表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/93

02 少女は取り憑かれた




「連れ戻すって……。リノ、正気?」


 箒に乗ってひらりひらりと宙を舞い、火炎を掻い潜りながら聞き返すアリエス。


「本気も本気だよ! このままじゃみんなやられちゃう! あの人がいても勝てるかわかんないけど、確率は上がるでしょ!? それに私なら敵の攻撃は当たらないから、階段まで行ける!」


 パッシブスキル【回避】があれば、ここから階段まで攻撃を掻い潜って辿りつけるはず。

 まだ近くにいるだろうバルトを説得して、ここまで連れ戻す。


「……どうする、ポート」


「現状、それしか方法は無いみたいですし。リノさん、頼みました!」


「あのクズ男が希望ってのが癪だけど、私もリノのサポートするから」


「みんな……、うん! じゃあ行ってくる!」


 戦いの場で、皆の役に立てる。

 大きな責任と同時に、不謹慎な喜びも感じた。


 姿勢を低く取り、昇り階段までの数百メートル、命がけの中距離走が開始された。

 岩陰を飛び出したリノは、全速力で階段へと走る。

 戦場からの逃走を図る赤茶色の髪の少女を、邪龍の瞳は見逃さない。

 すぐさま大口を開き、火炎弾を吐き出した。


「来たっ」


 攻撃を認識した瞬間、そのスキルは自動的に発動する。

 リノは身軽に側転を三度打ち、火炎弾を軽々と回避してみせた。


 パッシブスキル【回避】。

 攻撃されたと認識した瞬間、身体能力の許す限りで自動的に、攻撃を避ける。

 続けて吐き出された火炎弾を岩を盾にして防ぎ、階段までの距離はあと半分。


「いける、これなら……っ」


 あと少し。

 あと少しで階段まで。

 気が緩みかけたその時、リノの背筋を悪寒が走る。


 【回避】が警鐘を鳴らす。

 身体能力をフル活用してもかわせない攻撃が、来ている。

 振り向くと、視界一面を埋め尽くす火炎の奔流。

 どう動いても避けられず、岩に隠れても熱波で焼け焦げる。


「……っ!」


 ギュッと目を瞑ったリノ。

 彼女の背後で、大爆発が巻き起こった。


「エクスプロージョン! リノ、行って!」


 爆炎は火炎を散らし、リノを直撃から守る。

 さらに爆風が追い風となり、彼女の走りを加速させた。

 飛散する岩の破片を回避で掻い潜りながら、リノは走り、そして。


 ついに、階段へと辿り着いた。


「アリエスちゃん、ありがとう! みんな、絶対バルトさん連れ戻して戻ってくるから、それまで無事でいて!」


 階段を駆け上り、上階へと走り出る。

 ここから結界を張った野営地点までは一本道。

 魔物に出くわさないことを祈りながら、リノは走り続け、やがて視界の果てに。


「あぁ、畜生! 俺ぁこっからどう帰りゃいいんだぁ? 飢え死になんてごめんだぜ、ったくよぉ」


 座り込んで愚痴を吐き出す、金髪の男を発見した。


「バルトさん、良かった! まだ近くにいた!」


「あぁん? 荷物持ちじゃねぇか。なんだぁ、お前も逃げてきたのか、そうなんだろ!」


「違いますよ、全然違いますから。あなたを連れ戻しに来たんです」


 まるで同類を見つけたかのような薄ら笑い。

 こんな男と一緒だと思われたくないので、全力で否定する。


「連れ戻すだぁ? なぁにわけわかんねぇこと言ってんだ。それよりお前、予備の剣と食料、俺に全部寄こせ」


「嫌です、それより早く戻って下さい! みんなあなたが戻ってくるって信じて、今も戦ってるんですから!」


「知るかよ、んなこと。あんなやつらがどうなろうが、知ったこっちゃねぇっての。それよりオラ、さっさと食いもん寄こさねえか!」


「どうなってもいいって……、みんなあなたのために集められたメンバーなんですよ!? それなのに……!」


 リノは生まれて初めて、心の底から他人を軽蔑した。

 自分に戦う力があれば、前衛のアタッカーを務められる力さえあれば、こんな男に頼らなくてもいいのに。


「あぁ、うるせえうるせえ! 渡さねぇってんなら力ずくでっ——」


 握り拳を握ったバルトが、リノを殴りつけようと拳を振るう。

 しかし、【回避】が発動。

 ヒラリと身体を傾け、拳を避ける。


「こっのヤロォ……!」


 額に青筋を立て、バルトは何度も拳を振るった。

 何度も、何度も、何度も。

 何度も空振りに終わり、その間、リノは彼に冷たい視線を向け続けた。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


「もう気は済みましたか? そろそろ戻ってくれると助かるんですけど」


「こんのガキャぁ、調子に乗んじゃねぇっ!」


 怒りに任せた回し蹴り。

 当たるはずもなく、バックステップで回避する。

 ところが、着地した瞬間。

 リノの足下が沈み、ガコン、と音がした。


 【回避】はあくまで、意識の中での攻撃を避けるためのスキル。

 意識外の攻撃や——罠には効果がない。


「うひゃっ!」


 足下が崩れ、ふわりと身体が宙に浮く。

 この時点で回避が発動、自動的に右腕が床のふちを掴み、ギリギリのタイミングでぶら下がった。

 下を見れば、底の見えない暗闇。

 落ちて無事ですむのか、それとも即死するほどの高さなのか、そもそも下に床と呼べるものはあるのか。


「たっ、助けてっ!」


 リノに片腕で体重を支え、よじ登るほどの腕力はない。

 思わず助けを求めるが、この場にいるのは。


「へぇ、中々いい眺めじゃねぇか」


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた人でなし、ただ一人だけ。

 彼はリノの右手に足を乗せ、ぐりぐりと踏みにじる。


「あ、ぐぅぅぅっ! このっ、あんたって人は、どこまで……!」


「なんとでもほざいてな! 助けて欲しけりゃ食糧と武器だ、とっとと出しやがれ!」


 もはや、リノに選択肢は残されていなかった。

 【収納】を発動し、まずは予備の剣を取り出して投げ渡す。

 続いて食糧も取り出し、これも手渡した。


「へっへ、物分かりがいいじゃねぇか」


「渡しましたよ、早く引き上げてください……! そろそろ、腕が限界……っ」


「あぁん? 誰が助けるっつった」


「な、にを……、言って……」


 残酷な笑顔を浮かべた金髪の男は、


「お前はもう用済みだ、じゃあな」


 リノの腕を蹴り払い、


「あ——」


 彼女を、奈落に叩き落とした。

 絶望的な浮遊感の中、ニヤニヤとこちらを見下ろすバルトの顔。

 そのままリノは奈落の底へと落ち——。



 ぽふっ。



 柔らかな盛り土の上に尻もち落下した。


「いったた……。た、助かったぁ……。ってここ、どこだろ」


 お尻をさすりながら起き上がると、周囲を見回す。

 上からでは分からなかったが、この場所は狭く短い通路になっていた。

 奥の方にはヒカリゴケが群生していて、なんとか歩き回れる程度には明るい。


 隠されていた地下空間には剣や鎧も転がっているが、何より目を引くのは最奥に置かれた台座の上、紅い宝石がはめ込まれた首飾り。

 壁は四方が石造り、非常に残念ながら出口は見当たらない。


「まいったなぁ、登るしかないかぁ……」


 見上げると、十五メートルほど上に明かりが差しこんでいる。

 あそこまで登るのは、かなり骨が折れそうだ。


「でも、登ったとして、それからどうしたら……」


 バルトを連れ戻せませんでした、と命を賭けて戦っている仲間に伝えに行くのか。

 そんな残酷なことを、わざわざ告げに行くのか。


「あたしに、あたしに力さえあれば……!」


 十歳を迎えた者が神から授かる、ユニークスキルとパッシブスキル。

 どちらかだけでも戦闘向きならば、みんなの力になれたのに。


『……力が欲しいの?』


「うん、欲しい……。——へ?」


 普通に返事を返してしまったが、今の声はどこから聞こえた?

 辺りを見回しても、自分以外誰もいない。


「な、何、今の声? 幻聴? ま、まさか、幽霊……!?」


『幻聴じゃないよー。こっち、こっち』


 声の出所は、どうやら首飾り。

 リノは恐るおそる台座へと近づき、紅い輝きをそっと覗きこむ。


「……えっと。もしかして、マジックアイテムさん、だったりするのかな?」


『ま、そんなもんだねー。アンタの脳、あたしと同調するみたいだね。こうして声が聞こえるのが、何よりの証拠』


「意思を持つマジックアイテム、話には聞いてたけどホントにあるんだ。でも、同調って……?」


『簡単に言やぁ、相性抜群ってことだね。どうかな、キミ、あたしを貰ってくれない? 見たところかなり可愛いし、好みのタイプだしさ』


 マジックアイテムに、ナンパされてしまった。

 かつてないほど貴重な体験である。


「好みのタイプ……。って、そんな話をしてる場合じゃない、急がないとみんながドラゴンにやられちゃう! あなたを身に付ければ、本当に力が手に入るんですか!?」


『その通り、誰にも負けない力が手に入る。さあ、今すぐあたしを装備するんだ!』


「胡散臭すぎる……っ! けど他に手も無いし……。ええい、もう!」


 元来リノは、思いきりの良い性格だ。

 戦闘能力皆無にも関わらず、冒険者になった幼馴染について故郷を出るほどに、思いきりが良い。

 今回も彼女は思いきりの良さを発揮して、怪しい首飾りを装備した。


「あ……ぐっ……!」


 それを身に付けた途端、頭の中に何かが流れ込んでくる。

 脳内の領域をこじ開け、無理やりに割り込んで、自分の居場所を作り上げようとする。


「がっ……あぁっ、うっ……!」


 頭が割れるように痛い。

 異物感に吐き気すら催す。

 まさか罠だったのか、装備者を殺す類いの呪いの装備だったのか。


「みん……な……っ、ご、め……っ」


 一か八かの賭けが失敗に終わった絶望感と苦痛の中、バルトを除く仲間たちの顔が浮かぶ。

 そのまま彼女は、リノは(・・・)意識を手放した。


「……ふぃー、ホントに入れちゃったよ。呼びかけに反応したからまさかと思ったら、大正解」


 しかし、リノの体は倒れない。

 軽快に起き上がり、ぷらぷらと手足を揺らし、身体の感覚を確かめる。

 そして、


「で、ドラゴンが……ねぇ。そいじゃああたしは、そいつをぶっ殺しゃあいい訳だ」


 幼馴染のアリエスすら見たことのない、獰猛な笑みを浮かべた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ