23 ランの素顔とボサボサ髪
「どういうことか説明して」
ランを連れて我が家に戻った途端、リノはアリエスに詰め寄られた。
彼女の表情から読み取れた感情は心配と、ほんの少しの怒り。
「えっと、説明って?」
「とぼけないで。ドラゴンと戦ってたの、ちゃんと見てたから」
「み、見てた……? アリエスちゃん、あのあと帰ったんじゃないの……?」
彼女は庭園に盛大な放火を働いた後、夜闇に紛れてどこかに飛んでいった。
その後の戦いなど、見ていなかったはずなのだが。
「ちょっとやり過ぎたかなって心配になって、透明化の魔法を使って様子を見に行った」
「うん、あれはやり過ぎ。隣の屋敷とかに燃え移ったらどうするの。反省しなさい」
「反省する。反省するからリノも反省して。そして説明して。一体どうしたらランを助けに行って、街中でドラゴンと戦うハメになるのかを事細かに説明して」
「うぅ、それは……。いいかな、ライナ」
『ランもリノも知ってることを、アリエスだけ知らないってのは可哀想だからねぇ。のけ者を作らない、これもハーレムの鉄則だよ! ……ただし、絶対に他言無用でね』
確かにライナの言う通り、アリエス一人だけが知らないのも可哀想だ。
異様に力のこもった念押しが引っ掛かりつつも、リノはアリエスに説明した。
奴隷商ラーガの正体と、ランの秘密を、ラン自身に了承を取りながら。
「……えぇっと、凄い話だなって思った」
「子どもみたいな感想! ……もしかして、信じてないとか?」
「なんていうか、突拍子もない話だし。でも信じる。リノにそんな作り話が出来るわけないし」
「あ、ありがと……。あんまり嬉しくないけど」
釈然としないが、ひとまずは信じて貰えたらしい。
「それで、リノはこれからも龍人を……殺すの?」
アリエスの気がかりはそこだった。
料理上手で心優しい女の子、リノ。
龍人狩りを続けることで、彼女が変わっていってしまうのではないか。
心の中の大事なものが、擦り減っていってしまわないだろうか。
「もし続けるなら、私にも手伝わせて」
一緒にいて、少しでも彼女の負担を減らしたい。
そんな思いから、口をついて出た言葉。
「……ゴメン。こっちにアリエスちゃんを巻き込むわけにはいかないよ。これは私と、ライナだけの問題」
しかし、幼馴染を大切に思う気持ちはリノも同じ。
あんな血生臭い闇の中にアリエスを引きずり込むなんて、絶対に嫌だ。
「その代わりさ、冒険者稼業の方ではいっぱい手伝ってもらうから!」
「……分かった。リノがそうしたいなら、従う。そっちには関わらない」
「うん、ありがと」
無表情のまま、リノにも読み取れない本当の無表情のままで、アリエスは答える。
彼女は本当に納得してくれたのか。
不安は残るが、リノはひとまず言葉通りに受け取った。
「ところでリノ、私はもう一つ気になっている。そんなに可愛いの? ランの素顔って」
「可愛いけど……。もしかして見たいの?」
「見たい。凄く見たい」
今度は簡単に読み取れた。
アリエスは興味津々の表情、らんらんと目を輝かせている。
「アリエスちゃん、喰いつきが凄い……。ランちゃん、ここで鉄仮面取っちゃっても大丈夫?」
龍人の部分が表れて、ランもアリエスも傷つく結果になってしまわないか。
ランを信頼してはいるものの、やはりそれが心配だった。
「平気ですよ、リノさんの側ですし。わたしの素顔、アリエスさんにも見せてあげますね」
鉄仮面を外し、明かりの下に素顔を晒す。
露わになった、金髪碧眼の美少女の素顔。
長い髪はボサボサになってしまっているが、光るものを感じる。
しっかりと手入れをすれば、サラサラロングストレートも夢ではないだろう。
「どうですか! わたしの顔!」
胸を張って主張するラン。
その顔のどこにも、龍人の要素は見当たらない。
アリエスは瞳をキラキラと輝かせるが、ランには無表情に見えた。
「顔……。うん、可愛い顔、してるんだね」
「あ、あれ……?」
思ったよりも反応が薄く、ランは拍子抜け。
「ふふっ。アリエスちゃんのあんな顔、久しぶりに見たかも」
「……えっ。えっ」
無表情のアリエスと、そんな幼馴染を微笑ましく見つめるリノ。
二人に挟まれたランは、何度も二人の顔を見比べた。
「でも、その髪はダメ。しっかりと手入れするべき。まずはラン、一緒にお風呂行こう。しっかり髪洗ってあげる」
「お風呂行くなら私も。ランちゃんが鉄仮面外してる時は、私がいないとダメだから」
『よーし、お姉さんも一緒に——』
「はい、邪念たっぷりの悪霊は脱衣所で待っててね」
『酷くない?』
▽▽
「かゆいところは無い?」
「全体的にかゆいです、っていうかくすぐったいですぅ……」
「それは大変。しっかりわしゃわしゃしないと」
「ですからくすぐったいですって〜」
頭を振って逃げようとするランと、彼女の髪をしっかりと泡立てつつ洗うアリエス。
リノは二人のじゃれ合いを、浴槽の中から微笑ましく眺める。
初めて目にするランの体は、痩せこけたあちこちが骨ばって非常に痛々しかった。
女の子らしい丸みは見当たらず、あばらが浮き出ている。
人肉のみを無理やり食べさせられる日々を送っていたのだ、無理もないだろう。
(ラーガってヤツ、殺した後でもまだ許せない。もっといたぶって苦しめてから殺せば——って、何考えてるんだ、私)
胸の中に生まれた、黒い感情。
そんな考えが浮かんでしまったことに自分でも驚き、ぶるぶると首を横に振る。
「じゃあ泡流すから。目、つむって」
「は、はいっ」
ぎゅっと目をつむって身を固くするランの頭上から、手桶一杯のお湯を容赦なくぶっかける。
泡を綺麗に流し終えると、乾いたタオルで手際良く髪を巻き上げた。
「これで良し。せっかく綺麗にした髪、湯船に浸けたら勿体ない」
「ぷへぇっ。ありがとうございます、アリエスさん。なんだか自分で洗うよりも、すっきりしました」
「いつもどうやって洗ってるの?」
「適当に泡で撫でつけて、流したらすぐ鉄仮面を被ってます」
「うん、ひどいね」
上機嫌で湯船に入ってくるランと入れ替わりに、リノが浴槽から出た。
出るタイミングが遅く、少しだけお湯が溢れ出てしまい、勿体なく思う。
「鉄仮面付けてないと、怖いんですよ。もしも自分を見失ってしまったらって思うと……」
「そっか……。じゃあこれからは、私が一緒に入ってあげないとだね」
今度はリノが自分の髪を洗うため、鏡の前に陣取った。
しかし、幼馴染が後ろから動かない。
ランの髪を洗っていた位置から、動こうとしない。
「……あの、アリエスちゃん?」
「リノの髪も洗ってあげる。疲れてるだろうから。ついでに体も洗ってあげる」
「髪はともかく、体は……。あの、目つきが怖い、ちょっと、待ってってばぁ!」
両手の指をわきわきとさせながら迫り来るアリエス、逃げるリノ、そんな二人を見てクスクスと笑うラン。
三人の少女が織り成す楽園のような空間を扉一枚隔て、ライナは指を咥えていた。