10 路地裏での遭遇
想像を絶する濃い人物の登場に呆気に取られるリノ。
ランはピザを取り落とし、小刻みに震えていた。
「うふふ、改めて自己紹介を。あたしはシャルロッテ。この街のギルドマスターやってるわぁ」
「リ、リノ・ブルームウィンドです。よろしくお願いします……」
この人物は果たして男なのか、それとも女なのか。
聞き出す勇気が湧かず、曖昧な笑みを浮かべながら応対する。
「マスター、名前シャルロッテじゃないでしょ。ゴリアテじゃん」
「もう、アリエスちゃん、その名前はやめてってば! あたしはシャルロッテ、冒険者のゴリアテはもういないのよ」
「はいはい。ところでマスターが表に顔を出すなんて珍しい。やっぱりバルトの件?」
アリエスは彼——彼女だろうか、とは顔馴染み。
全く動じることなく、質問を投げかける。
「そう、それよぉ。アリエスちゃん、あんまり大きな声で話しちゃダメ。極秘事項なんだから」
「……ごめんなさい。もっと内密に話すべきだった」
「分かればよろしい。それじゃ、あたしは奥に引っ込むわぁ。注目を集め過ぎちゃうもの、美しいって罪よねぇ」
最後にウィンクを投げつけると、マスターは腰をくねらせながら奥へと消えていった。
「……ほ、本当に凄かったね、マスター」
「ビックリしたでしょ。私も初めて会った時は驚いた」
リノは苦笑しつつも、アリエスが驚く様子を見てみたいと思ってしまった。
一方ランは、ようやくショックから立ち直る。
「ところでリノ、忘れてない? 冒険者になったらまずやること」
「そうだったね、アリエスちゃんのクランを立ち上げるんだ」
鉄仮面少女との出会い、熊との大立ち回り、念願の冒険者になれた喜び、そして強烈過ぎるギルドマスター。
色々とあり過ぎて、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
「私のクラン? 違うよ。クランの代表はリノ」
「……え? ええええぇぇえぇぇぇぇっ!? いやいや、ちょっと待って! どう考えたって代表はアリエスちゃんでしょ」
「代表はリノ、これは確定事項。絶対に譲らないから」
「なんでぇ……?」
リノは完全に困惑してしまっているが、アリエスとしてはこれだけは譲れない。
ずっと昔、まだスキルに目覚めていなかった頃、明るい笑顔で手を引っ張ってくれたリノ。
あの頃の頼りになるリノが、アリエスは好きだった——もちろん今も大好きだが。
最近はすっかり自信を無くしてしまい、見る影もなかったが、戦闘能力を得た今、あの頃の明るい彼女が少しずつ戻って来ている。
「私は、リノに引っ張って貰いたいの。だから代表はリノじゃなきゃ嫌」
「わたしも、代表はリノさんが良いと思います! だって、熊を相手に戦うリノさん、とってもカッコ良かったから……」
『ヒュー、モテる女は辛いねぇ。このこのぉ』
「もう、そんなんじゃないって。……コホン。二人がそこまで言うのなら、やってみようかな」
彼女たちの熱意に押され、リノはとうとう折れた。
受付嬢に話を持ちかけると、アリエスがクランを立ち上げると誤解され、驚かれる。
ギルド内の冒険者ほぼ全員がざわめき、一躍リノに注目が集まった。
「おいおい、あの一匹狼のアリエスがクランって、マジかよ」
「発起人のあのガキ、何モンだ!?」
「俺見たことあるぜ、時々アリエスと一緒に行動してたヤツだ。いつも大きなリュックを背負ってたが、冒険者だったのか……」
「……リノ、注目されてる」
「分かってるから、腰ツンツンしないでよ、もう」
リノが注目を浴び、アリエスは喜びを露わにする。
もちろんリノ以外には表情の判別は出来ず、一見すると無表情のまま。
「アリエスちゃんじゃないんです。クランを立ち上げるの、私です」
「……はい? ですがリノさんはCランク、ですよね……?」
「へ?」
クランを立ち上げるために必要な条件は三つ。
一つはBランク以上の冒険者であること、もう一つはどのクランにも所属していないこと、最後の一つは発起人を含めて二人以上の参加者がいること。
この条件さえ満たせば良い。
「Bランク、以上……? アリエスちゃん、これ知らなかったの?」
「正直、知らなかった……」
無表情の中に垣間見える照れ笑い。
リノのクラン立ち上げは、一旦延期となるのだった。
▽▽
これは今から二日前。
リノがランと出会った日の出来事。
マンゴーシュ家は、代々続く伯爵家の家柄だ。
貴族の模範たれ、という家風に反発したバルトは、身分を隠してゴロツキと付き合いを持った。
街の外に出て冒険者紛いの魔物討伐を行ったり、盗みや殺し、犯罪行為に手を染めたり。
そんな中、バルトは邪龍討伐の勇者に任命された。
彼に白羽の矢が立った理由、それは腕が立つからというだけではない。
その経歴、そして三男という立場にもある。
すなわち、もしも失敗して命を落としたとしても、家にとっての痛手にはならない立場。
マンゴーシュ家にとって、バルトの邪龍討伐はローリスクハイリターン。
結果的には、最高の結果をもたらしてくれたわけだが。
今回の功績によって、マンゴーシュ卿は侯爵の号を賜ることが決定。
龍を討ち取ったバルトも将来が約束され、すこぶる機嫌が良い——訳ではなかった。
「くそっ、あのガキが龍を倒しただと!? 荷物持ちのあのガキが、役立たずのアイツが、真の龍殺しだと!?」
パーティーが結成された時、彼はメンバーの中で自分が一番の実力者だと思っていた。
しかし、旅をしていく中で気付かされる。
三人の実力は、自分を上回っていると。
「気に入らねぇ、気に入らねぇッ! アイツが、アイツまで俺より強いだとぉ!?」
だから彼は、自分よりも明確に格下のリノを徹底的に見下し、心の安寧を保っていた。
戦う力を持たない、後ろでチョロチョロしているしか能の無いガキ。
彼女を役立たずだと罵る間は、劣等感から目を逸らすことが出来た。
「ふっざけんじゃねぇ! そいつがマジなら、俺は、俺は……!」
怒りに任せて、剣を姿鏡に叩きつける。
鏡が割れ散らばる音が響いても使用人が駆け付けてこないのは、この二日間、何度も駆け付けては怒鳴りつけられたから。
「俺が、勇者の称号を持つ俺が、パーティーで最弱……? ハハっ、なんだそれ。そんなワケねぇだろ」
パーティーが解散してから二日、彼はずっと部屋にこもり、家具や使用人に当たり散らしてきた。
だが鬱憤は晴れるどころか、ますます深くドス黒くなっていく。
「あぁ、クソ、ムシャクシャする……。久々にアレやるか……」
顔を覆面で覆い、背中に剣を背負う。
誰にも見られないよう、屋敷の裏口からこっそりと出て行く男の姿を、目に留める者は誰もいなかった。
バルトが足を運んだのは、王都西部のスラム街。
彼の目的は、浮浪者の辻斬り。
数年前はゴロツキ仲間と共に浮浪者狩りを楽しんでいたが、成人を機に父から諌められ、それっきり足を洗っていた。
「さぁて、どいつを狙おうか……」
生きる気力を無くした者は、ロクに抵抗をしないのでつまらない。
なるべく活きの良さそうな獲物を、たっぷりと絶望を与えて見下してから殺さなければ、鬱憤が晴れる気がしなかった。
これといったターゲットが見つからぬまま、死んだ目をした浮浪者に舌打ちしながら路地を進んだその時。
「ひぃいいいぃぃぃぃぃいぃぃぃっ!! たっ、助けてええぇぇぇええぇぇぇっ!!」
耳に届いた絶叫。
生に執着し、死を心から恐れた者が命の瀬戸際に放つ、辻斬り時代に何度も聞いた声。
「……へへ、なんだい。同類さんがいるのかい」
辻斬り仲間がいるのなら、一緒に楽しませて貰おう。
軽い気持ちで悲鳴の方へと足を運び、奥まった路地裏でバルトが目にしたものは。
「——ひっ!?」
クッチャクッチャクッチャ、ボリボリ、ゴクン。
龍の頭を持った異形の男が、浮浪者を頭から貪り、咀嚼し、平らげる光景。
「ふぅ、浮浪者は食べ飽きましたね。そろそろ贅沢をする頃合いでしょう」
食事を終えた怪物は小太りの紳士の姿となり、血まみれの口元をハンカチで拭う。
そして。
「……おやぁ?」
「はっ、あっ、ああぁぁっ……」
ゆっくりと振り向く。
腰を抜かして尻もちを付いた、恐怖のあまり股間を濡らす覆面の男の姿を、彼はにこやかな表情で見つめた。