11-2:四人組
「ああ。そいつらだよ」ご主人は断定的に答えた。
「やっぱりあの悪党どもね。昨日の夜にあたしたちのお金を奪おうとして襲ってきたのよ。うまく撒いたと思ったのにしつこく追っかけてきたってわけね」ユリアは乱暴に腕組みをした。
「そうだったのか。相手が悪かったな。ああいう連中とは関わらないようにしなきゃならない」
「最初は親切な人たちなのかなって油断してたんです」ケイが、今日は出っ張ってない喉骨のあたりをつまんでいった。「ハーメット領に訛りがあるって話は聞いたことがなかったから、ハーメット領の奴らだとは思わなくて」
「ハーメット領自体には方言はない。あの男らのしゃべり方は西南部のほうの出だな」
「あ、そっか。ハーメット領には各地からいろんな人間が集まるんでしたね」ケイは渋面を作った。
「問題は彼らがここに現れたことですね。僕たちがここに立ち寄っていると確証を得ている様子でしたか」僕はご主人に問いかけた。
「いや。情報を求めにきただけだった。うちにくる前にも飯屋だの宿屋だのをあたってたみたいだぜ」
「あいつらの場合、確証を得てたら客の部屋まで上がり込んでくるわよ」と、ユリア。
「そうだな」と、ケイ。
一瞬しんと静まった。
「まだ居どころが割れてないにしても」再びケイ。「あちこち聞き込みに回ってるなら、おれたちがこの街にいること自体は把握済みってことか」
「そうだろうね。この街に入ってからけっこうな人数とすれちがった。目撃情報の一つや二つは出ててもおかしくないよ」
「あんたらは馬を引き連れているし地味なわけではないし、そう覚悟しておいたほうがいいだろうな。どうする? 外が真っ暗になるまで待つか? なんなら朝まで部屋を使っててもいいぞ」
ありがたい話だけど泊まることはできない。今さら化体族ですとは告げられない。夜を待つのも得策とは思えない。どのみち今日中に出ていくのなら、街に人けがあるあいだに人々にまぎれて移動したほうが安全だろう。そして視界が利くうちに黄金街道を進み、なるべく遠くを目指す。
「先を急ぐので出発します」僕はケイとユリアを見た。
二人は頭をこくりとした。
「わかった。奴らが去り際に『どこかで待ち伏せするか』って話してたのをちらりと聞いた。額面どおり受け取りゃどこかで待ち伏せしてるだろうから用心するようにな」
「ありがとうございます。こちらのお宿には迷惑をかけないよう尽力します」
「そうしてもらえると助かるよ。くれぐれも気をつけてな」
空の下のほうに集まっている雲に間もなく飲み込まれそうな西日が、まるで悪あがきをしているかのようにぎらぎらと照っている。
僕が先頭になり、ケイがランを、ユリアがリンを引いて通りを歩く。福耳団が尋ねて回っていた影響なのか、ちらちら見てくる街の人が何人かいた。それでもただ視線を向けるだけで話しかけてはこない。福耳団の気配は今のところなし。僕は後ろを振り返り、ケイとユリアと無言のうなずきを交わした。
街の外れの三差路までやってきた。分岐点に『黄金街道』と書かれた道しるべが立てられている。
もうすぐだ。黄金街道にさえ出てしまえば、あとは一気に駆け抜けるだけ。
肩の力を抜き、案内どおりに左に曲がった。
――目に入ってきた光景に足と呼吸が止まりかけた。
突き当たりを横切るように伸びる整備された道――疑いなく黄金街道――の手前に、二人の男が立っていた。昨日の男たちでないのはすぐにわかった。背格好が全然ちがう。けど彼らの肩からは見覚えのある黒いマントが垂れ下がっていた。
「お兄ちゃん」
「しっ。声を出さないで」
さながら黄金街道の番人のごとき二人の男はこちらをじっとねめつけている。両者ともにがっしりとした大きな体躯だ。片方は髪を剃り落として黒い眼帯をしている男。剣を所持している。もう片方はもじゃもじゃ髪で褐色肌の男。弓矢と棍棒を所持。
その黒いマントから彼らは福耳団でまちがいないだろう。
こんなところでたたずんでいる理由はなんなのか。彼らも「にっくき旅人」を探しているんだろうか。だとすればここで引き返したら怪しまれる。彼らが別の用事で居合わせていることを願いながら、このまま何食わぬ顔で通り過ぎるしかない。
声を張らなくても彼らと会話ができるくらいまで隔たりを詰めたとき、眼帯をしている男が斜め後ろに首を動かした。生い茂る草木が遮蔽物となり、何に視線を移したのかはこちらからは確認できない。
「リャム! ソドキ!」眼帯の男が大声を発した。
心がざわっとした。たしか例の二人組はそんな名前だった。
「こいつらか?」
ばたばたと足音を響かせ、滑り込むようにして眼帯の男の横に現れたのは、まぎれもなく昨晩の二人組、ケイの呼び方を真似れば「はちまき男」と「総髪男」だった。
再び顔を合わせることになってしまったか……。ケイとユリア、さらにランとリンさえも少なからず動揺しているのが微妙な息遣いの乱れや歩調の変化から感じ取れた。
「おーおー。やっと会え……ん?」はちまきの男は眉を寄せた。
僕たちは完全に足を止めた。
「どうした」眼帯の男が訊く。
「いや。一瞬顔がちがうような気もしたが、黒髪の男はまちがいないけえ。だが茶髪の腰抜け男が見当たらんね」
「茶髪ならいるじゃねえか」
眼帯の男が親指を立ててケイを指し示した。互いにくだけた口調でいい合ってるあたり同じ組織の同輩なんだろう。
「男いうとるけえ。あれはどう見ても女じゃろ。――まあいいけえ。主に用事があるのは黒髪じゃ。田舎者の旅人はいずれ黄金街道を通ると踏んでいたが、大正解だったの」
「こんな狭苦しい小道で立ち話もなんだ。てめえら街道に出ろ」
眼帯の男の指示で全員が移動した。黄金街道をはさんだ斜向かいにも街につづいているらしき脇道があった。方言をしゃべる二人組は向こう側を見張っていたようだ。ちなみにマントに描かれている福耳の絵は一人一人微妙に形がちがっていた。
福耳団四人に四方を囲まれる形で、僕たち一行は黄金街道のど真ん中に立った。
「リャム。茶髪の女だが」まず最初に会話のきっかけを作ったのは総髪の男だった。「髪の色だけでなく顔のつくりも昨晩の男に似てると思わんか」
「んんー?」はちまきの男が首をひねった。食い入るようにケイを見る。「まあ、似てなくもないが性別がちがうことには話にならんけえ、女装してるわけじゃあるまい、に? ……姉さん、試しにちょいとしゃべってもらえるかえ」
全員の視線がケイに集まった。
「しゃべろといわれましても」ケイはふだんはしないような女性らしい語り口で応じた。
「やーっぱり女の声じゃ。昨晩の男の声とは似ても似つかん」
総髪の男は低くうなった。「編成がちがう。茶髪の男だけでなくあの気性の荒い馬もおらん。代わりに女が二人加わっとる。あんさん、旅仲間の刷新でもしたんか」
そういうことにしておけばケイとユリアだけでもこのごたごたに関わらずに済むかもしれない。嘘をついてみようか、と思ったときだった。
「あいつら、化体族、なのでは」それまでむっつりと閉口していた褐色肌の男が見解を示した。
ほかの三人は「ああ」と合点がいったように目を大きくした。
「なるほどのう。一方が茶髪という共通点があるように、もう一方の女は荒馬と同じ赤毛じゃ」総髪の男が分析した。
「化体族はレイル島に棲息してるんだったの。あんな孤島に住んどれば福耳団を知らんのも納得がいくけえ」
「いい返してこねえな。こいつらはヘンタイ族でまちがいないな」
「化体族よ!」ユリアが眼帯の男に噛みついた。
福耳団はどっと笑った。
「そうかそうか。教えてくれてありがとうよ姉ちゃん」
「やはり、化体族、だった」褐色肌の男がいった。
「じゃあ姉さんが暴れ馬で」はちまきの男はユリアを見、次にケイを見た。「こっちの姉さんがお漏らし男でいいんじゃね?」
ケイははちまきの男をきっと睨んで「漏らしてないだろ」と撥ね返した。
「落着」はちまきの男はゲームにでも勝ったような得意げな顔だ。「だから昨晩は宿に入れなかったっちゅうわけか。昼間のうちに休むとは考えたもんじゃのう」
「なんで人間のあんさんが化体族なんかとつるんどるんじゃ」総髪の男が難解な書物でも読んでいるときのような目を僕に向けてきた。
「ちょっと! あたしのお兄ちゃんはれっきとした化体族よ」
「嘘はいかん。昨日と見てくれが変わっとらんけえ」
「見た目が変わらない化体族もいるのよ」
これには福耳団の全員が驚きの顔を見せた。
「ほう。そりゃ運がいいのう。いや、半人種なのに何も能力がないのは不幸か」はちまきの男がにやけながら同情するという一種の挑発を仕掛けた。見ていたら見返してきた。「さっきから黙りこくってるが昨日の威勢はどうしたんじゃ。てめえに会いにきてやってんだからもっと吠えてくれんとつまらんき」
「無関係の領内で騒ぎを起こすわけにはいきませんので」
「あん? 今日はずいぶん雰囲気がちがうけえの」
「外見じゃなくて中身が変わる化体族だったりしてな」
「そうです」と告げると、彼ら福耳団は各人各様の反応を見せた。
「突然変異か。どんな生き物にもいるもんなんだな」眼帯の男は、驚きつつもわけ知り顔。
「いわれてみれば昨晩と顔つきがちがうけえ。もっと人相は悪かった。だから再会した直後にちょいと迷ってしまったんじゃ」はちまきの男は得心した様子。
「性格が変われば顔も変わってくるとは興味深い話じゃ」理知的なのは総髪の男。
「おもしろい。いい、みやげ話、できた」褐色肌の男は無表情で訥々といった。どうやらこういうしゃべり方の人らしい。
「さっさとこのガキどもを片付けて報告にいこうぜ」
彼らが一つにまとまる前に頭を下げた。「昨日は少々やりすぎました。僕自身が仕出かしたことですので、お願いするのはおこがましいのですが、どうか穏便に解決できる方法を望みます」
頭を上げた。福耳団の面々に失望の色が見て取れた。
「けっ。血の気の多いガキと聞いてきたのにがっかりだぜ」
「ずいぶんと腑抜けたもんじゃ。自信満々な鼻っ柱をへし折ってやりたかったのに覇気の欠けらも残ってないとはの。愉しみを台無しにした報いを受けてもらうっちゃね」はちまきの男がばきばきと指を鳴らした。




