27 対抗戦 遥かな頂きを目指して
クランランキング最下位に追加された『ブルーム』の名前を前に、感慨深げなリノ。
遥か上、一位に君臨するクランの名は『フォートレス』。
オルゴが代表を務めるクランだ。
「とうとう結成だね……。いつかはオルゴさんのクランにも追いつきたいなぁ」
「さすがリノ、もう頂点を蹴落とす気満々」
「いや、そういうんじゃなくって……。ところでクランの順位って、どうやって上げてくの?」
「はぁい、そ・れ・わ、私から説明するわぁ♪」
「ありがとうございま——うわぁっ!?」
当然のように会話に加わってきた、ボディスーツ姿のマッチョなギルドマスター。
リノは何の気なしに返事をかえし、その姿を目にして思わず後ずさった。
「あ、マスター。何か用?」
「つれないわねぇ、アリエスちゃん。クラン立ち上げのお祝いに来たってのにぃ。……それと、バルトちゃんの続報よ」
バルト。
その名前が出ると、未だにリノの体は強張ってしまう。
「見つかったの? あのクズ」
「見つかった……っていうか。血の付いた服がね、この街の、どこだかの路地裏で見つかったんだって」
「服だけ? 変な話だね、リノ」
「そ、そうだね。なんで服だけなんだろ」
「で、結局捜索は打ち切り。そのうち公式に、辺境を巡る旅に出たって発表があるらしいわ。その後はまあ、折を見て病死したってことにするんでしょうね、きっと」
全ての真相を、リノは知っている。
果たして今、平静を保てているだろうか、自信は無かったが、アリエスもマスターも特に追及することはなく。
「さて、暗い話はこれでおしまい! いよいよクランのランク上げ、レクチャーしてあげるわぁ」
「わー、ぱちぱちぱち」
アリエスが無表情のまま拍手を送った。
「方法は二つあるわ。まずはもっとも簡単な方法。クランのメンバーがそれぞれ依頼をこなせばいいのよ。依頼の難度に応じてポイントが加算されるわ。だから、メンバーが多ければ多いほど有利ねぇ」
「そうなんだ。マスター、オルゴさんの『フォートレス』、何人いるんですか?」
「確か……、二十三人だったかしら」
「多っ!!」
彼の人柄に惹かれ、あるいは強さに惹かれて、腕利きの猛者たちが次々に集まり、この人数まで膨れ上がった。
オルゴ自らが入団の試験を行うため、甘い汁を吸おうとする輩は門前払いされる。
そうして『フォートレス』は規模、質共に最上級を保ち、不動の一位に君臨し続けていた。
「ランキングは一定期間でリセットされるから、誰にでもチャンスはあるけれど。ここ最近はオルゴちゃんのクランがずっとトップだわね。うふっ、素敵」
しなを作り、腰をくねらせながら、なぜか唇を尖らせるマスター。
オルゴのことを考えているのだろう。
「オルゴさんの天下はもう終わり。これからは『ブルーム』が頂点に輝く」
「アリエスちゃん、やる気満々だわねぇ。若いって良いわぁ」
「あ、あの……」
若干脱線してきた話を戻すため、ランが勇気を振り絞って切り出した。
「どうしたのぉ、鉄仮面ちゃん。お姉さんに聞きたいことがあるなら、遠慮なく言っちゃってね」
「え、えっと、もう一つの方法っていうのは……」
「あぁ、そうだわ、それ。それこそが本題よぉ」
懐からチラシを取り出したマスター。
ビシっと広げて三人に突きつける。
「クラン対抗戦! 今年もやってきたのよ、このシーズンが!」
「……クラン対抗戦。知ってる? アリエスちゃん」
「知らない。クランとか興味なかったから」
「私も、アリエスちゃんについてくだけで精一杯だったから、他のこと見てる余裕なくって」
「わたしは、あの、何にも知らない世間知らずでごめんなさい……」
「あらあら、全員知らなかったのね」
さすがのマスターも、思わず苦笑い。
気を取り直して説明を再開する。
「クラン対抗戦はその名の通り、クラン同士で行う対抗戦!」
「見事にそのまんま」
「参加は自由だけれど、毎年多くのクランが参加するわ。参加するだけならタダだしね、お祭りみたいなものよ」
「優勝したら何かいいことがあるのですか?」
「うふっ、よくぞ聞いてくれました」
ランの質問に対して、ウインクを飛ばす。
あまりにも強烈な絵面に、ランは鉄仮面の下で青ざめた。
「優勝したクランは、なんと! 一躍ランキングトップに躍り出るわ!!」
ランキングトップ。
非常に魅力的な話ではあるのだが。
リノはチラリとランキングボードを見たあと、念のために尋ねた。
「……ちなみに、最近の優勝者は?」
「この三年間、『フォートレス』が三連覇中ね」
「それ、勝ち目ないんじゃないですか……?」
案の定の回答。
今のリノに、オルゴと戦って勝てる自信はこれっぽっちも湧かなかった。
邪龍の猛攻を二十分近く食い止めたタフネス。
冒険の中で何度も見せた、大型モンスターを一撃で倒すパワー。
ユニークスキル【防壁】による、鉄壁の防御手段の数々。
相性の問題で邪龍は倒せなかったものの、その実力はリノはおろか、ライナすら上回っているのではないか。
「勝ち目はなくとも、良い勝負を展開出来ればチャンスはあるわ」
「チャンス?」
「この大会で実力を示した冒険者の中に階級が低い者がいた場合、特例として階級の引き上げが行なわれるのよ。何せ冒険者ギルドは実力主義。力さえ見せつければ、それでいいの。オルゴちゃんといい勝負すれば、Sランク飛び級も夢じゃないわ」
「おぉ! 一気にSランク……っ! やろう、アリエスちゃん!」
オルゴはSランクのトップランカー。
その彼に勝てないまでも互角の勝負を展開出来るのならば、つまりSランク相当の実力を持っているということ。
優勝以外の目標が出来たリノは目を輝かせ、隣にいた幼馴染の白い手をギュッと握り、意気を上げる。
「う、うん。がんばろ、リノ」
頬にほんのり赤みが差すアリエスだったが、リノは気付かず、
「うふふ、やる気を出してくれて嬉しいわぁ。対抗戦、楽しみにしてるわね」
マスターも満足げに笑うと、ギルドの奥へと消えていった。
「よーし、オルゴさんとこと当たるまで、絶対負けられないね……!」
「大丈夫。きっと負けない」
「です! わたしは応援するだけですけど、お二人ならきっと勝ち抜けます!」
「うん、アリエスちゃん、一緒に頑張ろうね!」
二人の少女の激励を受け、リノは気合十分。
「勝つつもりで、ぶつかってみよう!」
「……はぁ。身の程知らずもここまで来ると呆れますわね」
「へ?」
突然会話に割って入った、聞き慣れない声。
視線を向けると、金髪縦ロールの少女がこれ見よがしにため息をついていた。
「アリエス・エアリーズ。わたくしの師匠とライバル関係だったオルゴ様に勝つ気でいるなど、ちゃんちゃらおかしすぎてへそで茶が湧きますわ!」
「えっ? えっ? まずキミは誰……?」
「そこのあなた、わたくしを知らないとは。モグリを越えてド素人ですわね! 名の知れた冒険者である! このわたくしを!! 知らないなどとっ!!!」
「そ、そうなんだ。アリエスちゃん、知ってる?」
「全然知らない。誰そいつ」
「うぐっ……! おのれ、アリエス・エアリーズ、さてはわたくしに恥をかかせようという魂胆ですわね!」
アリエスの表情を読み取る限り、本当に彼女のことを知らないみたいなのだが。
プラスに受け取った少女は、人差し指をリノに突き付けて名乗りを上げた。
「よーく覚えておきなさい! わたくしはミカ・エンジェラート! 師匠からクラン『クルセイド』を受け継いだ、Aランク冒険者ですわ!」




