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21 蛇龍と龍殺し




 使用人たちによる懸命の消火活動によって、庭園の火の手は収まった。

 屋敷への延焼を防ぎ、緊張感から解放された彼らだったが、そのうちの一人がふと屋敷の方へ目をやる。


「お、おい、あれ……」


 途端に彼は、恐怖に凍りついた表情で、それを指し示した。

 その様子に、他の使用人たちもようやく異変に気付く。


「「う、うああぁぁぁぁぁあぁぁっ!!」」


 夜の王都に突如として現れた、蛇のようなドラゴン。

 異常な光景、いてはならない怪物の姿を前にして、彼らは口々に叫び、我先に屋敷の外へと飛び出した。




「ドラゴンになっちゃった……。これって前に言ってた、力の暴走……?」


『いや、違うね。龍人の中でも特に多くの人を喰らって力を付けたヤツは、自分の意思でドラゴンに変化出来るんだ。アイツ、何年生きてるか知らないけど、これまでざっと千人以上喰ってるな……』


「力の暴走ですって? この私が。面白いことを言いますねぇ」


 蛇龍は鎌首をもたげ、舌をチロチロと出しながら不敵に笑う。


「ランちゃんは離れてて。巻き込まれないよう、出来るだけ遠くに」


「は、はいっ。リノさんも、どうかご無事で……」


「もちろん。一緒に帰るんだもんね」


 ニコリと微笑むリノに笑い返し、ランは鉄仮面を被って距離をとる。

 彼女が安全な範囲まで逃れたことを確認したリノは、胸の首飾りを左手で握った。


「いくよ、ライナ」


『おうさ! 伝説の龍殺しの力、特等席で拝ませてやるよっ!』


 ここからは相棒の出番。

 ライナにバトンタッチしたリノの意識は首飾りの中へ、そして。


「さぁて、ブチ殺される覚悟は出来てんだろうねぇ」


 リノの体に入ったライナが、両の口角を上げて獰猛な笑みを浮かべる。


「出ましたか、龍殺し。私が無策で逃げ出さなかったとお思いなら、とんだお門違いだ」


「その自信——いやさ過信。どこまで保つか試してみるかい?」


 曲刀を片手に、走り込む。

 蛇龍はその巨体を仰け反らせて距離を取りつつ、魔力を展開した。


「どんな手を使おうが、【龍殺し】の前にはっ!」


 パッシブスキル【龍殺し】。

 鋼よりもミスリルよりも硬いとされる龍の甲殻、その防御力を無視し、まるでバターのように容易く斬り裂く。

 このスキルを持っているからこそ、ライナは龍殺しとして名を馳せ、恐れられ、そして封印された。


「そのスキルの恐ろしさ、当然熟知していますとも」


 ラーガの首元まで飛び上がり、振り抜かれる曲刀。

 彼の甲殻も、堅牢さを発揮することなく引き裂かれる、かに思われた。


 ガギィィィィィィッ!!


「これは……。なるほど、まんざら根拠のない自信でもなかった、って訳か」


 蛇龍の全身を包む甲殻。

 その更に上から、分厚い岩の鎧が刃を弾き、ラーガの身を守った。


「土魔法の鎧、これなら【龍殺し】も意味がない」


 スキルの効果は本体への防御力無視であり、物理的な力の増大ではない。

 敵の体を覆う鎧は、魔法で作られたもの。

 ライナの力でも、分厚い岩は砕けない。


 剣撃を跳ね返され、空中で体勢を崩す。

 生じた隙を逃さず、ラーガはライナの左右に土魔法の槍を二本生み出した。


「グレイブランス!!」


 撃ち出される二つの岩槍。

 鋭く尖った先端部に貫かれれば、即死は免れない。


「こいつは——」


『ライナ、代わって!』


 声が脳内に響いた瞬間、二人は意識を入れ替える。

 と、同時に回避が発動。

 リノの体は自動的に眼前の岩蛇を蹴り、背後へと跳んだ。


『ナイス回避!』


「これしか取り柄、ないけどね!」


 数瞬前まで彼女の体があった位置で、岩槍が激突し砕け散る。

 飛び離れるリノに対し、蛇龍はその大口を開け、喉奥に魔方陣を展開。


「ロックブラスト!」


 岩の弾丸が、無数に射出される。

 迫り来る大量の岩を前に、リノの表情は揺るがない。

 回避により空中での姿勢制御で、嵐のような弾幕は彼女にかすり傷すら与えられず。

 全てをかわしきって、少女は軽やかに着地した。


「私に出来るのはここまで、後は任せた!」


『おうよ! 頼りになるね、相棒!』


 意識をチェンジしたライナ。

 岩の鎧で全身を固めた龍を前に、彼女は切っ先を向けて対峙する。


『でもさ、どうすんの。ライナの力でも、あの装甲は抜けないんでしょ?』


「人を怪力トロールみたいに……。お姉さんこれでもか弱い乙女なんだからね」


『か弱いの意味が崩壊しそう』


「どういう意味かなー。……ま、勝算はバリバリさ。この程度の相手なら、これまでもひと山いくらで始末してきた」


 魔力を発動し、曲刀に纏うは風の刃。

 魔法剣・ゲイルエッジ。


『……それでどうやって?』


「まあ見てな。一分で料理してやるからさ」


 自らの体にも風を纏わせて、機動力・跳躍力を飛躍的に上昇させる。

 またも放たれるロックブラストを難なく掻い潜り、再び敵に斬り込んだ。


「せりゃっ!」


 岩の装甲に、斬りつける。

 しかし傷一つ付けられない。

 構わず連続で剣を振るい、斬撃を絶え間なく浴びせていく。


「無駄なことを……。噂の龍殺しも、大したことはありませんねぇ」


 蛇龍はその長い胴体の先端、尻尾にあたる部分を振るい、鞭のようにして叩きつける。

 ヒュバッ、と空気を裂く鋭い音。

 咄嗟に飛び上がったライナは、風を推進力にして軌道を変え、敵の鼻先に飛び乗った。


「さすがに目玉までは固められないだろ!」


「さあ、それはどうでしょう」


 眼球を潰すため、切っ先を突き立てようとするライナ。

 その時。


「リノ!」


『へ?』


 突然、リノは強制的に入れ変わらされた。

 次の瞬間、ラーガの両の眼球脇、毒腺から放たれる毒液。

 攻撃とみなして回避が発動し、リノは素早く体を沈める。


『おっし御苦労さん。もう出番ないから安心してね』


「おい、説明しろ!」


 怒鳴った甲斐なくリノは首飾りへ。

 蛇龍系統に共通する奥の手が、目の脇に存在する毒腺。

 水鉄砲のように発射される猛毒は、皮膚に触れると、その部分が腐り落ちるほどの猛毒。

 しかし、一度撃たせてしまえば再装填には時間がかかる。


「かわした、ですと……!?」


「今のは眼球狙いじゃない、こいつを撃たせたかったんだ。これから放つ攻撃に、カウンターで合わせられちゃ厄介だからね」


 それに、眼球を狙おうにも、攻撃の瞬間だけ岩で覆われるのがオチだ。

 この鎧を貫くには、それ以上の力と質量で叩き潰すしかない。


 風を纏って十メートルの高さまで飛び上がったライナ。

 彼女は両手で柄を握り、土の魔力を発動した。


「魔法剣・グランドエッジ!」


 刀身が土の魔力を纏い、岩石が刃に吸い寄せられていく。

 掲げた細身の曲刀は、瞬く間に長さ五メートル超の岩の大剣と変わった。


「その程度の装甲、こいつで十分!」


「う、うあああァァァァァァァァっ!!」


 重量に任せ、落下するライナ。

 蛇龍は必死に逃げようとするが、長い体が災いし、間に合わない。

 眼下を通過する胴体を、渾身の一撃が岩ごと砕き、叩き潰した。




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