25 三角関係 気付いてしまった彼女の想い
三日前、リノは王都を発った。
目的は冒険者ランクBへの昇級試験。
標的のモンスターは近場には生息していないため、彼女は一週間近く家を空けることとなった。
アリエスとランは二人だけで、さぞ気まずい日々を過ごしているかと思いきや。
「ラン、ご飯食べに行こう」
「今日も作らないんですか?」
「作らないんじゃない、作れないの。そこを間違えたらダメ。いいね」
「あっ、はい……」
二人の間に、特に気まずい空気は流れていなかった。
リノの同席の下、毎日髪を梳いて貰っているうち、ランは次第にアリエスに対しても心を開いていった。
さすがに鉄仮面はまだ外せないが、この調子ならいずれは。
そんな希望すら、ランは抱いている。
「何食べたい? ランの好きなものでいいよ。いっぱい食べてお肉付けなきゃだもんね」
「好きなもの、ですか……。わたし、食べ物ならなんでも好きですよ!」
「中でも特に好きなものは?」
「特に……。あっ、リノさんの作ったもの!」
「それはどこの店でも出てこない、残念」
会話に花を咲かせる二人は、さながら姉妹のようだった。
▽▽
王都から徒歩で三日の距離に位置する、魔物が潜む霧深い森。
茂みをかき分けながら、紅い首飾りを下げた少女が進む。
「はぁ〜……」
『どうした美少女、ため息なんかついて。幸せとハーレムが逃げてくぞ〜』
「逃げて行かないよ、っていうかハーレムなんて作った覚え無いってば」
標的となるB級モンスター、デビルプラントを探して、歩くこと数時間。
本来なら暇で仕方ない時間でも、ライナがいれば話相手には困らない。
ただ、変なことばかり口走るため、少々疲れるのが難点ではある。
『じゃあどうしたー? 悩みがあるんならお姉さん何でも聞いてあげるよー』
「悩みっていうか……。アリエスちゃんとランちゃん、二人だけで大丈夫かなーって」
『……もしものことがあるかも——そういう意味?』
不意にライナの声色が変わる。
彼女はまだ、心の底からランを信用してはいない。
もしもランが人を食らえば、容赦なく殺しにかかるだろう。
だが今回は、そういうことではなく。
「いや、違うの。アリエスちゃんの生活力、壊滅的だから。きちんと暮らせてるかな、ランちゃんにちゃんとご飯食べさせてるかなーって……」
『あー……。さすがに大丈夫さ、多分』
▽▽
「はふぅ、満腹ですぅ……」
「それは良かった」
二人が座るレストランのテーブルに、所狭しと敷き詰められた皿、皿、皿。
盛られていた料理は、その殆どがランの胃袋に消え去った。
「それじゃあお会計して、帰ろう」
かかった金額は銀貨三枚。
それなりの依頼をこなして貰える報酬と同等だが、アリエスは気にしない。
ランにお腹いっぱい食べさせられて良かった、そんな満足感でいっぱいだった。
王都の往来の中、はぐれないよう並んで歩きながら、二人は家路につく。
鉄仮面を着けたまま、上機嫌で進むランを、アリエスはチラリと見やる。
「鉄仮面。やっぱりまだ、私の前では外せない?」
「え? ……そうですね、リノさんがいないとやっぱり怖いです」
「リノの前だと平気なの、どうして?」
「それは……、その……」
ランの鉄仮面にまつわるエピソードも、鉄仮面を着けると心が安らぎ、龍人の力を抑え込めることも、アリエスは聞かされていた。
しかし、リノが側にいても同じことが起きる、そのメカニズムが分からない。
だからこうして聞いてみた。
聞いてみたのだが、ランはもじもじするばかりで答えようとしない。
「えっと……、だからですね……」
この反応。
おそらく鉄仮面の下は、羞恥の色に染まっている。
「ま、まさか、ラン……。リノのことを……?」
思い当たってしまった、最悪の可能性。
(確かにリノはとっても魅力的。可愛くて健気で頑張りやで料理上手で可愛くて時々カッコ良くていい匂いがして可愛くておっぱいもそれなりにあって。でもまさか、ランが、リノを好きになるなんて、まさか……)
どうか、どうか杞憂であって欲しい。
そんなアリエスの願いは——。
「じ、実は、そう……みたいで……」
粉々に、砕け散った。
「そ……んな……っ、ランが、私の、ライ、バ……」
その時の表情は、ランにも読み取れた。
驚愕、あるいは絶望。
魔女帽を被った少女は愕然とし、よろめきながら後ずさる。
「それじゃあ、どちらかが身を引かなくちゃいけない……? でも、ランがふられたらまた一人ぼっちに……。だけど私も、絶対に諦めたくない……」
「あの、アリエスさん? 大丈夫ですか? わたし、何か変なことを……?」
どちらかが幸せになれば、どちらかが泣くことになってしまう。
同じ相手を好きになった以上は当然のことなのだが、蹴落とすにはランの境遇は過酷過ぎた。
そして、蹴落とすにはアリエスは優しすぎた。
「どうすれば、どうすればいいの……。私はどうすれば……」
ランと一緒に暮らす中で、妹が出来たような思いにさせてくれた。
彼女を泣かせずに、自分も気持ちを諦めない、そんな方法が果たしてあるのだろうか。
いくら頭を捻っても、今の彼女には何も思い浮かばなかった。
▽▽
デビルプラントの本体を守る無数の触手が蠢き、その先端をくねらせる。
丸みを帯びた巨大な花弁の口に似た部分からは、強酸性の消化液が涎のように垂れ落ちる。
触手を用いて獲物を絡め取り、溶かして養分にするために。
目の前に現れた少女を喰らうべく、妖花は大量の触手を伸ばして襲いかかった。
「ライナ、今回もやっぱり手伝ってくれなかったりする?」
『グッドラック!』
「この薄情者……」
愚痴を吐きながらも、触手の隙間を【回避】で掻い潜りつつ距離を詰めていく。
避け切れない触手は剣の一薙ぎで断ち切られ、殺到する触手は少女の体に触れることすら叶わない。
『本当に危なくなったら手ぇ貸してあげるけどさ。全然余裕じゃん』
「まあね。この力も全部ライナのおかげなんだけど」
『そんなことないだろー? 自動回避だなんて、いいスキル持ってんじゃん』
「それもライナの首飾りの力があってこそ活かせてるんだし」
至近距離まで詰め寄ったリノに対し、妖花の花弁から消化液が吐き出され、散弾のように飛来する。
一粒でも体に当たれば致命傷。
しかしこれも、少女の体には一滴も届かず、地面に落ちて虚しく草を溶かすのみ。
触手も消化液も通じず、もはや魔物に抗う術はない。
懐に飛び込んだリノは、デビルプラントの太い茎を目がけて一閃。
スパァァァッ!!
幹を断ち切られた妖花は倒れ、花弁から消化液を撒き散らした。
素早く飛び離れ、様子を見る。
うねうねと蠢いていた触手も動きを止め、ただのツタとなって力なく転がった。
完全に活動を停止したことを確認すると、リノは喜びを爆発させる。
「……やったっ! これで私、Bランクだよ!」
『ほら、あたしが手伝うまでもなかったじゃんか。それじゃあリノ、お祝いにお姉さんの首飾り、胸の谷間に入れて挟んでくれない?』
「だから誰のお祝いなんだっての」
討伐の証拠は、長さ五メートル以上の触手一本。
一本あれば十分なのだが、リノは手当たり次第に千切っては収納する強欲っぷりを発揮する。
「これで良し。さ、早く帰ろう! 突っ走って帰ろう!」
『こんなに持って帰って、また悪い意味でドン引きされるよね、絶対』
残して来た二人、特にアリエスがとんでもないことをしでかしてないか、心配で仕方ないリノ。
ライナに呆れられつつ、彼女は急いでその場を立ち去った。