表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/93

14 そして生まれる心の距離




 ライナの拷問は、苛烈を極めた。

 すでにバルトの両目はくり抜かれ、全身の切り傷からおびただしい血が流れ出し、体の下に血だまりを作っている。

 あまりに凄惨な光景に、リノは首飾りの中で目をつむり、耳を塞いだ。


「しぶといねぇ、これだけやっても吐かないだなんて。素直にゲロっちゃえば楽に殺してやるのにさ」


「だから、知らねぇ……っ、あいつ、名前も、何も、明かさなかった……っ」


「ホントかなぁ。龍人はみんなゴミだし嘘つきだからねぇ」


 切断した傷口に切っ先をねじ込み、ぐりぐりと捩じり回す。

 耳をつんざくようなバルトの絶叫に、ライナは鬼気迫る表情で笑みを浮かべた。


「あぎゃああああああぁぁぁっ!!」


「あっはははっ、良いザマだねぇ」


『もう、やめて……』


「ほらほら、もう楽になりたいだろ? 正直になりなって」


『もうやめてっ!!!』


「……リノ?」


 頭の中に響いた、リノの絶叫。

 拷問の手が止まり、バルトは小刻みに息を吐く。


「どうしたんだい、そんな声出して。リノだってこいつにはたっぷりと恨みがあるでしょ?」


『でも、だからって、やりっ、やり過ぎだよ……!』


「……やり過ぎな、やり過ぎなもんか。こいつら龍人は人喰いの化け物だ! こいつらに喰われた犠牲者はもっと怖かった、痛かった、苦しかったッ!」


『それに! それに、本当に知らないと思う……。嘘は言ってないように感じる……。だから、もう……』


「……はぁ。分かったよ」


 今にも息絶えそうな、虫の息の勇者の成れの果て。

 その心臓に、ライナは切っ先を突き立てた。


「あ、がぁ……っ」


 体をビク、ビク、と痙攣させ、断末魔のうめき声を上げるバルト。

 やがて、彼の体はピクリとも動かなくなった。


 息絶えると共に、龍人の姿から元通りのバルトの姿に戻る。

 両目をくりぬかれた壮絶な死に顔を、リノは直視することが出来なかった。


「これでいいんだろ」


 剣を引き抜き、血を払って納める。

 バルトの死体は急速に腐敗を始め、みるみるうちに白骨化。

 残った骨さえもすぐさま風化し、衣服と共に風に飛ばされ散っていった。

 ここにはもう、バルトの死体があった痕跡すら残されていない。


『なんで、死体……。あっという間に……』


「これが龍人の末路だ。死んだら死体すら残らない。ドラゴンだってすぐに腐るの、知ってるでしょ?」


『あ、あぁ、そうなんだ……。本当に、龍人ってドラゴンの……』


「……体、返すよ」


 ペンダントの中へと意識を戻し、体の主導権はリノに戻った。

 彼女は膝から崩れ落ち、嗚咽と共に涙をこぼす。


「ひっ、ひっぐ……っ、えぐ……っ」


『なんで泣いてるのさ? あんな奴のためにリノが泣くことないよ』


「そうじゃない、そうじゃないの……。アイツは人間をやめて化け物になって、人を喰った、殺したんだ。死んで当然だよ」


『じゃあ、どうして……』


「怖かった……。ライナがライナじゃないみたいで、怖かった……」


『……ごめん。少しショッキングだったかな。でもさ、アイツを龍人に変えたヤツがこの王都に潜んでるんだ。きっと犠牲者も沢山出てる。なんとしても聞き出さなきゃって思ったら、つい、ね……』


「……嘘」


 間近で見ていたから分かる。

 バルトを——龍人を痛めつける時のライナは、喜びに満ちていた。

 そして、その瞳の奥に燃える、憎しみの炎も。


「嘘だよ……っ、ライナ、楽しんでたじゃん……! 楽しんで、いたぶってた……、熱が入り過ぎて、なんて感じじゃなかった……」


 以前から垣間見せていた、深い憎しみ。

 リノが恐怖を抱くほど、それは強く、激しく。


「ライナが昔、どんなことがあったかは知らないよ……。けど、けど……」


『リノ、聞いて。奴らは、龍人は人に化け、人に紛れて人を喰らう。その存在を知っているのは、今の世じゃきっとあたしだけ。あたしが、あたしたちがやらなきゃいけないんだよ』


「私だって、怪物が人を襲っているなら倒したい。誰かが困っているなら守りたい。けど、あんなことを繰り返すのなら、力は貸せないよ。あんなライナ、もう、見たくないよ……」


 絞り出すような声。

 屋根の上で突っ伏し、涙を流すリノに、ライナは何も言葉をかけられなかった。


 憎い。

 大切な人たちを奪った龍人が。

 自分を殺し、輪廻の輪に乗らぬよう魂まで封印した龍人が。

 全員根絶やしにして、むごたらしく殺して、八つ裂きにしてもなお、飽き足らないほどに。


 その憎しみの炎を、リノのために抑えきる自信が無かったから、何も言えなかった。



 ▽▽



 レストランにて、二人っきりの気まずい夕食を終えたアリエスとラン。

 彼女たちは自宅に戻り、またまた二人っきりの気まずい時間を過ごしていた。


「……リノ、遅いね」


「そ、そうですね……。とっくに帰って来ても、いい時間ですよね……」


 何を考えているのか掴めない、無表情のアリエスにどう返していいか分からず、当たり障りのない返事をかえす。

 余談ではあるが、リノがアリエスの顔を見れば、不安で壊れてしまいそうな表情を読み取れただろう。


「もう八時過ぎてる……」


「は、はい、過ぎてますね……」


 会話が、弾まない。

 リノという潤滑剤がいない今、二人は最低限の言葉のみを交わす。


 そもそもランは、アリエスが苦手だった。

 自分がリノと仲良くしていると、何故だかガン見してくる。

 無表情なので感情が掴めないが、何か気に障ったのでは、とハラハラしてしまう。


「……探しに行ってくる」


「え、あの、いってらっしゃい……」


 立てかけられた魔法の箒スターブルームを手に取って、玄関へと向かうアリエス。

 彼女がドアノブに手をかけようとすると、勝手にドアノブが回り、扉が開いて。


「……アリエスちゃん、ただいま」


 大切な幼馴染が、帰宅した。


「リノ……? リノ、どうしたの!? 何があったの!?」


 その姿を見た瞬間、アリエスの表情が一変した。

 リノはもちろん、ランにすら分かるほどに。


 それもそのはず。

 リノの全身には無数の切り傷。

 革の服もホットパンツも細かく裂け、目尻には泣き腫らした跡。


「あはは、ちょっとね……」


「ちょっとじゃない! 何があったのか言って!」


 見た感じ、乱暴されたという風ではない。

 体の傷は、明らかに戦いの痕跡。

 だが、【回避】に加えて、激増した身体能力を持つリノに傷を付けられる存在など、アリエスには見当も付かなかった。


「ゴメン、もう休ませて。今日はちょっと、疲れちゃった……」


「休む前に、せめて傷の手当て。座ってて、包帯持ってくるから」



 ▽▽



 時は少々遡り、バルトが絶命した瞬間。

 向かい合ってワイングラスを傾けていたラーガとレイドルクは、同時に何かを感じ取った。


「む? これは……」


「……レイドルクさん、あなたも感じましたか」


「ええ、我ら同胞はみな、繋がっていますからな。殺られたのは、はて誰でしょう」


「実は私、リノさんに恨みを持つ者を一匹、同胞にしましてな。きっとそいつでしょう」


「ほう、それはそれは。藪をつついて蛇を出さねば良いのですが」


 苦笑しながらワインを一口。

 レイドルクはラーガとは違い、『彼女』を直接知っている。

 その強さも、憎しみの深さも。


「なぁに、大丈夫ですよ」


 楽観的に笑うラーガ。

 彼の使用人が隣に進み出て、畳まれた小さな紙を手渡す。

 文面に目を通した瞬間、ラーガは眉を寄せた。


「……むぅ」


「どうしましたかな、ラーガさん」


「いえ、前々から探していた奴隷が見つかったのですが、少々厄介なことに、例の龍殺しの少女と一緒のようで」


「ほう、なるほどそれは一大事」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ