26 結成 ギルドに咲いた三本の花
「おめでとうございます! 本日よりリノさんは、Bランクに昇格です!」
受付嬢が百点満点の営業スマイルを浮かべながら、リノの合格を告げる。
彼女の背後、カウンターの奥では、職員たちがリノの持ち帰った大量の触手の計量に追われていた。
「さすがリノ。こんなに早くB級に昇格するなんて思わなかった」
「全部ライナのおかげみたいなものだから、あんまり胸は張れないけどね……」
「そんなことない。もっと胸を張って。思いっきり張って主張して」
なんだか鼻息が荒いアリエス。
その隣には鉄仮面を被ったランもいる。
大急ぎで王都に戻った結果、リノは予定日の一日前に帰還した。
そのまま自宅に戻り、二人の同居人に熱烈な歓待を受けたあと、三人でギルドに向かい現在に至る。
「でもさ、あんまり手柄を自己主張するのも、なんだかいやらしいし……」
「そうじゃなくて……。ライナならわかるよね」
『あぁ、わかるさ。小さくはないんだから、もっと主張するべきだ』
「……いや、何言ってるの?」
アリエスはリノの反応だけでライナの発言を察し、うんうんと頷く。
ライナの声が聞こえないにも関わらず。
「ライナとは意見が合う。一度、二人きりでゆっくりと話をしてみたい」
「私も同席することになるよ? 二人っきりにはなれないよ?」
▽▽
報酬の受け取りも終わり、ギルド備え付けのテーブルに落ち着いた三人。
新しいギルドカードに刻印されたBランクの文字を、リノは改めて眺めていた。
このランクまで登りつめれば、胸を張って一人前の冒険者を名乗れる。
一月ほど前まで冒険者ですらなかった自分が、こんなにもあっさりとBランクになれるなんて。
「なんだか信じらんないや……」
夢のような出来事に、誰へともなく呟いた。
「ところでアリエスちゃん。私が留守の間、どうだった? 変わったこととか無かったかな」
「……うん、何もなかったよ、何も」
心なしか、その表情が曇ったように、リノには感じられた。
「全然大丈夫。ね、ラン」
「はい! 美味しいものをたっくさん食べられて、幸せでした!」
しかし、非常に良い返事を返したランの様子に、気のせいだろうと判断。
そのランだが、なんだか肉付きが良くなっているような。
「そっか、それは何よりだけどさ、もしかしてこの量を、毎食……?」
嫌な予感がしたリノは、恐るおそる尋ねる。
テーブルの上に所せましと並ぶ、ピザ、グラタン、リゾット。
ギルドで提供される飲食物は通常の店と比べて安上がりだが、それでもこの量は銀貨一枚飛んでしまうだろう。
街のレストランで食べれば、その3倍はいってしまう。
「さすがにそれはない」
「だよねー。こんなに食べてたら破算しちゃ——」
「だってこれはリノのお祝いも含めての量。二人分だともうほんのちょっとだけ少ない」
「あぁ、あぁぁぁっ……」
嫌な予感が的中してしまった。
リノは頭を抱えて崩れ落ちる。
「帰ったら財政状況の確認……、しばらく食費を切り詰めないと……」
先ほど貰った触手の買い取り額が銀貨七枚。
これならいくらかは足しになるか。
頭の中で勘定していると、ランが申し訳なさそうに切り出した。
「あ、あの……、リノさん。違うんです、アリエスさんは悪くないんです。わたしが好きなだけ食べちゃったからで、悪いのは全部わたしで……」
「ランちゃん……。ううん、キミは何も悪くないよ。ほら、もっと遠慮なくどんどん食べちゃって!」
ランの体に女の子らしい丸みが出てきたことは、喜ばしいことだ。
沈んだ声でうなだれる彼女の前に、料理の載った皿をどんどん並べる。
「ね? これ食べて元気出して。幸せそうに食べるランちゃん、私大好きなんだ」
「えへへ、大好き……ですか。じゃあ遠慮なく、いただきますね」
彼女の笑顔と健康のためなら、少々の出費くらいどうってことはない。
我が家にはAランクの冒険者とBランクの冒険者がいるのだから、この程度の出費はすぐに取り返せる。
「でもアリエスちゃんはちょっと反省してね」
「はい。反省した」
大量の料理を全て平らげ、ランは満腹状態。
このまま健康的な体型になって欲しいと、リノは願う。
同時に、太り過ぎないで欲しい、とも。
「美味しかったですぅ……。幸せぇ……」
「それは何より。奮発した甲斐があった。ねぇ、リノ」
「そうだね、ホントに反省してる?」
「さて、昼食を終えた今、やるべきことは一つ」
ついにこの時が来た。
満を持して、アリエスは高らかに宣言する。
「リノのクランを、立ち上げる!!」
立ち上がり、拳を突き上げ、聞いたこともないような大声で、しかも有名人のアリエスが高らかに宣言する。
リノたちの座席は、一躍ギルド中の注目の的となった。
「あれってアリエスじゃん。クランを立ち上げるって、マジかよ」
「お前知らないのか? あの赤茶髪の子、かなりのやり手らしいぜ。ついさっき、Bランクに上がってたしよ」
「えっ何あの鉄仮面」
「あ、あわわわ……。アリエスちゃん、また私たち目立ってる! 早く座って!」
「リノはもっとどんどん目立つべき。さあ、手続きへれっつごー」
注目の的となったまま、三人はカウンターへ。
以前申請を跳ねのけた経験を持つ受付嬢は、さすがに今回は驚かず、淡々と事務手続きを行う。
登録用の書類にリノが名前を書き、その下にアリエスも自分の名前を記した。
「……婚姻届」
「ん? ゴメン、聞こえなかった。今何て言ったの?」
「なんでもない。ただの独り言」
無表情の中に若干の照れを感じ取り、リノは首を傾げる。
「さ、次はラン。字、書けるよね」
「わ、わたしも入っちゃっていいんですか?」
「当たり前。ランをのけ者にしようなんて思ってない。遠慮なく入っちゃって」
「……はいっ!」
羽ペンを受け取り、しっかりと名前を書き記す。
こうしてリノをリーダーとする、三人のクランが結成されたのだが。
「クランの名前……かぁ」
ここで最後の関門にブチ当たった。
「困ったなぁ。私、ネーミングセンス無いんだよねぇ……」
「知ってる。十五年来の付き合いだもん。リノに任せたら、うさぎさんグループとか付けるに決まってる」
「酷い! 当たってるけど!」
「そこで私は考えてきた。私たちのクランにぴったりの名前。今ここで発表しよう」
親友の欠点までをも熟知している幼馴染。
リノのネーミングセンスの無さを考慮に入れ、アリエスは前もって名前を考えてきていた。
「私たちのクランの名前、それは『ブルーム』!」
「ブルーム……? いやいや、それ私の苗字の一部じゃん。そんなの恥ずかしいよ……」
「それだけじゃない。私の魔法の箒、名前はスターブルーム」
「……おぉ、そういえば」
「そして、ブルームには花が咲くって意味もある。ランは東洋の言葉で、オーキッドの花を指すらしい」
「わ、わたしの名前まで、入れてくれたんですか?」
まさか自分由来の意味も込められていたとは夢にも思わず、ランは鉄仮面の口元に手を当てた。
「そ。私たち三人分の意味が込められてる、結構な自信作。さあどうでしょう」
「さっすがアリエスちゃん! 私じゃ絶対そんな名前出て来なかったよ」
「むふー、もっと褒めていい。頭も撫でて構わない」
こうしてクランの名前も決定。
書類を提出してしばらくすると、ギルドに貼り出されたクランのランキングボード、その一番下に、『ブルーム』の名札が追加された。