31 大会予選 有象無象は全員トマト
割れた人だかりの真ん中を、堂々と進む身長二メートル強の大男。
道を譲る冒険者たちは、みな畏怖と尊敬を込めて彼を見送る。
「久しぶりだな……。ポート、アリエス、そしてリノ……」
「オルゴさんだ! お久しぶりです。聞いてください、わたし冒険者になったんですよ!」
見知った顔と気付くや否や、リノは子犬のように駆け寄っていく。
アリエスがすかさず首根っこを掴み、リノは後ろ向きに反り返った。
「んぐぁっ!」
「リノ、ストップ。今のオルゴさんは倒すべき敵。馴れ合いなど不要」
「げっほげっほ、だ、だからって、もうちょっと止め方……」
目の前までやってくると、オルゴの体格が更に際立つ。
140センチ程度しかないランにとっては、まさにそびえ立つ壁。
小さな少女は鉄仮面を深く被り、一歩後ろに退いた。
「む……、リノの件はマスターから聞いている……。随分と活躍しているらしいな……。ポート、お前は弟子の応援か……?」
「ええ、その通りです。それにしても、またこの四人で集まることになるとは。なんだか不思議ですね」
「オルゴさんにポートさん、アリエスちゃんに、おまけで私。龍殺しのパーティー、勢ぞろいですね」
闘技場の前、冒険者たちが作った輪の中心で、再び一堂に会した四人。
リノを除く三人の顔を知らない者はおらず、人だかりは更に増え続けていく。
「そうですね。彼が……、いませんが」
「あんなヤツ、別にいなくてもいい。むしろいなくなってせいせいした」
「正直なところ、同感だが……。何故姿を消したのか、それは気がかりだな……」
バルト。
彼の話題が出るたび、リノの胃の奥がキリリと痛みを覚える。
「捜索は打ち切り、どこに消えたかは謎のまま、ですか……」
「あれ程腕の立つ男も……、そうはいまい……。実力だけならば……、Aランク上位の冒険者に匹敵する……。ヤツを殺れる者となると、限られてくるが……」
リノの背中を伝う冷や汗。
表情に出てしまう前に話題転換を。
軽く息を吸いこんだその時、隣に立つアリエスが代わりに口を開いた。
「まあ、あんなクズはどうでもいい。せっかくの晴れ舞台、嫌な思い出の話をするものじゃない」
気持ちを汲み取ってくれたのだろうか。
バルトのことまでは伝えていないはずなのに。
感謝の気持ちでいっぱいになるリノだったが、次の瞬間には勘違いだったと思い知る。
「それよりオルゴさん、今日は私たち『ブルーム』が勝つ。覚悟しといて」
「そうか……、精々頑張るといい……。だが優勝は、俺の『フォートレス』と決まっている……」
「おやおや、お二人とも。僕が弟子たちに引き継いだ『クルセイド』も、忘れてもらっては困りますよ?」
アリエスの挑発がきっかけで、それぞれに火がついた。
各々が自分のクランの優勝を信じて疑わない三人が、熱い火花を散らす。
「アリエスの魔法では……、俺のエレメンタルガードは崩せないだろうがな……」
「いえ、オルゴさん。どうやら貴方と戦うのは、彼女ではないらしいですよ?」
「そう、その通り」
(あ、これダメな流れだ。絶対私も巻き込まれる)
こっそりとこの場を離れようとしたところ、アリエスがすかさず腕を掴み、リノは後ろ向きに反り返った。
「んひゃぁっ!」
「戦うのはリノ。この子がオルゴさんを公衆の面前で叩き潰すから、覚悟しといて」
「ほう……。確かに邪龍を倒した時のリノは強かった……。手合わせ、楽しみにしている……」
「あはは……、お、お手柔らかにお願いします……」
何故か自信満々のアリエスとは裏腹に、勝てる気が全くしないリノ。
ライナならともかく、今の自分がオルゴと戦ってどれだけやれるのか。
善戦すれば目的は達成されるといっても、それすら難しい。
力を付けた今だからこそ、オルゴの滲み出る強さを肌で感じ取れる。
今だからこそわかる、絶対的な実力差。
「ポートの弟子たちも……、どれほどのものか、楽しみにしている……」
オルゴはそう言い残すと、クランのメンバーに合流、共に闘技場へと消えていった。
「では僕も、そろそろ失礼します。いい席を取られてしまいますからね。リノさん、ご武運を」
続いてポートも立ち去ったところで、ようやく人だかりもバラけていった。
ずっと黙って縮こまっていたランは、ようやく肩の力が抜け、大きく息を吐き出す。
「はぁぁぁっ、緊張しました……。あんなに大勢の人に囲まれる経験、初めてですぅ。お二人とも、よく平気ですね……」
「あんなのトマトと一緒。潰せば赤い汁が飛び散る、ただのトマト」
「怖いよ、アリエスちゃん!?」
▽▽
今回のクラン対抗戦に参加したクランは、合計八十三組。
決勝は十六組のクランによるトーナメント形式で行われる。
ランキング十四位までのクランが予選を免除。
残り二枠の椅子を、十五位以下である六十九組のクランが争う形だ。
予選は三十五人で行うAブロック予選と、三十四人で行われるBブロック予選に分かれており、それぞれの勝者が決勝トーナメントのAブロック、Bブロックに振り分けられる。
『ブルーム』の順位は、七十九位と、下から数えた方がずっと早い。
決勝トーナメントにリノを導くため、有象無象にリノの手を煩わせないため、アリエスは予選に出場。
そして今、彼女は三十四人の冒険者が集う武舞台の中心に佇んでいる。
周囲を無表情で見回す彼女、肩の力が抜けている、というか非常に眠たそう。
「アリエスさん、大丈夫でしょうか……」
「全然心配ないよ。アリエスちゃんは本当に強いんだから」
観客席の最前列、参加クランのメンバー用座席に、リノとランは並んで座っている。
ずっと目標にしてきた、遠い背中を追いかけてきた幼馴染。
彼女の実力を、リノは誰よりも知っている。
「間違いなく、勝ってくれる」
魔女帽をかぶり、黒いローブを着用した、いつも通りの彼女。
ただ一点違うのは、魔女帽の上に付けた風船。
これは鳴きガエルのほお袋を加工して作ったもの。
少しの衝撃で破裂し、盛大な音を鳴らす。
予選のルールは、三十五人全員で戦い、最後まで立っていた者の勝利。
ただし、ノックアウトの他に、頭部に付けた風船を割られた者も失格とする。
「やっぱり出てきたぜ、アリエスだ……」
「いくらクランの順位が七十九位でも、アリエスの実力だけは本物……」
「ここは一旦結託して、全員で潰しにいくとしようぜ……」
参加者たちは全員、アリエスを警戒している。
彼女を潰すために結託するのは、当然の流れと言えた。
当のアリエスも、そんなことは百も承知。
その上で、リラックスしている。
「さあ、皆さん! お待たせいたしました!」
場内に響き渡る、拡声魔法によるアナウンス。
観客のボルテージが一気に上がり、歓声が巻き起こる。
「第285回クラン対抗戦、いよいよスタートです!」




