37-1:大公の御殿 【太陽の日/ケイ(男)】
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さっさと東大陸の大公の許可をもらいにいくぞ、とだれかさんがいうんで、おれたちは朝食も早々に出発した。
姫がハヤテを乗せて草原を駆ける。大公の御殿は、鳥人族の里から北東に進んだ場所にある。姫の脚で二、三時間といったところ。
そんな姫たちの様子と東大陸の壮大な景色を上空から眺めるおれ。とリャム。
「ケイ。あっち見てみい」
リャムが指し示す方向に視線を向けた。木よりもデカいヒト型の生き物が数人いた。昨日対面していろんな意味での大きさに圧倒された鳥人族の族長より、一回りも二回りも体が大きい。
「巨人族か」おれは興味深く観察した。離れて見てる分にはわくわくする。「本当にデカいんだな。ちゃんと服も着てる」
「服というよりは、ただ麻を巻きつけてるだけに見えるがの」
川のそばで柔軟体操のように体を動かしている男の巨人が目に入った。いかにも強そうな肉体だ。
「あの川岸にいる巨人、母さんに似てる」
「お前の母ちゃんはずいぶん個性的なようじゃの」
「母さんの化体は男なんだ。あんな感じに全身筋肉で盛り上がってるよ」
今日は太陽の日だから母さんは本体である女性だ。父さんも猿でなく本体だ。相変わらずいちゃついてんのかな。……気持ち悪い。
「カカカ。ママが恋しいかえケイ。今日のような男の姿では気持ち悪いだけっちゃね」
「別に恋しくなんかねえよ。お前の発想のほうが気持ち悪いよ」
おれとリャムのあいだにいる鳥人族は、両側から飛び交うアホな会話に顔色一つ変えず、真っすぐ前を見て飛行している。
大公の御殿を目指すにあたり馬を二頭借りたい、と鳥人族に申し出たが、彼らは馬を飼っていなかった。自分たちが馬より速く移動できるから当然といえば当然だ。というわけで、鳥人族が目的地まで送ってくれることになった。
今日は鳥人族第一部隊のシトヘウムスさんとチコリナットは別の用事があるので、第二部隊の丸刈り頭の若い男性が同行してくれている。名前は、聞いたけど忘れてしまった。鳥人族は名前が長いから覚えきれない。
「大公の御殿まで付き合わせてしまって、すみません」おれは丸刈り頭の鳥人族に改めて詫びた。
「とんでもございません。お気になさらず」彼は慎ましくいった。鳥人族はだいたいが礼儀正しくてまじめだ。
「あの。訊きたいことがあります」おれは引きつづき話しかけた。
「どうぞ」
「西大陸の大公はもちろん人間で、ここ東大陸の大公はもちろん半人種……懐生なわけですが、懐生には多くの種族がいますよね。その中でどの種族の人が大公になるんですか」
「現在は妖精族のメルギール様が大公の位に就いています」
「大公は妖精族の人と決まってるんですか」
「いいえ。種族はいっさい問わず、大公になるにふさわしい偉大なお方が選ばれます。ご本人の逝去あるいは辞任を除き、任期は最長で百年です」
「またしても百年かえ」
「妖精族は、たしか妖術を使える種族ですよね」
「はい。メルギール様は卓越した妖術使いであると伺っています」
広大な東大陸のまとめ役であり、半人種の中での頂点の人なんだよな。そりゃかなり秀でた人なんだろう。
「メルギール様の任期はあと十二年です。私は次の大公は、我が族長リュデュストス様がご就任なさると堅く信じています」
街の中心にある大公の御殿は、遠くからでもひときわ目を引いた。いくつかの白い山が密集したような形の建造物だ。曲線的な三角形の一つ一つには黒い窓が点在し、いずれの窓にも外の景色が映っている。外から中は見えない。
入口がある白い山の前に降り立った。姫に乗ったハヤテと合流。鳥人族の男性とは後で落ち合う約束をし、おれたち三人と姫は、巨人族でも余裕で通れるであろう巨大な入口を通過した。
三十歩ほど歩いて、舞踏会でもできるような広くて高さのある部屋へと出た。紫の長い絨毯に沿って列ができている。ずらりと並んでいるのは様々な種族。基本はヒトの形に近くも、下半身が馬だったり、腕が数十本あったり、体から花や木などの植物が生えていたり、奇異な特徴が見受けられる。いくつかの種族は、文章や絵図を通して知ってはいる。それらに対しては、本物を見たという興奮がある。一方でまったく知らない種族もいて、それらに対しては新しい発見をしたという興奮がある。つまりいずれにしてもおれは今わくわくしている。
「ケイ。口閉じろ」
「ついでにもうちょっとさりげなくじろじろ見ることじゃね」
ハヤテとリャムの二人に注意され、自分が口を開けたまま無遠慮に群衆を凝視してしまっていることに気づいた。上唇と下唇をくっつけて襟を正した。場内はがやがやしている。理解できない言語も交じっている。
列の最後尾に並んだ。受付で審査がある、と鳥人族から聞いている。大公との面会を許可するかどうかの審査だ。受付を待っているだけでも百人、いや、二百人はいる。こんなにも大公に会いたい人たちがいるんじゃ、審査で振り分けるのも当然だよな。
「姫を連れてきて目立つかなと思ったけど。そんなことはなかったな。ほかにも馬を連れてる人はいるし」
姫は澄ましたように首をもたげた。
「半分動物みてえな奴らがそこかしこにいるからな」ハヤテが無遠慮にいった。
おれたちの前に並んでいた人が振り向いた。ぎょっとした。全身を布で包んでいるその人は、後ろ姿は人間そのものだったが、顔面は毛深くて熊のようだ。まさに半分動物みたいな人。おそらくは獣人族と呼ばれる種族だ。男性なのか女性なのか判断がつかないその人は、どういう感情なのかこれまた判断がつかない表情でおれたちを見据えたのち、何もいわずに前を向き直した。
おれはハヤテとリャムに近づき、小声で話しかけた。「懐生の種族の数って、人間が把握してる限りでは二十七なんだ。でも、この場をざっと見渡しただけでも五十くらいの種族はいそうだよな」
「実は人間が知らないだけで、何百種類も存在してるかもしれんね。なんせ東大陸はだだっ広いからの」
「そうだな」
「――あなたたち。人間じゃなくって?」
背後から女性の声がした。明らかにおれたちに向けての発言だとわかったので、後ろを振り返った。これまた獣人族のような毛深くて体格のいい人――と、その肩に乗っている小さい貴婦人風の女性。生きてる。小さい。人間の赤ん坊の一回りは小さい。小人族か。今しゃべったのはきっとこっちの小さい女性のほうだろう。
「こんにちは……」おれは挨拶した。
「やっぱり人間だわ。ええ、そうにちがいないわ」小さい女性は、豆粒ぐらいの大きさの小さな口を動かした。黄色い上質なドレスを着ていて、金持ちのお嬢様あたりが持ってそうな人形みたいなたたずまいをしている。「あなたたち、人間なら人間の領地である西大陸の大公を訪問なさったら」
「おれたちは化体族なんです」
「まあ!」小さい女性は両手を頬にあてた。「化体族とお会いするのは初めてだわ」
「初めてここにきました。とても混んでますね」
「ええ。いつもこんなですのよ。私は踏み潰されないようにこうして付き人を雇ってますの」小さい女性は、肩に乗せてもらっている主の毛深い顔を、小さい手でぺしぺしと叩いた。「それでは化体族さん、お互い大公にお会いできるといいですわね」
おれはぺこりと一礼して前を向き直した。
受付の窓口は三箇所ある。三つ子だろうか、とてもよく似た三人の中年女性が窓口の椅子にそれぞれ座っている。もあっと厚い金色の髪に、厚い化粧に、厚手の服は、防御が鉄壁そうでとっつきにくい印象がある。彼女らは外見の印象に逆らうことなく、気安くまわりを寄せつけない低い声そして厳しい口調で応対している。窓口に立つ半人種たちに対してそれぞれの受付係が「それは己で解決せよ。出口へ」「大公に会わせるまでもない。補佐官が対処する。青色の通路へ」と、ばっさばっさとさばいていく。なかなか大公に会う許可は下さないようだ。
ようやくおれたちの番が回ってきた。ハヤテが真っ先に窓口の前へ立った。
「次。種族と名前と用件を」
「化体族。ハヤテ。王に会う許可をもらいにきた」
厚化粧の受付係は、じろりとハヤテを見上げた。近くで見ると、男性にも見える。「王に会って何をする」
「神に会う。百年懺悔だ」
ダンッ、と受付係が大きな判を紙に押した。「大公との面会を許可する。赤色の通路へ」
おおっ。おれたちの後ろで群衆のどよめきが起こった。




