12 異形の勇者
異形の姿になり果てた勇者。
ライナは彼のことを『龍人』と呼んだ。
「龍人って、何……? バルトは、人間じゃ、ないの……?」
ライナに向けての質問だが、目の前の男は当然そうとは受け取らない。
「親切に教えてやるわきゃ、ねえだろぉぉッ!!」
肉厚のダマスカスブレードを振りかざし、力任せに振り下ろした。
ドガァッ!
ひらりと舞い上がり、バルトの頭上を宙返りしながら飛び越えるリノの眼下。
石畳が剣の一撃で爆ぜ、土が剥き出しとなった。
「なんて力……、一撃でも食らったらまずい……!」
バルトの背後に軽やかに着地したリノは、壁面を蹴って屋根の上へ。
夜の王都を、夜闇に紛れて屋根から屋根へ飛び渡る。
『ちょ、ちょっと! 戦わないの?』
「戦うって、相手はバルトだよ? 貴族の三男坊で、同じ人間——」
『違う、アイツはもう人間じゃない。龍人になったんだ。殺すしか道はない』
「殺すって……」
『本音を言えば、リノには教えたくなかったんだけどね。ただ、こうなることを望んでいたのも本音ではあるかな』
一拍置いて、ライナは語りだす。
リノに明かさずにいた秘密、その一端を。
『アイツらは龍人、人喰いの化け物だ。奴らは人間に化けて仲間を増やし、ひっそりと人を食う。寿命は無いが、精神力が弱い個体はやがて自我を失い暴走するんだ。その成れの果てが、龍。ドラゴンと呼ばれているモンスターさ』
「ドラゴンが、元は龍人……。それって、本当なの……?」
『嘘なんかつくもんか。龍がある時突然現れる、その理由がこれだ。そして龍人は、生きるために人を食うんじゃない。奴らにとって人は趣向品、欲望を満たすための美味しいデザートなんだ』
「じゃあ、さっきの血だまりってもしかして、バルトが人を食べた痕跡……」
「正解だぁ、よく分かったじゃねぇか」
間近で聞こえた声に、戦慄が走る。
即座に振り向いて、横振りの斬撃を認識。
それにより回避が発動、リノは深く身を沈めて刃を避け、バック宙で距離を取った。
「どうしたぁ? 敵前逃亡だなんて、臆病者のすることじゃねえのかよぉ! 人間だった頃の、俺みたいになぁ! ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「……今は違う、そう言いたいわけ?」
「あぁ、そうだ。俺は生まれ変わったんだからな。人間の頃の俺を知っている奴らも、もうどうでもいい。ただ一人、お前を除いてはな」
「なにそれ、告白? 気持ち悪いからやめて欲しいんだけど」
「……お前を殺せば、俺は惨めな自分と決別出来るんだよ。だから大人しく、俺に殺されなぁッ!」
リノの軽口は完全に無視。
対話にも応じようとしない。
リノを殺す、ただその一心で、バルトは剣を握り、突進を仕掛けた。
縦振りに振り下ろされる剣。
リノが回避した直後、剣圧が屋根瓦を粉砕した。
続く横薙ぎ、袈裟斬り、斬り上げ、繰り出される斬撃は、全て【回避】が自動的に避けてくれる。
「そんな攻撃、当たんないっての!」
「はっ、どうだかな。それに、避けてばかりじゃ勝てないぜ?」
『そうだよ、リノ! 早く剣を抜いて! っていうかあたしと代われ、今すぐに!』
「でも……」
『情けをかけるな! 相手は人間じゃない、モンスターと同じなんだ!』
「なんだぁ? 俺の心配なんざしてくれてんのかよ。……ッカツクなぁッ、オイッ!!!」
鱗に覆われたバルトの腕、その筋肉が異様に盛り上がった。
自身のパワーを上昇させるユニークスキル【筋力操作】。
筋力が上昇すれば、威力だけではなく剣速も倍加する。
ビュバッ!!
「くっ……!」
空気を斬る鋭い音。
剣速が衝撃波を巻き起こし、紙一重で回避したはずのリノの二の腕が小さく斬れ、血が流れ出す。
「いった……」
「どうだぁ、ちったぁやる気になったかよ。それともこのまま、俺に殺られて喰われるかぁ!?」
次々と繰り出される、超高速の連撃。
身体能力の限界が訪れ、回避しきれないリノの肌に次々と傷が刻まれていく。
「殺り合う気がねぇんならよ、さっさと死んじまいなぁッ!!」
「私だって、むざむざ殺されるかぁッ!!」
眼前に迫る肉厚の刃。
この攻撃は回避不能。
リノはとうとう腰の剣を抜き、
ガギィィン!!
「ぐぅぅぅうっ……!」
斬撃を刀身で受け止める。
だが敵の力は圧倒的に上。
衝撃に押されたリノは屋根の上を滑り、大きく後退する。
「……やぁっとやる気になったのか。さぁ、見せてみろよ。邪龍を葬ったっていうお前の力を! そいつをねじ伏せることで、俺は過去の俺と決別出来るッ!!」
再び間合いを詰め、振り抜かれる斬撃。
リノの肉体の限界を超えた速度、回避はもう役に立たない。
反撃に転じられず、刀身で防御するのが精一杯。
何度も叩きつけられる剛剣に手が痺れ、リノは防戦一方だ。
「こんなものかよっ!」
力と速度を両立させた横薙ぎ。
受けた瞬間、リノは体勢を保てず、僅かに後ろへよろめく。
「しまっ——」
生じた隙を逃さず、振り下ろされる両手持ちの唐竹割り。
「呆気なかったな、これで終わりだぁっ!」
ここまでの攻防で見切ったリノの身体能力では、絶対に避け切れない致命の一撃。
バルトは勝利を確信し、ニヤリと笑う。
次の瞬間、リノの姿が消えた。
彼の剣はリノの体を両断することはなく、屋根瓦を粉砕したのみ。
「な、に……? バカな、今のをアイツが避けられるはずが……!」
「確かに、今のリノじゃ避けられないね。だけど、あたしなら避けられる」
声がしたのは、背後。
バルトが振り向くと、月を背に不敵な笑みを浮かべるリノの姿があった。
「……どういう意味だ。また俺をおちょくってんのか」
「おちょくってなんかいないよ。それよりも覚悟しな。あたしはリノと違って、優しくないからさ」
『ちょ、ちょっと! ライナ、何勝手に交代してんの! 許可出した覚えないんだけど!』
「うっさいなぁ。あのままじゃあんた、あたしと一緒に真っ二つだったろ」
紅い宝石の中で、抗議の声を上げるリノ。
彼女に面倒そうに返すと、一転。
ライナは穏やかに微笑んだ。
「それにさ、リノはまだ覚悟が出来てない。こういうことはあたしに押し付けな。慣れてるからさ」
『……慣れてる? もしかして、今まで沢山龍を殺してきたってのは……』
「そ。あたしは龍殺し。龍人専門の——殺し屋だ」




