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41-1:不思議な犬と男性 【月の日/ケイ(女)】

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「ユリア。お前、大福キノコに落ちるなんて、ツイてたな」おれは息を切らして話しかける。「落下の衝撃が、ずいぶん、和らいだろ」


 山々に見下ろされた広大な原野の大地を踏みしめて歩く。山々のほとんどが岩の肌をしていて、もじゃもじゃの緑のひげみたいな樹木を生やしていて、(いか)めしい。


「大福って、名前だけあって、幸運のキノコ、だったのかもな」


 この辺一帯の空は切れ間のない雲に覆われていて、太陽の位置がどの程度まで沈んでいるのかは把握できない。今日はもう暗くなる一方の時間帯だけど、まだ十分に視界は利く。今のうちにコンパスを頼りに、鳥人族の里があるであろう南東の方角へ進む。なんせ地図も土地勘も持ち合わせていない。かなり大まかな進路だ。


「きっと、帰れるさ」


 おれは両足を軽くそろえてわずかに跳ねた。かついでいるユリアとおれの重心が合うよう微妙に体をずらした。また歩きだす。


 故郷のレイル島の学舎で学んだかつぎ方を実践することになるとはな。ユリアはおれの両肩に沿って寝そべっている状態だ。おれの右肩の上からユリアの右脚が垂れ下がり、そしておれのもう一方の肩の上からユリアの右腕が下に伸びている。ユリアの脚のあいだから通したほうの手でユリアの右手首をつかむことができ、おれの片手が空く。気絶してる人を一人でかついで歩くには最適な方法だ。


 遠方の山に白い糸のような滝が見える。滝があるということは、その下方には川なり水溜まりなりがある。とりあえずそういった水がある場所に辿り着く必要がある。食べないのは割と平気だが、水に関してはやはり早い段階で体が欲す。


 おれの足の動きに並行して揺れるユリアの右腕には、黒い布が結んである。おれの上衣の裾を切って応急手当を施した。この矢傷以外は外傷は見つからなかった。骨折なんかもしてないようだ。ユリアの脈をときおり測ってみても特に変化はない。あとは早く目覚めてくれればいいんだが。起きるきっかけになればと、断続的にユリアに声をかけてはいるけれど、まだ一度も返答はない。


「どのくらい、かかるんだろうな」


 ユリアが起きるまでどのくらいの時間がかかるんだろう。福耳団が所持していた毒矢の効果はおよそ六時間だったが、同じ種類の毒とは限らないのであまり参考にしないほうがいい。効き方は個人によっても差があるだろう。焦りも油断もせずに経過を観察していくしかない。


 こうやって足を右に左に地道に進めるしかない状況にいると、翼でびゅんと翔けるのがいかに恵まれた能力かが思い知らされる。チコリナットは無事に鳥人族の里に着いただろうか。ハヤテとリャムを引き連れて助けに戻ってくる可能性もある。けど、こない、こられない可能性もある。きてくれたところでうまく見つけてもらえるとは限らない。不測の事態はいくらだってあり得る。助けがくるのを当てにしてはいけない。おれ自身がユリアと自分を助けるために考えて動いていかなきゃいけない。


 一つの転換点となるのは0時だ。日をまたげばユリアは馬になる。馬の体のほうは毒矢を食らっていない状態だから、きっといつもどおりに動ける。姫の背に乗って道を辿れば、自分たちの力で鳥人族の里へ帰るのも不可能ではない。鳥人族の里に着けばユリアの傷の手当てがちゃんとできるし、ゆっくり休めるし、ユリアはすぐに回復できるはずだ。


「おれたち、化体族で、よかったな」おれは大自然を見渡していった。「希望につながる」


 明日は姫に走り回ってもらうことになるだろう。だから、今日はなんとしてもおれが足を使って少しでも安全な場所を確保する。できる限りのことはする。




 滝からつづいてると思われる小川を発見した。ちょっとここでしっかりとした休憩をとろう。喉が乾いた。


 腰を落とし、かついでいたユリアをゆっくりと草の生えてる地面に横たわらせた。


 伸びをする。首を回し、腰を左右にねじる。小川のせせらぎが心地よい。この辺には半人種は住んでないようだ。ここまでの道程、だれにも会わなかった。だれにも会わないのは好都合か、それともその逆か。


 しな垂れる枝葉をかき分けつつゆるやかな短い坂をおりて川原に出た。本能的にぎくりと感じ、おれは顔を横に向けた。生き物の気配がしたとおり、細い清流を隔てた川縁(かわべり)に、茶色い毛並みの動物が四肢を真っすぐ地面につけて立っていた。


 犬、と認識するまでふだんより倍の時間はかかった。よく知られている種の犬よりも頭部が小さくて脚が長くて背が高い、珍しい種類の犬だ。


 犬は思慮深そうな目でおれを見つめている。馬のしっぽみたいなふさふさの直毛の耳。外に出たばかりのようなきれいな毛並み。優美さがあり、また同じ分だけ奇妙な雰囲気も漂っている。


 犬は急に興味を失ったようにこちらにしっぽを向けて歩きだした。しっぽも耳と同じでふさふさしている。と、犬は立ち止まって振り返った。またおれをじっと見据える。なんだろう。ついてこいってことか?


 犬は歩行を再開した。おれは水から顔を出してる岩を経由して反対側の岸へ移った。今度は振り向かずに長い脚で歩を進める犬。ヒトに対して警戒心がなく、なんか超然としている。追ってるんじゃなくて追わされてるような気がしてきた。


 犬が茂みの隙間を通った。おれも同じところを通って向こう側へ出た。――息をのんだ。草地に一人の男性が立っている。のはいいとして、そこに驚愕の光景があった。


 男性の手に乗っていた小さな鳥が鳴きながら飛び立っていった。おれの目は動きのある鳥には向かず、男性に、細かくいえば男性の手に、引きつけられたままだった。


 ――今、光ってた。


 鳥が飛び立つ瞬間に消えたが、男性の手を中心にして、まるでそこに人の顔の大きさくらいの小さい夕日があったかのように、白く光り輝いていた。鳥が光ってたのではなく、男性の手から発せられた光が鳥を包み込んでいるような状態だった。空に太陽は出てない。よって、太陽の光の反射などではない。不思議なことに夕日に似てはいたが眩しくはなかった。明らかにおれが今まで目にしたことのない現象であり、それを作り出すこの人は明らかに人間ではない。


 見た目は、人間っぽい。口のまわりにひげを生やした五十歳くらいのおじさん。身長はおれより低いみたいだ。上下ひとつづきの外套(がいとう)を着ていて、さらに外套に付いている頭巾をすっぽりと被っていて、いかにも妖術など不思議なちからを使いそうな風貌ではある。


 犬が男性に近寄った。男性は犬の顎の下をなでた。飼い主かな。


 話しかけようか。種族を尋ねてもいいのか。いや、尋ねる前に自分の種族を名乗るべきか? いきなり化体族の名を出して驚かれはしないだろうか。 

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