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11 闇夜の襲撃




 沸騰した鍋の中で舞い踊るパスタ。

 一本摘みあげて硬さを確かめると、リノはうん、と頷く。

 すぐに引き上げて湯切りをし、皿の上に盛ると、チーズと香辛料で味を付けたソースを絡めて、最後にバジリース草を千切って振り掛ける。


「よし、出来た。私特製クリームパスタの完成だよー」


「待ってました」


「リノさんのお料理、とっても美味しくて、わたしいっつも涙が出そうになります」


 テーブルで待つ二人の前に、皿を並べる。


 両手にフォークを持ってスタンバイするアリエス。

 彼女の格好は、普段通りの黒いローブ。

 さすがに魔女帽は脱いでいるが。

 当人曰く、動きやすいしいつでも戦闘に入れるから、とのこと。

 すこし常在戦場過ぎやしないかと、リノは思っている。


「涙が出るだなんて、そんな。でもありがとね、ランちゃん。いつも美味しそうに食べてくれて」


 鉄仮面で顔を隠しながらも、食事中に覗く口元はいつも笑顔。

 そんなランの食べっぷりを見ていると、リノも嬉しくなってしまう。

 鉄仮面少女の服装は、フリル多めとリボンが多めのワンピース。

 きっと可愛いに決まっているというライナの主張が決め手となったため、ラン本人はリノが選んでくれたと勘違いしている。


「……私もいつも、美味しそうに食べてる」


「へへっ、アリエスちゃんもありがと!」


 自己主張する幼馴染に微笑み返し、自分の分も皿に盛り付けてテーブルへ。

 ランが来て以来、リノの座る位置は中央と決まっている。

 向かい合って座るアリエスとラン、どちらの隣に座るのも悪手だというライナのアドバイスによるものなのだが、リノはピンと来ていない。


「はわぁ〜、今日も美味しそうですぅ……」


 鉄仮面の口元をパカっと開き、小さな口でおもいっきり頬張る。

 チーズの酸味と香辛料の香ばしさが合わさった芳醇な味が口の中に広がり、


「はぁ、幸せです……」


 思わずため息。


「ランちゃんの食べっぷり見てると、私まで嬉しくなっちゃうよ。ね、しばらく見ててもいい?」


「え、そんな、見られながらなんてっ。あわわ、恥ずかしいです……」


 鉄仮面で見えないが、おそらく顔を真っ赤にしているのだろう。

 両手をバタつかせて慌てるラン。

 彼女と暮らし始めて二週間経つが、未だに素顔を見せて貰ったことはない。

 食事中も眠る時も、ずっと鉄仮面を被ったまま。


(そもそもなんで鉄仮面なんだろう。顔の傷を隠したいだけなら、他にも色々とあるよね。マスクとか)


 顔の傷ではなく、何か他に秘密があるのだろうか。


(まだ心、開いて貰えてないのかなぁ)



 ▽▽



 パーティーを組んで挑む依頼は、必要数の多い納品依頼や強大な魔物の討伐依頼など。

 薬草数個の納品や、雑魚モンスターの討伐依頼は単独で手早くこなすのが基本だ。

 リノたちも例外ではなく、この日もリノは一人でワーウルフの爪三個の納品依頼を片付け、ギルドを後にした。


「うひゃー、すっかり遅くなっちゃったね」


 王都は夜闇に包まれ、家々の明かりが薄らと道を照らす。

 人通りもまばら、少々不気味な雰囲気だ。


『欲を出して二十七個も余分に持って帰ったもんねー。お姉さんリノのそういうとこ、どうかと思うわー』


「う、うっさいな。実際ボーナス出たんだし、別にいいでしょ」


『いいけどさぁ、女の子二人も待たせて、いいのかなぁ』


「え? 二人にはあらかじめ、遅くなるから外食で済ませといてって言ってあるよ?」


『いやさ、そうじゃないんだ……』


「うん? ライナって時々よくわかんないよね」


 人の気配も無いため、ライナとも気兼ねせずにお喋りできる。

 夜道は苦手な方のリノだが、彼女が一緒なため少々心強い。

 もっとも、ライナは幽霊みたいなものなのだが。


『それだけじゃなしにさぁ。女の子の夜道での一人歩きもどうかと思うよ?』


「一人じゃないでしょ、ライナが一緒じゃん。頼りにしてるからね」


『……あ、ヤバい。今ちょっとキュンと来た。こいつ、あたしまで落とすつもりか!?』


「何をバカ言って……」


 歩道を歩きながら、路地の脇を通りかかった時。

 風に運ばれて漂ってきた、鼻を付く嫌な臭い。

 鉄臭い、本能が忌避するような、嗅ぎ覚えのある臭いに、リノは足を止める。


『おっと、どうしたんだい。急に止まっちゃってさ』


「……血の臭いだ。ライナは分かんない?」


『リノもここに入ったことあるから分かるだろ? 今のあたしに許されてるのは視覚と聴覚だけ』


「不便なもんだ」


 呑気な会話を交わしながらも、リノは路地裏へと足を踏み出す。

 店じまいした商店に挟まれた路地裏は、家々の明かりすら届かない漆黒の闇。

 収納していたランタンを取り出して、明かりをつける。


『ちょっと、本気? 絶対ヤバいと思うんだけど』


「もしも怪我して行き倒れになってる人だったらどうすんの。見捨ててなんて行けないじゃん」


『宿主サマは優しいねぇ。ま、いざとなったらあたしが守ってやるよ』


 一歩、また一歩と、進むごとに血の臭いは強くなっていく。

 臭いがひと際強くなった曲がり角、リノは意を決して、そっと覗き込んだ。


「これ、は……」


 ランタンの頼りない明かりが照らす路地裏の袋小路。

 そこに出来ていたのは、血とはらわたの水たまり。

 壁一面に真っ赤な血が飛び散った、凄惨な光景が広がっていた。

 一体なにが起きたのか、犠牲者の名残は千切れた腸の一部と、靴が片足分だけ。


「なに、これ……。なんで、誰がこんな……」


『こいつはまさか、奴らが——リノ、後ろだ!』


 リノの背後、二階の高さの壁に張り付いていた男が、飛び下りながら巨大な片刃剣を振り下ろす。

 ライナの声で振りかえると同時、攻撃されたと認識したために【回避】が発動。

 軽快なサイドステップで奇襲をかわし、さらにバック転で距離を取った。


 地面に落ちたカンテラの明かりが、襲撃者の顔を照らす。

 短い金髪、敵意に満ちた獰猛な目つき、口元にべったりと付いた真っ赤な血。


「避けてんじゃねぇよ、荷物持ちィ……。チョロチョロと、ほんっと目障りなヤツだぜ」


「バ、バルトっ!?」


 行方不明になっていたはずの勇者が、路地裏の惨殺現場で突然襲いかかってきた。

 理解を超えた状況に思考が停止する。


「あんた、今まで一体どこに……! 捜索依頼だって出てるんだよ? 人の手柄で英雄になっといて何してんだよ!」


「人の手柄ぁ……? あぁ、その通りだ。龍を倒したのはお前、本来なら英雄サマはお前ってワケだ。ムカつくよなぁ、見下してた相手に見下されるって、心底ムカつくよなぁっ!!」


 憎しみに満ちた形相で、恨み節を並べ立てる。

 怒りに歪んだ表情故か、リノには彼の口が大きく裂けたように見えた。

 目を擦って再びバルトを見ると、


「……っ、違う。見間違いじゃない!」


 目を凝らさずとも分かった。

 バルトの顔が、姿が、変貌を始めている。

 口が耳まで裂け、全身が赤い鱗で覆われ、耳が鋭く尖り、瞳は爬虫類のような縦長に。


『やっぱり……! リノ、アイツは龍人だ!』


「龍人……?」


「そうさ、俺は龍人になったんだ、生まれ変わったんだよ。名ばかりの勇者だった、惨めな俺はもういない。もういないんだ。あとは、お前さえ殺せばなぁッ!」




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