29 解決策 たった一つの冴えたやり方
「ただいまー」
「おかえりなさい、リノさん!」
リノが帰宅を告げると、ランが鉄仮面を脱ぎ捨てながら駆け寄ってくる。
勢いをつけたまま彼女の胸にダイビングし、目を輝かせながら早口で捲し立てた。
「今日もご苦労様でした! お疲れだと思って、お風呂湧かしてありますよ。さあ一緒に入りましょう!」
「た、ただいま。お風呂はもうちょっとしたらいただくね。お夕飯はちゃんと食べた?」
「はい、常識的な量を頂きました!」
「そっかそっか」
眩しい笑顔を浮かべるランの頭を撫でる。
ボサボサだった金髪は、今やサラサラのロングストレートに。
やせ細った体にも肉が付いてきて、二の腕にぷにぷに感が出てきた。
アリエスによる毎朝の手入れと、いっぱい食べるランの食欲の賜物である。
「リノ、お帰り」
「ただいま。アリエスちゃんも一緒にお風呂入る?」
「いい。後で一人で入る」
普段以上に無愛想で素っ気ない返事。
昇級試験から帰ってきた頃から、アリエスの様子が変わったと、リノは感じていた。
「……アリエスちゃん、何があったんだろ」
「ふぇ? いつも通りのアリエスさんじゃないんですか?」
「そうなんだけど、何か違うんだよね……。悩みとか、あるのかな」
これまでアリエスは、悩み事が出来ると必ずリノに相談を持ちかけていた。
そんな彼女が一人で抱え込んでいる悩み。
自分に打ち明けられない深い理由があるのだろうと、そう考えて触れずにいるのだが。
「悩みがあるとしたら、私にも言えない悩みってことだよね……」
『うーん、これはまさか……。ねえリノ、今日はあたしを着けたまま寝てみてよ。試してみたいことがあるんだ』
「へ? いいけど、変なことするつもりじゃないよね?」
『しないしない。お姉さんを信じなさい』
「胡散臭すぎるけど……。うん、分かった。でも、ホントに変なことはしないでね」
▽▽
時刻は深夜一時。
リノとランは、一緒のベッドに寄り添って深い眠りの中にいた。
これまでは就寝時にも鉄仮面を着けていなければならなかったランだが、リノの側なら鉄仮面を外しても普通でいられる。
リノの匂いに包まれ、温もりを感じて、少女は人間の姿のまま安らかな寝息を立てていた。
ランを抱きしめたまま眠るリノの胸元には、普段枕元の台上に置いてある紅い首飾りが輝いている。
ライナに言われた通り、リノは今日、これを身に着けて眠った。
少々不安だったが、彼女も今はすっかり夢の中。
『……よし、完全に眠ったね。そろそろかな』
ライナが試してみたかったこと。
それは、リノが眠っている時に交代をするとどうなるのか。
初めて彼女の体に入った時、その影響で彼女は気を失ってしまった。
あの前例から考えるに——。
「……よし、入れた」
思った通り。
なんの抵抗もなく、意識を交代出来た。
リノの意識は首飾りの中にあって、なお夢の中にいる。
ライナは眠っていたリノの体を起こすと、寝息を立てるランを無言で見下ろす。
「…………」
そして手を伸ばし——。
カポッ。
鉄仮面を頭に被せた。
「う、うーん……」
「これで良し。もしもリノがいないって気付かれて、龍人の部分が出てきたら厄介だからね」
彼女はまだ、ランを信用してはいない。
それでも、相棒が信じている限りは手を下さない、そう決めている。
「さてさて、本題はこっからだ。あのお姫様が素直に話してくれるかどうか……」
足音を立てないよう、ランを起こさぬように注意して歩みを進め、扉をくぐる。
アリエスの私室。
ベッドの上で静かに寝息を立てる、白い髪の少女。
その肩が、軽く揺すられる。
「お姫様、お目覚めの時間だよー。それともちゅーで起こして欲しい?」
「……ん? リノ……?」
閉じていたまぶたを上げ、ぼんやりとした頭でじっと見つめる。
「起きたかい。悪いね、こんな時間に」
ライナは枕元のランプに火を入れる。
温かみのある明かりが、ほのかに室内を照らした。
「……違う、リノじゃない。ライナだね。こんな時間に何の用?」
「さっすが、少し話しただけで見破るとはねー。愛の力ってヤツかな?」
「茶化さないで質問に答えて。っていうか、リノは? どうしてるの?」
頬をほんのりと染めるアリエス。
彼女の表情の違いはライナには見分けが付かないが、この照れは彼女にも一目瞭然だった。
「おっと、質問が増えたね。まず、リノは首飾りの中でぐっすり寝てるよ。だからこれからする話を聞かれる心配も無用」
「……で、その話って?」
「最近何か悩んでるだろ。リノが見抜いてたよ」
「……やっぱり。リノには隠し事出来ないね」
リノにだけは絶対に知られたくない内容、出来るなら隠し通しておきたかった。
それでも、無愛想な自分の表情の違いすら見分けられる親友には無意味だったようで。
「だからお姉さんが、お悩み相談に乗ってやろうってわけ。どう? 惚れた?」
「惚れるわけない。私が好きなのはリノだけ。……リノじゃないって分かってても、その顔の前で言うと恥ずかしい」
「はー、お熱いねぇ。で、悩みのタネはランちゃんなんだろ」
「……はぁ、無駄に鋭い。そこまで気付いてるんなら、まあ話してもいいけど」
大きなため息の後、彼女はライアに悩みを打ち明けた。
ランがリノを好きになってしまったことを。
同じ相手を好きになった以上、どちらかが身を引くしかない。
しかし、ランにとってリノは、人並みに生きていく上で欠かせない存在になってしまっている。
「それに、私もランを妹のように大事に思ってる。あの子には笑っていて欲しい。でも、私も絶対に、リノを諦めたくない。あの子を泣かせるか、気持ちを諦めるか。そんなの、私には選べない……」
「ん? なんでどっちかを選ばなきゃいけないのさ」
「……は?」
積もりに積もった根深い悩みを吐き出したのに、何を言うのかこの悪霊は。
アリエスは思わず、眉間にしわを寄せて睨みつけた。
「人が真剣に悩んでるのに、何それ」
「いやいや、もう一つ手段があるだろって言ってんの。アリエスもランも泣かずに済む、たったひとつの冴えた方法さ」
「……一応聞く。でもふざけた答えだったら燃やす……ことは出来ないか。リノの体だし。じゃあ割る」
「首飾りを!? 怖っ! まあでも、本当にナイスアイデアだから」
自信満々に人差し指を立てて、ウインク。
「二人共リノの恋人になればいい。ハーレムってやつだよ」
「……リノに二股かけろってこと?」
「王族でもいるだろ、一夫多妻。リノならその器は十分に持ってるよ」
確かに、その方法なら全てが丸く収まる。
収まるが、どうにも受け入れがたい。
「ま、ゆっくり考えるといいさ。時間はたっぷりあるんだから。そいじゃ、あたしはこれで」
言いたいことだけを言って立ち去ったライナを無言で見送り、枕元のランプを消してベッドの中へ。
布団を頭から被り、考える。
ランと二人でリノのお嫁さんになる。
そんなことを、自分は受け入れられるのか。
受け入れられたとして、あとの二人は?
ぐるぐると頭の中で渦巻く疑問。
やがてそれも、まどろみの中に消えていった。




