アリエスは涼しい顔で武舞台を後にする。
「なんと開始十秒ほどでのスピード決着! 決勝戦Aブロックに駒を進めたのはランキング七十九位の超新星、クラン『ブルーム』ゥゥゥ!!!」
「「アリエス! アリエス! アリエス!」」
巻き起こるアリエスコール。
ランが鉄仮面の奥で瞳を輝かせるその隣、リノは非常に浮かない顔をしていた。
「すっごぉい……。アリエスさんってあんなに強かったんですね。話には聞いてましたが……ん? リノさん?」
「アリエスちゃんコール、凄いね……」
「はい、凄い人気ですね。綺麗ですし、強いですし、人気が出るのも頷けます」
「観客のみんな、次も期待してるよね……。本戦でのアリエスちゃんの大暴れ、期待してるよね……」
「……あ」
「大丈夫かなぁ。私、ブーイング喰らわないかなぁ」
アリエスの登場を期待する場内に、自分が入場した時の空気を今から思い、リノは胃を痛める。
「あ、と、とりあえず、アリエスさんを迎えに行きましょう?」
「そうだね……。頑張ってくれたもん、労いに行かないとね……」
Bブロック予選の準備が始まる中、リノはランと共に席を立ち、アリエスを迎えにいった。
▽▽
「お疲れ様、アリエスちゃん」
「別に疲れてない。ご褒美も欲しくない」
「分かってるよ、よしよし」
無表情の中に物欲しそうな雰囲気を感じたリノは、魔女帽を取って頭を撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるアリエスは、まるで猫のよう。
その可愛さに、頭を撫でるリノの手も止まらない。
ここは武舞台と観客席を繋ぐ通路の中。
Bブロック予選に送られる歓声も遠く、あるのはリノたち三人の姿だけ。
「んん、もう、あんまりなでなでしないで……。恥ずかしいから……」
「ごめんごめん、ちょっとやりすぎちゃった」
リノから帽子を返却されると、アリエスは手早く目深に被り、顔を隠してしまう。
「……あ。わたしにも、なんだか分かった気がします。アリエスさんの照れ顔」
「て、照れてない。私はいつでもポーカーフェイス」
顔を赤らめているため、ランにも読み取れたアリエスの表情。
初めて解析できた喜びから、思わず顔を覗きこむ。
「わぁ、これがアリエスさんの照れ顔なんですね。とっても可愛いです!」
「ちょ、やめて、見ないで……。リノ、見てないで助けて……」
必死に顔を背けるアリエスと、その顔を覗きこむために付きまとうラン。
二人の様子を、リノは微笑ましく見守る。
『いやぁ、良い光景だねぇ。心が洗われるねぇ……』
「そうだね、ライナ。仲良くなってくれて良かった。珍しく戦い以外でも意見が合ったね」
『ハーレムの維持にはハーレム要員同士の仲の良さも大事だからねぇ。本当に良かった良かった』
「ごめん、前言撤回させてもらうね」
たっぷり五分ほど観察したあと、アリエスを助け、三人揃って座席に戻る。
Bブロックの予選は終わったらしく、武舞台上には誰もいなかった。
「なぁ、なんか地味だったな。アリエスの瞬殺劇と比べると」
「それな。とんだ塩試合だった」
「無名のクラン、ダークホースなんだろうけどな……。確か、えっと、『ジョン・ドゥ』だったっけ?」
どうやら盛り上がりにも欠けたらしく、観客の盛り上がりも程良い温度までクールダウンされている。
「Bブロック予選、見れなかったね。ちょっとゆっくりし過ぎちゃったかな」
「どうせ有象無象しかいない。それよりリノ、もうすぐトーナメント表が発表される。一回戦でオルゴさんと当たるように祈ろう」
「えぇ、それはヤダなぁ……」
活躍度合いが評価される以上、オルゴの『フォートレス』と当たるまで何戦か勝っておきたい。
いくら善戦しても、一回戦負けではギルドの心象も悪くなりそうだ。
「さあ皆さま、お待たせ致しました! トーナメント表の公開です!」
司会の声と共に、武舞台の上から巨大な布が吊り下げられた。
そこに記された十六組立てのトーナメント表に、全観衆、全出場選手の目が注がれる。
「……チッ、『フォートレス』はBブロックか」
「良かったぁ……」
「ひとまず安心ですね」
「これで決勝までオルゴさんと戦わずに済む……。ホッとしたよ」
『ブルーム』はAブロック第四試合、『フォートレス』とは違うブロックに振り分けられた。
安堵するリノとラン、露骨に残念がるアリエス。
そんな彼女たちに対し、挑戦的な声と共に人差し指が突きつけられた。
「あなた達! もう決勝に進んだ気になっているのかしら! だとしたら思い上がりも甚だしいわ!」
「あ、ミカちゃん。どうしたの?」
「どうしたの、じゃありませんわ! あのトーナメント表が見えませんの!? あの『クルセイド』の五文字が!」
「え? えっと、クルセイド、クルセイド、っと……」
言われるがままクルセイドの名前を探すと、すぐに見つかった。
Aブロックの第一試合。
順調に勝ち進めば、準決勝で当たる位置。
「あ、同じブロックだ」
「これで分かりましたわね。オルゴオルゴと喚くのは、このわたくしを倒してからですわ。覚悟しなさい、アリエス・エアリーズっ! あなたを倒して、わたくしは名を上げる!!」
ビシっ!
人差し指を突き付け、闘志をむき出しにするミカに対し、アリエスは無表情のまま返答。
「……うん、三位だしね。確かにあなたを倒せば名を上げられるかも」
「そうでしょうとも! もっとも、名を上げるのはわたくしの方ですけどね。それではごきげんよう、わたくしと当たるまで、負けるんじゃありませんわよ!!」
「あ、あの……」
彼女の勘違いをリノが正そうとするも、時すでに遅し。
ミカは闘志を漲らせたまま、その場を立ち去ってしまった。
「あぁ、行っちゃった……。いいのかなぁ、アリエスちゃんが本戦に出ないって言わなくても……」




