24:変様 【月の日/ケイ(女)】
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おれが女に変化する様をノエルは食い入るように見つめていた。ちょっと照れる。
「すごい。感動だわ」
おれ自身は何もしていないけど、ノエルは満面の笑みを浮かべて感激してくれている。おれはベルトを締め直した。腹まわりが細くなるため調整が必要になる。
「ケイ、どう見ても女の子ね。可愛いわ」
「うーん。喜んでいいんだかわかんないんだよなあ」
「可愛いというか芋くさくてガキくさいけえね」リャムが横から口をはさんできた。「それでもチチは――うっ」
「それ以上いったら腹を殴るぞ」
「もうしとるけえ」
乳がどうのこうのいおうとしてたな。ノエルはリャムがおっぱい好きの下衆野郎ってまだ知らないから、下品な発言は封じておかなければならない。
「チチ?」
「いや。父は、おれの父親は、けっこうハンサムなんだ。それよりハヤテを呼ぼうぜ」
なんとかごまかせたかな。
「ユリアは服を着る時間が必要だけど、ハヤテならもう大丈夫だよ」
「ハヤテ。いいわよ」ノエルが呼んだ。
草がこすれる音がし、人影が進み出てきた。火明かりによって姿が浮かび出る。穏やかな表情のハヤテがそこにいる。顔のつくり、体型、髪型など外形を構成するものは昨日とまったく変わっちゃいない。おれたちにとっては日常的なことでも、初見の人にとっては理解に苦しむ瞬間だ。現に鈴を転がすようなノエルの声が表に出てこない。
事情を説明しようとおれは口を開きかけた。その前にノエルが動きだしていた。つかつかとハヤテの前まで歩み、そして両手を伸ばす。ハヤテの胸板をしっかと触る。
「男の、ままよね」
手っ取り早い確かめ方だな。
「ハヤテは外見は変わらないんだ。その代わりに一日ごとに中身が入れ替わる。ほかに例のない特殊な体質の化体族だ。今のハヤテと、さっきまでのハヤテと、どっちが化体なのかはわかってないんだ」
「ふうん」
おれまちがって説明したかな、と思っちゃうほどあっさりとした反応だった。明日の天気を知ったときぐらいの、軽い返事だった。
「ハヤテ。あたしの名前は?」
ハヤテは遠慮がちに「ノエル」と答えた。
「あたしのことや昨日のこと、覚えてるのね」
「うん。記憶は共有しているんだ」
「あら。ずいぶん。……やだ、ごめん。さっきまでとちがいすぎて」
ノエルはくつくつと肩を揺らし、耐えきれずに明るい笑い声を吐き出した。
恐れ入った。龍獣を怖がらないし、今の状況を笑い飛ばせてるし、この女性は腹が据わっている。
足音がした。ブランケットを手にしたユリアが暗がりから出てきた。「あ」とノエルがうれしそうに駆け寄った。
「ノエル。ハヤテの妹のユリアだ」おれは紹介した。
「可愛い妹さんね。ユリアちゃん。よろしくね」
「よろしく……」
ノエルが右手を差し出したが、ユリアはゆきちがうように横を通り過ぎた。
「あたし疲れたから寝る」
ユリアが天幕の中へと入っていった。
「ユリア」ハヤテが後を追って天幕の入口をくぐった。
そんな場景の片隅で、ノエルの右手がゆっくりと下がっていた。
「……ごめんな、ノエル」
ユリアは握手の求めに気づいてて避けたのかもしれない。気づいてなかったにしても、もっと愛想よく相手を迎え入れるべきだった。ということで、いずれにしてもノエルに謝る必要があった。
ノエルは何事もなかったようににこりと微笑んだ。女神かな。
「ケイ。声もやっぱり変わるのね。せっかくだからしゃべり方も女の子らしくしてみたら?」
舵を切ってくれたからおれはその船に乗っかる。
「勘弁してくれよ。本格的なオカマになっちまうよ」
「女の子なんだからオカマじゃないわよ。男も女も経験できるなんてとっても貴重なことなんだから楽しんだらいいのに」
「気が向いたら楽しんでみるよ」
今のところ気が向く日は訪れそうにないが。
「ノエルさんは兄貴の型破りな個性に驚いてなさそうだったの」しばらく傍観していたリャムが口を開いた。
「最初はぽかんとしたけど、すぐに受け入れることができたわ。他人と異なる特徴を授かる人って、いるもの。たまたまハヤテが特別なものを授かっただけよ」
「達観してるね」おれの心の声が出た。
「そんな大層なものじゃないわよ。ハヤテだからすんなり納得したってのもあるわ。ハヤテって、うまくはいえないけれど、特別な何かを持っているのが似合う感じじゃない」
「ノエルさんの特別な男になるのが似合う御人と」
「やあねえ。意味合いを変えないでよ」
ハヤテが戻ってきた。「寝たのか」とおれが訊いたら「うん」との返事。
「ケイとノエルも天幕の中で休んで。僕とリャムは外で筵を敷いて寝るから」
「おれも外でかまわないよ」
体は女になってもおれの心は男。男どもと休んだほうが気が楽だ。
「兄貴」リャムがハヤテを呼んだ。「兄貴たちはこの広い野営場を全然見物してないですけえ、お休み前にノエルさんと散歩でもしてきてはどうですかえ」
ん? また何をいい出すんだこいつは。
「暗くて何も見えないよ」ハヤテがもっともな回答をする。
「時間稼ぎの意味もありますけえ」リャムは声をひそめた。「今は姫様を一人にしてあげたほうがいいのでは」
ハヤテは入口がほとんど閉じられた天幕へ目をやった。
「うらとケイがここで見張りをしときますけえ。お二人は夜の空気を存分に吸ってきてください」
リャムの奴。ぼろ儲けをたくらむ商売人のような物腰になってるぞ。ハヤテとノエルを二人きりにしておもしろがりたいだけじゃないのか。
ノエルがくすっと笑ってハヤテに顔を差し向けた。
「せっかくだから散歩しましょうか。ハヤテが眠くなければだけど」
「眠くはないよ……」
「決まりですけえ。さあさあ、いったいった」
リャムはハヤテにランタンを渡して半ば強制的に送り出した。ハヤテはちょっと戸惑いながらもノエルと顔を見合わせて笑った。そして暗い道を二人で歩きだした。
「ごゆっくりー」
「……リャム。あんまりけしかけるなよ。化体族と人間なんだぞ」
「わかってるけえ。兄貴だってそこは当然わかってるけえ。ただ、毎日遠征ばかりに汗を流しててはひからびてしまうっちゃね。こういうちょっとした華やぎのあるひとときが明日の活力になるんじゃ。息抜きじゃ息抜き」
おれは鼻から息を吐いた。
ハヤテの百年懺悔にかける思いは知ってる。そしておれはハヤテを信頼している。だから、人間の女性と二人きりになっても、そりゃ気持ちがいいことではないけれども、心配はしていない。
気がかりなのはむしろこっちのほうだ。
ひっそり鎮座する天幕。寂寥感が漂ってるのは、中に人が入ってるのに物音がせず、帆布がたわみも揺れもしないせいだ。――お前が元気がないと、寂しげな風景に見えるんだよ。
あいつの笑顔はまわりを明るくする力があるんだから、いつも太陽のように笑っていてほしい。ときには怒ったり生意気いったりしてもいいから、とにかくはつらつとしてるのが合ってるのに。今は意気消沈してるな。
あいつがふて寝するのも、屈託のない可愛い笑顔を取り戻すのも、いつもハヤテに関係することだよな。……腹が立つよ。




