28 仇 動き始めた因縁
「いい? 覚えましたわね! もう忘れないように!」
ミカと名乗ったその少女は、アリエスに対して指をびしっと突き出しながら念を押す。
忘れる以前の問題として知らなかったアリエスだが、面倒なので適当に頷いた。
「よろしい。で、そこのあなた!」
「は、はい! 私!?」
今度はリノに人差し指を突きつける。
「このわたくしを差し置いて師匠のライバルに勝つつもりだなどと、夢にも思わないことね!」
「あ、あの……、ミカちゃん。キミの師匠って誰? 私の知ってる人……?」
よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに胸を張るミカ。
彼女の胸は、それなりにあるようだ。
「師匠のことはさすがに知っているでしょう。我が敬愛する師、サルバトール様の名は!」
「さる……、誰だっけ。聞いたことあるような……」
「誰、それ」
「ちょっと、あなたたち!?」
この反応には、さすがに彼女も青筋を立てた。
今までとは比べ物にならない剣幕で、前のめりになりながら捲し立てる。
「知らないわけないでしょう、ポート・サルバトール様! アリエス・エアリーズ! あなた一緒に旅してたでしょ!?」
「あぁ、そうだ、ポートさんの名字だ。どうりで聞き覚えがあると思ったよ」
「それなら知ってる。名前の方を何故出さない」
「ぐぬぬ……! と、とにかく、本番ではわたくしが、師匠から受け継いだわたくしたち『クルセイド』が、あなたを叩きのめしますからそのつもりで!」
最後にアリエスに対して宣戦布告を叩きつけると、彼女は立ち去った。
その背中をリノとランは呆然と見送る。
「……結局なにがしたかったんでしょうか、あの人」
「さあ。宣戦布告……かなぁ」
「どうでもいい。リノに比べればただの有象無象」
辛辣なアリエスに苦笑いしつつ、ふと視界の隅に入ったランキング。
何の気なしに『クルセイド』の名前を探したリノは、その名前をすぐに見つけた。
「……三位」
クランランキング三位『クルセイド』。
ミカの自信は、決して過信ではない。
「見て、二人共。有象無象ってわけにはいかないみたいだよ……」
「わ、三位って、凄いじゃないですか!」
「関係ない」
浮足立つリノとランに対し、アリエスは短く言ってのける。
「たった三位。私たちが目指すのは一番上」
「……そうだね、アリエスちゃん。私たちはランキングの一番下、他のクランはみんな格上なんだから。一位に挑もうってのに、三位くらいで驚いてらんないよね」
目標はオルゴ、それは変わらない。
そう気付かせてくれた親友に感謝しつつ、
「よーし、じゃあ改めて。クラン『ブルーム』、対抗戦がんばろーっ!」
リノは軽く飛び跳ねながら、拳を突き上げた。
「リノ可愛い。じゃなかった、おー!」
「お、おー、です!」
▽▽
対抗戦は二週間後。
それまでに出来ることは少ないが、とにかく今はやれるべきことを。
日帰りで行ける範囲の高難度依頼を手辺り次第にこなし、【回避】の練度を上げていく。
本番ではライナに頼れないのだから、自分自身の力を高めなければ。
『よっ、今日もお疲れさん』
「ゴメンね、ライナ。龍人退治の方をおろそかにしちゃって」
『いいってことよ。この王都には今のところ、龍人はいないみたいだしね』
夜の大通り。
依頼を終えて家路を急ぐ中、リノは相棒と言葉を交わす。
ラーガの使用人とワバンから聞き出した情報によれば、龍人は彼ら三人以外、王都にいないらしい。
龍人は同族が近くにいると、お互いの存在が感覚的に分かるという。
彼らの証言は正確なものだろう。
「でもちょっと意外かな。こんなに広い街に、龍人が三人だけだなんて」
『奴ら、存在が明るみに出ることを恐れるからね。出来るだけ目立たないように、各地に散らばってるのさ』
「そうなの? じゃあさ、アイツらの存在を大々的にバラしちゃえば——」
『ローメリア王国、知ってる?』
突然に差し込まれた、無関係な質問。
首を傾げつつも、リノは正直に答えた。
「知ってるよ? 二百年くらいまえにあった国だよね。突然滅んだっていう」
『そっか、二百年か……。そんなに経ってたんだね』
自分の生きていた時代を思い、ライナは感慨深く呟く。
「もしかして、ライナが生きてた頃?」
『そうさ。あの頃、仲間の一人がさ。良かれと思って、その国の国王に話しちまったのさ。龍人の存在を、ね』
「……それで?」
『龍人の存在が発表された日から、それは始まった。隣の家のヤツが龍人なんじゃないか、道行くアイツは龍人なんじゃ、って』
疑心暗鬼に取り憑かれた住民たちは、やがて私刑を開始した。
こいつは龍人に違いない、殺してしまえばはっきりする。
死体が即座に腐敗すれば、龍人である証拠だ。
龍人云々を口実に、気に入らない相手を合法的に始末する者。
精神を病んでしまい、自分以外の全てが龍人だと思い込む者。
収拾が付かなくなった王は、全てが嘘だったと声明を出すが、後の祭り。
積み重なった怒り、恨み、混乱。
その全てが王家へと向き、クーデターが勃発。
その混乱に乗じた隣国の侵攻を受け、ローメリア王国は滅亡した。
『……と、いうわけさ。龍人狩りと呼ばれたこの一連の騒動は歴史の闇に葬られた。今となっては真相を知る者は誰もいないだろうね、きっと』
「そんな、ことが……」
『あたしももう、あんな過ちは繰り返させない。龍人の存在は絶対に秘密、人知れず闇から闇へ葬り去るのが一番なんだ』
そう呟いた彼女の言葉から感じるのは、深い後悔。
止められたのに、あの時ああしていれば、そんな思いが言葉の端々から感じられた。
「その……、喋っちゃった仲間は、どうなったの……?」
『聞きたい?』
「……やめとく」
『助かる。こっちとしても、あんまり思い出したくないからさ』
そこで一旦会話は途切れる。
気まずい沈黙の中、リノはしばらく東区画の通りを進む。
そうして我が家の明かりが見えて来る頃。
ライナが沈黙を破り、神妙な声で語り掛けてきた。
『リノ、確かに今は王都に龍人はいない。でも、ここは奴らの格好の餌場だ。龍人が居なくなったと知れれば、近いうちに必ず新しい龍人がやってくる』
「どんだけ来ても一緒だよ。私とライナで殺せばいいんだから」
『ただの野良ならそれでもいいんだけどね。あたしの存在がレイドルクにバレた以上、ヤツが絡んでくる可能性も高い』
「……レイドルク」
以前にも聞いた覚えがある。
ラーガが口にしたその名前に、彼女は異様な執着を見せていた。
「そいつも龍人なんだよね。ライナとはどんな関係……?」
『……仇さ。仲間と、あたしのね』
少しの間の後。
返ってきた答えに、リノは軽く息を呑む。
『それ以上は、悪い。ちょっと話したくないかな』
「……分かった」
それ以上、何も聞けないまま。
リノは暖かい光が漏れる我が家へとたどり着き、扉を開けた。
▽▽
とある町の小さな冒険者ギルドにて。
フルプレートアーマーとフルフェイスヘルムで身を固めた冒険者が丸テーブルに腰を下ろし、燕尾服の紳士と向かい合う。
「あなたはいつまでも冒険者なんですねぇ、レクスさん」
「間違えるな、今の俺はアハトだ」
「おっと、失礼。そうでした。鎧と兜で姿を隠し、三十年経つたびに引退して所属ギルドと名前を変え、また新人冒険者として一からコツコツ。御苦労なことです」
レイドルクは安酒をコップに注いで呷り、アハトと名乗った男にも勧める。
「どうです? あなたも一杯」
「……さっさと本題に入れ。貴様が俺にわざわざ会いに来るなどと、ロクな用事ではないのだろう」
さすが鋭い、と肩を竦め、彼は告げた。
「あの女の封印が、解かれました」
「……本当か」
「ええ、今は王都に居ます。リノ・ブルームウィンドという少女に宿って、ね。どうです? 二百五十一年ぶりの再会を楽しんで来ては」
彼の話を最後まで待たず、全身鎧の男は席を立つ。
「おやおや、せっかちですねぇ。それだけ聞いて飛び出してしまうとは、よっぽど会いたいのでしょうか……。クックック……」
悠然と立ち去るその後ろ姿を眺めながら、レイドルクは噛み殺したように笑った。




