09 熊殺しのルーキー
受付嬢に突きつけられたのは、息絶えたブラッドグリズリーの巨体と、ついでにコウモリの右翼三枚。
リノは渾身のドヤ顔を見せつけ、受付嬢は呆気に取られている。
「どうですか! 合格ですよね!」
「え、えっと……。ひとまずコウモリの翼の確認をしますので、少々お待ちください……」
試験でC級モンスターを討伐し、持ち帰る新人は前代未聞。
受付嬢は若干引きながらも、コウモリの羽に左翼が混ざっていないかを検分する。
熊の死骸は、ギルド職員数人がかりで奥へと運ばれていった。
「リノ、お疲れ様。でもちょっとやり過ぎ」
「いやぁ、決して沢山ボーナス出るかなぁとか、いきなりDランクから始まらないかなぁとか、そんな下心で討伐したんじゃないよ? ランちゃんを助けるために仕方なく、だったんだから」
リノにべったりと寄り添う、鉄仮面を被った少女。
一足先に冒険者ライセンスを受け取り、自分の名前が記された真新しいカードを、多分目を輝かせて眺めている。
「事情はもう聞いたけど。試験中に他の冒険者候補を助けるなんて、本来はご法度だよ? そもそもの話、候補生がかち合わないように、場所や日取りは調整されるはず」
「それはわたしが三日三晩飲まず食わずで洞窟を彷徨っていたせいで……。だからリノさんは何も悪くないんです」
「み、三日間も?」
「だから帰り道、ランちゃんに沢山ご飯を作ってあげたんだ」
「はい、リノさんの料理、とっても美味しくて。あんなに美味しいもの食べたの、産まれて初めてで……」
彼女の鉄仮面は、口元が開くようになっている。
食事の時も決して鉄仮面を取らず、口元だけを露出させていた。
余程過酷な環境で暮らしてきたのだろう。
体もやせ細っており、奴隷用のボロきれのような服も相まってなんとも痛ましい。
アリエスがランと共に席に着くと、リノも計量を終えた受付嬢に呼び出されてカウンターへ。
「お待たせしました、リノさん。ジャイアントバットの右翼を三個、確かに確認しました。おめでとうございます、あなたは今日から冒険者です!」
「やったっ! 私もついにアリエスちゃんと同じ、冒険者になれたんだ……!」
「冒険者登録は完了しております。こちらが冒険者ライセンスです、どうぞ」
ずっと追いつけなかった、遠い親友の背中。
これからは後ろを追うのではなく、その隣で、対等な関係で。
長年の胸のつかえが取れた、すっきり爽快な気分でライセンスを受け取り、
「……あれ?」
首をひねる。
「お姉さん、ここ。Cランクって書いてあるけど」
「はい、リノさんは現在Cランク。ただし、ギルドポイントはゼロですが」
冒険者にはEからSまでのランクが存在する。
依頼をこなすごとにポイントが溜まり、既定のポイントに達したところで昇級試験を受けられ、見事合格すれば昇級となる。
SS級やSSS級なんてものも存在するが、現在は空位らしい。
リノの開始ランクは当然ながら、最低ランクのE、のはずが。
「Eランクじゃ、ないの?」
「本来はそうなのですが、ブラッドグリズリーはCランク昇格試験の課題モンスターですので。協議の結果、ギルドマスターが特例として、飛び級を認めてくださいました」
「ギルドマスター……」
どんな人なのだろうか。
かつてSS級として名を轟かせた、伝説の冒険者。
面識のないリノは、色々と想像の翼を広げた。
「更に、特別ボーナスが支給されます。ジャイアントバット討伐数一匹につき銅貨一枚、合計で二枚と、ブラッドグリズリー一頭で銀貨一枚です」
「……微妙にしょっぱい」
この国の貨幣は、銅貨、銀貨、金貨の三種類が流通している。
銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚の価値。
『そう落ち込むなって。それよりもその金でランちゃんにご飯をおごって服を買って、彼女のハートをもっと強く掴むんだ!』
「だから何言ってんの……」
周囲には聞こえないよう、ライナに小声で返す。
彼女と大声で話して変人扱いされるのはゴメンだ。
「ではリノさん、今後の活躍を期待していますね!」
とても良い笑顔でコイン三枚を差し出された。
リノは曖昧に微笑みながら受け取ると、アリエスたちのテーブルへ。
「お待たせー。なんかいきなりC級になっちゃった」
「おめでとう。これでリノも冒険者だね」
「うん、アリエスちゃんと同じ! ランクは全然下だけど、同じステージには上がってこられたよ!」
「今のリノ凄いから、すぐに抜かされそうだけどね」
アリエスのランクはA。
冒険者になって二年でこのランクに至った者は、長い歴史の中でも両手の指で数えられる程度だ。
「アリエスちゃんを抜かすって、それSランクじゃん。さすがに無理だよ」
苦笑しながら席に着く。
ランは鉄仮面の口元を開け、アリエスが注文したピザを幸せそうに頬張っていた。
「この後は、ランちゃんの服とかたくさん買ってあげないとね。それから下着なんかの日用品や、コップと歯ブラシ、あとは……」
「……あの、リノ。一応確認しておきたいんだけど。リノは優しいから、きっともう答えは決まっていると思うんだけど、一応」
王都東区画に借りている、一軒家。
自分とリノ、二人だけの聖域——だとアリエスが勝手に思っている我が家。
アリエスは薄々気付いていた。
行くあての無い元奴隷の少女を、リノが放っておけるわけがない、と。
あの聖域に、この少女を招き入れるつもりだ、と。
「その子、ウチで面倒見るの?」
「もちろんそうだよ?」
当たり前じゃん、そう顔に書いてある。
(そうだよね、リノはそういう子だもん。じゃなきゃ私も親友やってないし。見捨てるなんて言ったら、むしろ幻滅してたかも)
二人だけの聖域に第三者を招く。
どうしても避けたかった事態のはずなのに、心はどこかホッとしていた。
それでこそリノ、自慢の親友だ。
「ところでアリエスちゃん、街の入り口で聞いた、あの話……」
「バルトが行方不明になった件?」
王都の入り口付近で出迎えてくれたアリエスから、ここまで来る間に聞いた衝撃的な事件の報せ。
「そう。人格は最低だけど実力は確かなアイツが行方不明なんて、ちょっと信じられないんだけど。自分から姿を消すとも思えないし」
「マンゴーシュ家から内密に、ギルドマスターに捜索依頼が来たの。だから確かな情報だよ」
そしてマスターから龍殺しのパーティーメンバー三人に連絡が行き、現在は依頼として受注したオルゴのクランが総出で捜索に当たっている。
「へぇ、伯爵家から直々に依頼が来るなんて。マスターってやっぱり凄い人なんだろうな」
「……うん。凄い。凄い人だよ」
何やら含みのある発言。
リノが軽く首をかしげると、
「あらぁ、アリエスちゃん♪ 凄いって、どんな意味でかしらぁ?」
会話に入ってきた野太い声。
リノが視線を向けると、そこにいたのはオルゴと並ぶほどの巨体。
髪型は立派な青紫のリーゼント、ゴツい顔に厚塗りの化粧をしている。
体格は約二メートルの筋骨隆々、口元には青髭、そして身に纏うは赤いボディスーツ。
腕にも胸にも剛毛が生い茂っているが、何故かバストもヒップも膨らんでいる。
「え……っ、えっ?」
「あっ、マスター」
「この人が、ギルドマスター……?」
「そうよぉ。あなたが鮮烈デビューを果たした熊殺しのリノちゃんね。これからの活躍、期待してるわよぉ」
バチコーン、とウィンクを飛ばされて。
リノの思い描いていた歴戦の戦士像は、音を立てて崩れていった。




