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11-3:追い込まれる

「何よ。どっちみちけんかを吹っかけるんじゃない」


「当たり前じゃ。散歩しにきたわけじゃないき」


 やはり福耳団は昨晩の借りを返さなければ気が済まないらしい。僕たちとしては相手にするわけにはいかない。逃げるしかない。それしかないのだが、今から僕たち三人がランとリンにまたがって駆けだすのは最低でも五秒は必要。その間に絶対に阻止される。まずは自然な形で騎乗しなければ。


 僕は提案する。「場所を移しませんか。ここでは街の人たちに迷惑をかけてしまいます」


「そんなん知るか」眼帯の男が唾を吐くようにいった。


「何人かの人たちがずっと様子を窺っています」


 ここからある程度離れている道のほとりで、目の子勘定にして五人の人間が棒立ちになり、不安げにこちらを凝望している。きなくささを感じた近隣の住民が事の成り行きを静観している、といったあたりか。


「僕たちの顔もしっかり覚えたことでしょう。このまま保安局に情報が渡れば似顔絵付きで追われる事態になるかもしれません」


 私情による小競り合いに対して保安局がどこまで動いてくれるかは不明だが、こんなのはいった者勝ちだ。


 見物人たちは注目していた集団に急に注目されて戸惑いを隠しきれず、うろうろし始めた。


「たしかに、目立つのは、避ける、べき」


「チッ。鬱陶しいな。追い払え」


「わかった」


 褐色肌の男は背負っていた矢筒から矢を抜き取って素早く弓にあてがい、きりきりと弦を引き絞った。矢面となった見物人たちが悲鳴を上げる。


「ちょっと!」ユリアが叫んだ。


 僕たちが彼を止めようと動きだした直後。(やじり)の位置がすっとずれて標的が変わった。その狙いがわかった瞬間には無残にも矢は褐色肌の男の手から放たれていて、そうして体の大きな男によって威力を得たその矢はすとっとランの(でん)部にめり込んだ。


「ラン!」


 ランはいなないた。棹立ちとなった馬体は勢い余って仰向けに転倒した。つられてリンも精神が乱れ、後ろ脚を蹴り上げて飛び跳ねた。二頭はケイとユリアの手綱を振りきり、錯乱状態のまま野原のほうへと走っていった。


「ラン! リン!」


 ユリアが名前を呼ぶも、二頭は減速することなく茂みの奥へと消え去ってしまった。


「二匹目、撃つ前に、逃げた」褐色肌の男はかまえていた弓矢を解除した。


「邪魔者はいなくなったからよしとしよう。人を射んとせばまず馬を射よ。ふん。まさしくだな」


「これで逃げられなくなったけえのう」


 四人組の中でもよくしゃべる眼帯の男とはちまきの男が煽ってくる。


「あんたら……よくもやったわね!」


「よせ」


 いきり立つユリアをケイが腕をつかんで制した。


「妹さんは闘志があるけえね」はちまきの男が笑みを浮かべていう。「兄さんと男女(おとこおんな)は泣き寝入りかえ」


 周囲がざわざわとしてきた。悲鳴やら馬のいななきやらが続出すれば人が集まってくるのも当然だ。


「望みどおり移動してやらあ。さっさとこい」




 黄金街道を南下する。福耳団の四人組は物陰に停めていた荷馬車を率いての移動。僕たちは彼らに見張られながら歩く。さすがに後をつけてくる人間はいなかった。


 寂寞とした窪地で、再び四方を囲まれた。


「予定変更じゃ。てめえら三人、福耳団の本部にきてもらうけえ」はちまきの男が肩をそびやかしていった。


 ここまでくる途中で福耳団が何やら話し合いをしていたのは気づいていたが、荷馬車の音でよく聞こえなかった。そのことについてだったのか。


「考えてみりゃめったにない機会だ。化体する瞬間を見せてもらおうじゃねえか」


「兄さんが本当に性格が反転するタイプの化体族なのかも確かめんといかんね。もしかしたらこっちを油断させる演技かもしれんからの」


「それか、ただの、二重人格、かも」


 二重人格。たしかに世の中にはそういう症状を抱えている人がいると聞く。人格が交代する点では同じだけれども、僕は複数の理由からそういった症状の持ち主ではないと判断されている。


「というわけで福耳団の本部へと案内してやる。馬と荷物を失ってどうせいく当てもねえだろ。さっさと荷台に乗りやがれ」


「拒否した場合はどうしますか」僕は一応尋ねてみた。


「力尽くで連れてくしかねえだろうなあ」


「従うか戦うか。好きなほうを選んだらいいけえ」はちまきの男がふんぞり返った。


「なんであんたらに二択を迫られなきゃいけなのよ。どっちもお断りよ」


「わがままはいかんき」


「はあ!? なんでわがままなのよ!」


「ユリア、抑えて」


 理不尽な二択だが、そこをなじっても互いに熱くなってしまうだけだ。


「話し合う時間をくれないか」ケイが訴える。


「早くするんじゃね」


 僕たち三人は額を集めた。


「悪党の巣窟にほいほいついてくのは危険だ」


「うん」僕はケイに同意した。


 敵の人数が増えるばかりか、いろいろな面でこちらが不利になる。


「ハヤテ。戦うならおれはやるぜ。そのために剣があるんだ」


 ケイは腰元の剣の柄を握った。微かに震えるその手を叱咤するかのようにさらにぎゅっと力が込められた。


「あたしももちろん戦うわ」


 ユリアが同じく短剣の柄をつかむ。二人ともふつうの女の子より鍛えてあるとはいえ、福耳団の男たちと間近に接した後だと、どうしても華奢に見える。


「二人を戦わせるわけにはいかない」


「おーおー、かっこいいのう兄さん」


 こちらの会話は筒抜けか。


 ランとリンがいなくなり、逃走という選択項目を失ってしまった今。戦うしか手立てはないのか。矢さえなければどうにかできないこともないんだが。矢が厄介だ。何か、いい方法。いい方法は。


「化体族なあ。そういやこないだの翼竜もありゃ化体族だったろ」


 川の水のように流れていた思考が眼帯の男の発言によって堰き止められた。


 ――翼竜?


「まちがい、ない。人間の言葉、理解、してた」


「あんたたち、ムゲンさんを知ってるの」


「名前なんて知るか」


「翼竜は絶滅種だ」ケイがいいきる。「ムゲンさんしかいない」


「ふん。じゃあムゲンさんなんだろ」


 げらげらと耳障りな笑いが起こった。僕の指先がぴくりと動く。


「ん? どうした兄さんよ。何かいいたそうだな」


「翼竜の体に矢の跡がありました。あれは」


「俺、やった」褐色肌の男が悪びれずに明かした。


「やはりそうでしたか」


「正確にはこいつと俺で傷物にした」眼帯の男が割って入った。「福耳団は基本は二人組で行動する。こいつが弓矢で撃ち落とし、俺が剣で斬りつけてやったのよ」


「そうですか」


 この二人だったのか。この二人に襲われたために、ムゲンさんは遠征に出られなくなった。


「ケイ、ユリア。離れてて。絶対に手は出さないで」


「ハヤテ……。一人で戦う気か」


「戦う理由ができたんだ。ランとリン、そして翼竜を傷つけたこと」


「なるほど」総髪の男が口を開いた。「あんさんのいってた恨みとは翼竜のことか」


「ならば相手になってやるっちゃね」


 福耳団の四人はそれぞれ微妙に位置を変えた。陣形みたいなものがあるのかもしれない。


「こちらは僕一人ですので、彼女たちは退避させます」


「どうでもいいけえ。あんさんの戦力が減るだけだからの」総髪の男が本当に興味がなさそうにいった。


 僕はケイとユリアを見やった。「二人とも。なるべく遠くへ」


「……あ、ああ。まかせた」


 ケイが身をひるがえして小走りする。ユリアは動かない。気づいたケイが振り返った。


「ユリア、こい。ハヤテのいうとおりにするんだ」


 ユリアは唇を固く結び、僕に一瞥を投げた後、くるりと背を向けてとことこと歩き始めた。


 ふん、と福耳団のだれかが軽く鼻息をついた。


「元々はリャムとソドキが持ってきたけんかだ。先にやり合えばいい。兄さんが勝てたら俺たちが相手になってやる」眼帯の男は薄ら笑いを浮かべて後ずさった。


 まあ、四人一遍より二人ずつのほうが負担が軽くなるので、ありがたい話ではある。


「なんつってなあ」


 楽しそうに語尾を上げていうなり眼帯の男は駆けだした。ユリアのほうに向かっている。まずい、襲う気か。ユリアは異変に気づくも逃げない。ユリアのことだからこのまま立ち向かうつもりだ、熊と仔鹿くらい体格がちがうってのに。僕があの男を止めなければ。僕が捕まえる。ユリアには指一本触れさせない!


「ハヤテ後ろッ!!」


 怒号のごときケイの叫びを耳にするが早いか背中に変な感じを覚え、前進していた僕の体が反射的に急停止した。


 後ろを振り向く。褐色肌の男が弓を手にしていたが、それより印象的だったのは僕が体を後方にねじっているあいだに視界の端に映っていた矢羽。僕と同じ速さそして同じ軌道で僕の体の一部のように振れていた。


 刺さってる、と認識した瞬間に恐ろしく鋭い痛みが走った。


「毒矢。すぐ、眠くなる」


 しまった。


「毒矢ですって!?」


「なんだってそんなもん……。ハヤテ!」


 どくどくと鼓動が高鳴る。耳の横に心臓があるかのようだ。毒矢の作用なのか。毒矢と知ったから緊張しているだけか。


「うまい具合に背中に植えつけたな」


 眼帯の男はもうユリアを追ってはいない。本当の狙いは僕だったか。


「あの日はツイてなかったぜ。翼竜という最上級の獲物を発見したときに限って毒矢を持ってなかったんだからな。結局取り逃がしちまって地踏鞴(じたたら)を踏んだもんよ。あれ以来相棒には毒矢を常備させてる。さっそく役に立ったな」


「ランに撃ったのも毒矢なの!?」


「あれ、ふつうの矢。毒矢、もったいない」


「ま、腕に覚えがあったか知らんが」はちまきの男が波打つようにしゃべり始めた。「四人相手に一人で戦おうなんて無謀だったんじゃ。レイル島みたいな閉ざされた孤島では実戦経験すらろくに積めん。経験の浅さが無謀さを生み出したんじゃろ。福耳団を知らなかったのも災いしたのう。総括すると田舎者だったのが敗因じゃ」


 足がふらつく。体に力が入らない――。


「お兄ちゃん!」


 ………………あれ? ユリアが地面に平行に立っている。


 いやいや、そんなわけがない。僕が横になっているのか。倒れたことに気づかないなんて。感覚がなくなってきてるんだ……。


「まったく。油断のならねえ……だったな」


「おもしろい……やけえ。そ……も気に入るっちゃね」


 まずい。音が、聞き取れなくなってきている……。意識が遠のいてゆく……。


「連れてけ」


 だめだ……。寝てはだめだ……。ユリアとケイが……危ない……――――。

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