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19:パーティ会議 【太陽の日/ケイ(男)】

- 19 -



「ほーっ。昨晩そんなおもしろい出来事があったんかえ」丈長の切り株にケツを乗せて地面に立っている状態のリャムが、さも楽しそうにいった。


 今日は風があるからリャムの赤いはちまきの先がよくなびく。


「その場にいた身からすればおもしろさなんて微塵も感じなかったぜ」おれはリャムを少し見上げて返した。


 おれが腰掛けてる切り株は低い。さっきまでこの切り株の上で猫が居眠りしていた。猫はおれたちの気配を察知するやすぐに逃げた。


 ここは「十七の巨眼」と呼ばれる区域。(いにしえ)より一つ目の巨人の石像が十七体鎮座している奇怪な場所だ。昨日の夜にミュズチャ領の街を出た後、人けのない野辺で夜を明かし、リャムが「わかりやすいから」と指定していたこの合流地点へと移動してきた。世界の謎を紹介する本か何かに書かれていて記憶の片隅にあった十七体の石像。黄金街道沿いにあるとは知らなかった。ひょんなところでこの目で拝むことができて、沈みかけていた気分を一新できた。


「退屈するよりマシじゃろ。こっちは男も女もしおらしくついてきてたから、つまらなすぎて眠ってしまいそうだったけえ。本部に戻ったら戻ったで総裁に叱られたしのう。――リャム、また勝手なことしやがって」


 総裁を真似たらしいけど下手だったからちょっと笑ってしまった。


「でも最後には総裁は受け入れてくれたけえね。男を舞台に復活させてしこたま稼いでやると燃えてたけえ」


「なんにしても面倒を見てくれるのは助かるよ。ニセ龍獣と元神女の今後の働きぶりに期待だな」


 いななきが届いた。姫が気持ちよさそうに草原を駆けている。十七体の大きな石像に囲まれていて、巨大な一つ目たちに睨まれる場所を、姫様はあえてなのかおかまいなしに走り回っている。福耳団から譲り受けた馬「レン」と、リャムの馬の二頭はのんびりと草を食んでいる。


「それにしてもじいさんの孫娘は案外大胆だったんじゃの。あのおっぱいに迫られてよく耐えたっちゃね、兄貴」リャムは横を向き、エデンとともに足を投げ出して座っているハヤテに話を振った。


「バカかてめえは」ぎろりと射るような眼光を放つハヤテ。


「冗談ですけえ」


「乳がデカくても恥じらいのない女は興が醒めるだろ」


 ん? ……まったく。どこまで本気なんだか。


 リャムは手を叩いて大喜びしている。「最高っちゃね兄貴。昨日のお人好し兄貴とは全然人がちがうけえ、おもしろすぎる」


「月ハヤテならたとえ酔っ払っても乳がどうのこうのいわないもんな」おれはちょっとぼそぼそといった。


「兄貴の恋人は乳がデカくて恥じらいのある女性なんですかえ」


「いねえよ」ハヤテはもったい振ることなく答えた。


「そろそろそういう話をしてくれてもいいかと」


「だからいねえっつうの」


「またまた。あ、それとも一人の女性には縛られない主義で?」


「うるせえゴロツキだ」


 ハヤテは立ち上がって石像のほうへと歩いていく。ちゃんとエデンを連れ立ってくれてありがたい。おれは龍獣をあやせないから。


「兄貴ぃ。いい加減うらの名前を覚えてくださいー」


 月ハヤテが何度も「リャム」と呼んでるんだから太陽ハヤテだって把握してるさ。という説明はわざわざするまでもないよな。リャムもわかっててふざけてるんだろうし。


 くるりとリャムははちまきの正面をおれに向けた。にやにやしている。


「実際どうなんじゃ。うらはなんだかんだで兄貴は一途だと睨んどる。美人な恋人が島におるんじゃろ」


「本当にいないよ」


「へえ、そうなんか。今は遠征に集中するために女断ちしとるんかいな」


「ていうか、ハヤテに女がいた試しがないよ」


 リャムの全身が凍った。「……嘘じゃろ」


「嘘だと思うんならいいさ」


 リャムは素早くハヤテに視線を移し、素早く戻してきた。忙しい奴だ。


「なんでじゃ」


「なんでっていわれてもな」


「兄貴がモテないわけがないっちゃね。まさか兄貴は男が好きなんか。乳がどうのこうのは目眩ましかえ」


「ちがうよ。昔からあいつは女の裸に興味津々だったもの。ただ、恋愛には興味がないみたいなんだ」


「よくわからんね。ふつうそこはつながってるもんじゃろ」


「つながってない奴もいるんじゃないのか。ハーメット領の街でお前がちらっと案内してくれた遊郭だってそんな感じだろ。愛情はなくても異性と触れ合いたい奴がいるからああいう商売が成立するんだろ」


「ははあ。とすると兄貴はそういうタイプか。男らしいのう」


「……どういうタイプを想像してるのか知らないけど、たぶんちがうと思うぞ。あいつはまだ男女の行為ってのは経験がないから」


 リャムはのけぞり、どひぇーと声を上げた。「兄貴がか!? 嘘じゃろ! ええっ。嘘じゃろ! ケイはどう見ても生息子じゃが、兄貴も!?」


「なんだよそれ。……まあ、たしかにおれは十七年間女と縁がないよ」


 リャムは「うん」と先を促す返事をした。少しも引っかからないのは腹が立つな。


「同じくハヤテも女っ気がまったくない。おれよりないぜ。だれかに対してときめいた経験なんて一度もなさそうだし」


「だからそれはなんでなんじゃ」


「おれに訊かれても」


「想像せい」


 えらそうだな。


「予想はあるよ。あいつは生まれたときから化体族の期待を一身に受けてきた。本人も自分がやるんだって自覚をずっと持っていたから女に(うつつ)を抜かしてる暇なんてなかった。ってのがおれの予想。本人に直接訊いたわけじゃなし、真相は本人のみぞ知るってところかな」


「なんで今まで訊いてみなかったんじゃ」


「あいつとそういう話をするのは照れくさくてさ」


「ほーん」リャムは腕を組んだ。


 だれが可愛いとかどんな女の子が好みとか、友達同士で語らって盛り上がるのがふつうなんだろうな。おれの場合は、おれが好きなのはあいつの妹であるユリアってこともあって、色恋の話は切り出しにくい。あいつからもしてこない。


「あいつの恋愛観は不詳だけど、とりあえず男が好きってわけではないのは断言しておくよ。それは長年一緒にいてあり得ないことだってわかる」


「そりゃよかった。今しがた一瞬、兄貴に迫られる自分を想像してしまったけえね」


「何想像してんだよ。……ちなみにどうすんだよ、迫られたら」


「兄貴だったら拒める自信がないき。ちなみにケイ、お前だったら即刻拒否じゃ。女ケイだったらちょいと考えさせてもらおか」


「拒めよ」


 鳥でも眺めてきますーといい残してリャムは木の陰へと消えていった。小便だな。


 おれは空を仰いだ。厚い灰色の雲が広がっている。降りそうだな。


 姫はハヤテとエデンのまわりを元気よく跳び回っている。馬のときでも本体のときでも活発だよな、ユリアは。


 昨日、厩舎の中でユリアが声を上げて泣きだしたとき、おれは茫然としていた。ユリアは泣かない奴だと思っていた。あんなふうに泣くとは思ってなかった。ハヤテはすがりつくユリアをとても自然に抱きとめていた。ユリアはユリアで安心しきって泣きじゃくっていた。あまりにも自然だったから、今までもこんな状況があったのかもな、なんて考えながら傍観していた。そんなおれは、根無し草となって水面に浮いてるようだった。おれはあいつら兄妹と一番仲がよくて、なんなら三人目のきょうだいみたいな感じで多くの時間を共有してきたけど、やっぱりおれが立ち入れない深い心のつながりが、二人にはあるんだな。


 リャムが戻ってくるのとほぼ同時にハヤテたちも引き返してきた。


「バカ話は終わったか」


「バカ話なんてしとりません。兄貴がいかに魅力的かを切々と――」


「それがバカ話っつうんだ。座れ」


 改めて鼎座(ていざ)する。


「ここから先は真っすぐセスヴィナ領を目指す」ハヤテが言明した。


「そうだな。そろそろ、な。肝心の遠征に支障が出ては意味がないもんな」


「ケイ。セスヴィナ領を訪れる目的は覚えてるか」


「もちろん。鳥人族との仲立ちを要請することと、東大陸へ通ずる橋を通らせてもらうこと。この二つだ」


 ハヤテは軽くうなずいた。「人に頼み込むのは好きじゃねえが、こればかりはしょうがねえ。セスヴィナ領の橋は東大陸への唯一の陸路だ。東大陸へ渡ってこいつを野生に戻す必要がある以上、陸路のほかに道はねえしな」


 ハヤテはそばに座るエデンの顎をなでた。龍のようなひげがぴくぴくと動く。


「そして東大陸では鳥人族の助力を得て空の旅へと切り替える。陸路だけで王のもとへ向かうなら一年近くかかるといわれている。非効率は避けるのが鉄則だ」


「一年もかかるならムゲンさんの回復を待ってたほうが早いもんな」


「じゃあ、東大陸に抜けたらまずは鳥人族の住処を目指すんで?」リャムが経路の確認をする。


「その予定だ。大公の御殿より手前に鳥人族の里があるからな」


「大公の御殿……って、一番えらい人を訪ねる用事があるんですかえ。あ、一番えらいといっても神や王などの神族を除いてですが」


 おれが説明しておこう。「王に謁見するには、人間と半人種、両大公の書状が必要になるんだ」


「はあ。そうなんか。面倒なんじゃね」


「神族である王との面会なんだから、そのくらいの手順は踏まないとな」


「西大陸の、つまり人間の大公の書状はムゲンの兄貴がもらってきてくれた」ハヤテはベルトポーチから巻物を取り出した。「この書状を島に持ち帰る途中でお前の仲間に襲われたんだ」


 こんこんとリャムの頭が巻物で(はた)かれた。リャムはばつが悪そうに「すんません」と詫びを入れた。


 ハヤテは巻物をベルトポーチにしまいながら腰を上げた。剣を鞘に収めてるようにも見える仕草だった。


「雨が降ってきそうだ。さっさと()つぞ」

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