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31-1:しらせ 【月の日/ケイ(女)】

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 半分開いていた窓を全開にした。丘陵の谷間に位置する太陽が白い空を突き破って強烈な日脚を伸ばす。太陽ってのはつくづく負けん気が強い性質だと思わされる。


 おれは目を閉じて新鮮な空気を吸い込んだ。背後で聞こえるリャムの寝息が激しい。おれ以外の三人はどちらかといえば朝に弱いからおれが最初に起床することが多い。今日もそうだ。


 朝の日課のために両手を合わせる。膨らんだ胸が腕に当たる。てことを島の野郎どもに話したら羨ましがられたことがあったっけ。おれからすれば一日置きにふつうに体についてるものだからありがたみはない。


「ここに懺悔いたします」おれは日課の言葉を口にした。


 父さん。母さん。島のみんな。紆余曲折があったけれど、おれたちは今日、東大陸へ突入する。遠征は追い込み段階に入る。うまくいくよう、レイル島から祈っててくれ。


 懺悔の姿勢を解いた。眩しいから手をかざす。晴れるか雨が降るか、予想が難しい空模様だな。東大陸には宿屋なんてないだろうから、これからはよりいっそう天気に注意しながら移動しなければならない。


 ギッ、とベッドが軋む音がした。後ろを振り向く。黒い頭が起き上がろうとしているところだ。


「ハヤテ。早いな」


 ハヤテは寝惚け眼をおれに向け、ふっと柔和に微笑んだ。「ケイこそ早いね」


 寝起きにつきものの喉の奥に引っ込んだような低い声になっている。それでも爽やかに聞こえるのは月の日ならではだ。


「いよいよ東大陸に上陸だからな。落ち着かないったら」


「うん」


 ハヤテが朝の懺悔を済ませた。ハヤテが着替えてる横でおれは昨晩の食事会についての感想などを一方的に述べた。あの料理がうまかった、あの出し物はすごかった、こんな使用人がいた。相槌を打つハヤテはどこか上の空だった。ほかのことに心を捕らわれているのは明らかだった。やっぱり、昨晩、ノエルと何かあったんだろうな。


 おれ自身はゆうべは存分に楽しませてもらった。宮城の有識者たちは本当に頭がよくて、彼らが展開する知的な会話に夢中になっていた。だから、ハヤテとノエルが二人で消えたことは、いかにも好奇心旺盛そうなおばさん女中がほくほくと告げ口してくるまでまったく気づかなかった。やがてハヤテは一人で宴の場に戻ってきた。えらく張り詰めた雰囲気をまとっていた。おれでさえ気圧されたぐらいだ、だれもハヤテに近づけはしなかった。ハヤテは何も語らなかったしこちらも何も訊かなかった。日をまたぐ前に食事会はお開きとなった。ノエルは最後まで姿を見せなかった。


 二人のあいだで納得のいく決着がついてないのかな、と思う。わだかまりがあるように思う。


 この宿を出た後はエデンを引き取りに宮城を訪ねる。ノエルは見送りに出てきてくれると信じている。この先、ハヤテとノエルの関係がどうなるかはわからないけれども、とりあえず今は未練の残らないいい別れ方をしてほしい。


 ユリアが目を覚ました。


「よう、ユリア。おはよう」


「おはよ……」


 寝起きにしたってずいぶんと気だるそうだ。というか、明らかに機嫌が悪い。兄であるハヤテの背中を追いかけてる奴だ、ハヤテがだれと一緒にいたか、だれと消えたかなんてのは、有能な船乗りが風向きを読むかのごとく把握している。ユリアからすればおもしろくないに決まってるよな。その気持ちが理解できるから、ユリアがへそを曲げてようが小言などいえっこない。からかうこともできない。何もいえない。さっきまでぽんぽんと放出していた雑話が口まわりに鉄柵でも巻かれたように出てこない。ハヤテはハヤテで隙あらば物思いにふける状況に陥ってるから簡単に沈黙ができてしまう。気まずい雰囲気に耐えかねてリャムに助けを求めずにはいられなかった。


「リャム。そろそろ起きろよ。食堂に飯を食いにいこうぜ」


 ゆさゆさと揺さぶり起こした。リャムは活発的だった寝息を止めて、眩しそうに眉間に皺を寄せる。


「メシィ? ゆうべ豪華なもんをたらふく食ったじゃろ」


「昨日満腹だったからって意味がないんだよ。今日は別の体なんだから」


「ああ」


 リャムはもう一度「ああ」と息を吐きながら体をむくりと動かした。そして「くあーっ」と天井に向かって伸びをした。


「ややこしいやっちゃの化体族は。――兄貴。おはようございます。今日も男前ですけえ」


 しゃきっと居住まいを正してハヤテの機嫌をとるような挨拶をした。


「そういうのはまず女の子にいえよな」


「それもそうじゃの。ケイ。今日も乳が絶好調じゃの」


「朝から最低だな」


「馬姫様もさすが兄貴の妹だけあって今日も見目麗しい」


「まったく感情がこもってないわね」ケチをつけるユリア。


 いつもの調子が戻ったみたいでほっとした。


 雰囲気を軽くするリャムがいてくれてよかった。ハヤテもそう思ってることだろう。もしかしたらユリアもリャムがいてくれてよかったと……うーん、そこはどうだろ、思ってるかな。ま、少なくとももう仲間でいることに違和感はないよな。


 それぞれが身支度に取りかかろうとした矢先、ドアを叩く音がした。


「だれだろう。こんな朝っぱらに」おれはドアを見ていった。


 ひっきりなしにつづく。急用だろうか。強めに叩いてはいるようだけど結果として強くはないから、その力具合からしておそらく女性だろう。朝早くからおれたちを訪ねてくる女性っていったら。


「ノエルさんでは」おれが思ったのと同時にリャムが口に出していた。


「まさか」


 といいつつもハヤテがいち早く音のするほうへ歩み寄る。期待が隠せてないぞ。


 なんだかおれがちょっと緊張してきた。ユリアの気持ち、ハヤテの気持ちを想像して、胸がそわつく。


 実際ドアの向こうにノエルが立っている可能性は高いよな。きれいな衣装も装飾品もかなぐり捨てて、あたしも一緒に旅をするわ、っていい出す姿が浮かぶ。もし本当にそういう状況になったら、ハヤテはなんて返事するんだろう。


 ハヤテが戸を開けた。


 ――ぎくりとした。


 自分の瞳がきゅっと締まる感覚がした。おれたちの前に現れたのはノエルではなく、女中のマヤさんだった。面識があるのに警戒心に似たたじろぎを感じてしまったのは、マヤさんの顔面が、血が通わなくなったんじゃないかってくらい蒼白だったからだ。


「ハヤテ様」


 震える声。緊張が走った。


「ノエル様がお亡くなりになりました」

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