11-1:忍びやかに 【月の日/ハヤテ】
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「まったく。最低な一日だったわね」
0時を過ぎ、馬から本体に戻ったユリアがため息混じりにこぼした。
「コペデカ村に入れば差別されまくって、村から出ればろくでもない連中に絡まれて。いろんなものを消耗したわ。ランとリンも疲れたでしょ」
ユリアは馬二頭を同時になでた。身を隠すために明かりは灯していないが、暗さに目が慣れたのでそれぞれの動きは見えている。
僕はそばに置いていた背嚢から、敷物として使う筵を取り出した。「なんとか事なきを得たね。あとはできるだけ体を休めよう」
今いる場所についてわかっているのは、人里離れたどこかの原野であること。そして大きな岩があって粗方の方向から目隠ししてくれていること。くらいだ。
夜のとばりがおりているうちはこの場所に身をひそめる。日がのぼったらまずは現在地の把握にかかろう。
「悪い……。おれ、逃げるだけで、何もできなかった」横でうずくまっているケイが力なくつぶやいた。ここに着いてから元気がない。
「カレは戦いたがっていたけど、僕はケイの判断が正解だったと思ってるよ。あの場から離れること以上の良策はないよ」
「……救われるよ」
危険を冒すなといろんな人から散々注意喚起されてきたのに手を出してしまった。カレは敵と剣を向かい合わせているあいだ、血が躍っていた。恐怖なんて無関係だった。わくわくの感情さえあった。カレは自分の力を試したがっているんだ。
「一瞬でもあいつらを保安局の人間と思ってしまった自分が恥ずかしいぜ。はちまき男と総髪男。あいつら手練れの盗賊だ」
「福耳団だっけ。ダッサい名前よね」ユリアが腐した。
「組織に所属してるってことはもっと仲間がいるんだよな。ハーメット領中に幅を利かせてるような物いいだったし、目をつけられたら厄介だぞ。もう会うことがなければいいんだけどな」
さっきの場所を離れる際に相手は「ただで済むと思うな」と息巻いていた。あの剣幕からして、僕たちに報復しようと探し歩くことが予想される。土地勘のない僕たちは、さっきの場所からどれだけ距離を稼げたか明らかにできてない。逃げてるあいだは暗がりで方位磁針を読み取ってる暇なんてなかったし、とりあえず前へつづく道をひたすらに進んできただけだ。なんとなく黄金街道から遠ざかった感じはするけれど、遠くまで逃げたつもりで案外周囲をさまよっている状況もあり得る。勘に頼らずにあらゆる可能性を考えなければならない。たとえばあの二人が僕たちを見つける可能性もだ。向こうは馬を持っていなかったけれど、今夜中に僕たちに追いつかない確証なんてない。
「念のために見張っておくから、ケイとユリアは寝てて」
「……女の体じゃますます非力だ。お前に頼ることにするよ」
「もうっ。じめじめしてんじゃないわよ」
「いてっ」
ユリアがケイの背中をばしっと叩いた。実際痛そうだった。
「あんたがお兄ちゃんほどの活躍ができるなんて思ってないわ。期待してないんだから失望もしてない。がっくりしてんのはあんただけよ」
「お、おう」
少々手厳しいがユリアなりの励ましだ。
それぞれ筵を敷いてケイとユリアは横になった。
僕は柔軟体操や考え事をして時間を潰した。退屈ではなかった。一人の時間は苦ではない。太陽の日すなわちカレが表に出ている日は、僕は何も考えることができない。その結果、月の日になると、僕の意識が目覚めるとともに前日の記憶やカレの思考が湧き水のようにあふれる。それはなかなかに頭を使う。運動をして頭をすっきりさせたり、胸の内を掘り下げて思考を整理するためにも、一人で過ごす時間は大切だ。
空が白み始めた頃にケイが見張りを交替しようと声をかけてくれた。さすがに目がしょぼしょぼしてきたので仮眠をとることにした。
起き上がったらケイもユリアもすでに身支度は完了していた。灰色の雲が太陽を覆っている。薄暗い朝だ。
「二時間しか寝てないけど大丈夫か」
「うん。ケイもほとんど寝てないよね」
「実は、あの二人組が気になって、眠れなかったんだ」
「あたしはいろいろとむしゃくしゃして悪い夢を見たから早く目が覚めちゃったわ」ユリアが一息にいった。
「みんな十分に休息できてないね。体調を整えるのは基本中の基本だから、だるく感じるようならもう少し体を休めたほうがいいと思うけど、どうしようか」
「ここでは寝つけそうにないから、おれは早く移動してしまいたいな」
「あたしも大丈夫」
出発することで決着がついた。
とりあえず野路をいく。やっとこさ見かけた人に声をかけ、地図を広げながら現在の位置を尋ねる。マユウ領の南に隣接するカーザノ領の僻地だと知る。僕たちの進路となる黄金街道からはやはり離れていた。旅人さん豪快に迷ったね、と声をかけた人からからかわれた。
教えてもらった黄金街道までの経路を辿る。ユリアが本体になる月の日には、馬は二頭になる。ランとリンの二頭は荷物も運ぶことになるので、負担がかからないよう、足場の悪い山道はランとリンには乗らず、手綱を引いて歩く。
ケイとユリアは口数がかなり減っている。心なしか足取りが重い。
空を見上げる。降りだしそうだ。さてどうしたものかと思い巡らせていたとき、ユリアがふああっとあくびをした。
「ユリア。お前もやっぱり眠たいんだろ」
「お前もってことは、ケイもでしょ」
「うん。野宿は襲撃がちらつくから無理だけど、建物に守られたベッドでなら熟睡できる自信があるぜ」
「正直にいうと僕もそうだね」
僕とケイと顔を見合わせて笑った。
「なあ、街へいって夜まで休憩させてもらおうか。夜までなら化体族であることをわざわざ明かす必要はないだろ」
僕は喉を伸ばした。「いい考えだね」
例の二人組が僕たちを探していると仮定して、彼らがどう動くか、いつどこに現れるかなんて読めるはずがない。急いだところで会わずに済むとは限らない。だったら、注意力が散漫な状態で歩き回るよりは、思いきって足を止めてしっかりした状態を作り出したほうがいい。
「いくのはもちろんマユウ領じゃなくカーザノ領の街な。ついでに水を分けてもらって飯屋にも寄れたらいいな」
マユウ領の村では痛い目を見た。新しく入るカーザノ領に希望を託す。
ユリアが両手を叩き合わせた。「そうだわ。これからは夜に行動して昼に休めばいいんだわ」
「おいおい、話が飛躍したな。昨晩の奴らみたいなのがうろついてるんだぞ。夜に動き回るのは危険だ」
「どのみち宿に泊まれなければ野外で朝を待つしかないのよ。だったら眠ってるよりも起きていたほうが怪しい奴が近づいてきても対処できるわ」
「怪しい奴以前に、足元すら見えないだろ。昨晩のはちまき男みたいに崖から足を滑らすかもしれないぞ。暗くて迷いやすいし、夜は効率が悪いだけだ。なあ、ハヤテ」
うん、と僕はケイに同意した。「ユリアの意見も一理あるけれど、僕も夜に動くのはひかえるべきだと思う。日中に休むのは今日だけにして、次からはどうにか宿に一晩泊めてもらえる方法を考えたほうがいいんじゃないかな」
「お兄ちゃんがそういうならそうね」
「ハヤテには全幅の信頼を寄せてるんだな。反抗するよりはマシだけどさ」ケイが両手を頭の後ろで組んだ。「しかし夜に活動時間を移すなんて発想、ふつうなら湧かないよな。ふつう怖いだろ」
ユリアは「あ」と、道端に蛙でも見つけたような声を発した。
「なんだよ突然」
「小さい用事してくるわ。待ってて」
ユリアは草むらへと走った。遠回しなようで明け透けな表現にケイはぽかんとしたのち、笑うしかないというような表情を浮かべた。
「やっぱりユリアはふつうの女の子とはちがうよな」
今度は僕が苦笑した。
「おじさんとおばさんはふつうというか、けっこうひかえめな人たちなのに不思議だよな。あ、でも」ケイは指を弾いて音を鳴らした。「サユリおばさんも若い頃はおてんばだったみたいなこと、領長がいってたな」
「いってたね」
覚えてる。ケイと二人で翼竜のけがの具合を確かめにいったときだ。突然現場に現れたユリアは領長に遠征いきを志願し、許可を得るや否や今度は母さんの説得をしに一目散に帰っていった。気ぜわしいユリアを領長はこう評した。母親譲りの猪突猛進型だ、と。母さんがそういう型に分類されるのは違和感があった。僕が見てきた母さんは、そういった型とは逆側の型に分類される人だったからだ。
「あのときの領長、本当はいうつもりなかったのに口を滑らせてしまったって感じだったよな。焦ってたようだし、すぐに話題を変えたし。おばさんの今のまじめな印象を崩したくなかったんだろうな」
そうなんだろうか。領長がそこまで気を遣う必要があるのかな。
「母さんの印象が崩れて何が困るんだろう」
「お前のためだろ。ほら、自分の母親やばあちゃんがきゃあきゃあるんるんしてる姿なんて、おれたちからすれば想像したくもないだろ」
茶目っ気のある回答に吹き出してしまった。「たしかに。ちょっと恥ずかしくなるね」
「領長も男だからな。そういう男心がわかるんだろ」
完全に同意というわけではなかったけれど、ほかに理由が見つからないので僕はうなずいた。
「ま、おてんばくらいなら悪いことでもないし、いいじゃないか。領長だって昔は航海士のクオグリスさんみたいなハンサム男だったらしいしな。意外な過去を持ってる大人は割といるもんだ」
実際のところ母さんが意外な過去を持っているのかどうか定かではない。僕の家では過去に触れてはいけない雰囲気がある。だから件の領長の発言を受けてもその真偽を親に問うことはなかった。
父さんは流れに身をまかせているだけで特にこだわりはなさそうだが、とにかく母さんが過去を熱心に防御している気配がある。踏み込まれたくない陣地のようなものが母さんにはある気がする。その陣地には、たとえ僕たち家族でさえも近づけない感じがする。そういう秘密主義者に見える部分が関わってか母さんは人付き合いはうまくなく、ともすると家にこもりがちになってしまう。ユリアの性向とは似ても似つかないのだ。もし若い頃にユリアみたいな活発な性格だったのなら、今日の性格に至るまで何かしらのきっかけがあったと推測するが、それほどのきっかけの中には暗澹たる何かが内在している気がしてならず、知るのはなんだか怖く、それなら別に知らなくてもいいという思考に落ち着く。
ユリアが戻ってきた。街に向けて再出発した。
何事もなくカーザノ領の中心街に到着。働く人や通行人が程よくいる。
裏通り沿いの宿屋に掛け合ってみた。気のいいご主人で、本来は日中だけの休憩は取り扱っていないものの、空いてる部屋を安価で提供してくれた。余っているからとパンまで分けてくれた。昨日は宿屋で辛辣な対応を受けていただけに、優しさが身に沁みる。
「あんたら。何か仕出かしたのか」
夕方に起床して一階のカウンターまでおりていったら、ご主人が怪訝な顔で問いかけてきた。
「一時間ほど前に福耳団の連中がここにきたんだ。にっくき旅人を探していると、そりゃえらく不穏な様子でのたまっていたよ。少し話を聞いたが、きっとあんたらのことだ」
福耳団。まちがいなく僕たちのことだ。横でケイが低くうなった。
「ここで騒ぎなんざごめんだから知らぬ存ぜぬで通しておいた」
「おじさん。それって『けえ』とか『じゃ』とかよく使う男二人組だった?」ユリアが尋ねた。




