表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/181

8-2:西大陸上陸

「なんかさっきから淡泊ね。お兄ちゃんかあの人、いずれどっちかが自分が化体だって知って、そして、いなくなっちゃうのよ。ケイは心苦しくないわけ」


 論点があっちこっちにそれてるけど、結局ユリアの根幹にあるのはその問題なんだよな。


「心苦しくないわけじゃない。どちらかがいなくなるのは寂しいから、できれば両方消えてほしくない。でも、周囲がどう憂いたって、大事なのはハヤテ本人の意思だ。片方が消える可能性なんて本人はとうの昔に気づいてたさ。それでもハヤテはだれよりも遠征に出たがっていた。一度も遠征に拒否を示さなかった。人間になりたがってるんだよ」


 自分でしゃべりながら自分の言葉になるほどと思う。おぼろげだった思考が口の外に出ることで鮮明になる。


「おれは本人の望むようにさせてあげたい。それが最良の道だと思ってる。たとえどんな結果になろうとも、その結果を受け入れるのが、まわりの奴らの役割なんじゃないかな」


 鬱陶しそうな顔をしていたらこの辺で止めておこう、と思ってユリアを見たら、ユリアはこっちに背中を向けていた。もう一言付け足す。


「月の日のハヤテが本体でも、太陽の日のハヤテが本体でも、ハヤテはハヤテだ。お前の兄貴に変わりはない。だろ」


 だろ、と何かしらの反応を求めるいい方をしただけに反応があったはあった。くぐもった声での「そうね」という返事だった。


 予想以上に覇気がないな。ふだんははつらつとしているだけにユリアにしんみりと同意されると雨に濡れた野良犬を発見したときみたいに憐憫(れんびん)の情が湧いてくる。


「元気出せよ。両方とも残る可能性だって捨てきれないんだからさ。どちらかの人格が必ず消えるって神様が明言したわけじゃないんだし」


 バッと勢いよく寝返りを打つユリア。「そういえばそうよね。あんたいいこというわね」


 とたんに声が明るくなった。表情も生き生きしている。わかりやすい奴だ。


「そもそもハヤテみたいな化体族が生まれるなんて島民はだれ一人予想していなかったんだからさ、何が起こるかなんてわからないさ。未来を決めつけて悲観するのは損だぜ」


 ユリアは「そうよね」と軽やかな面持ちでいう。根は素直な子なんだよな。


「安心したら眠気が襲ってきたわ。おやすみ」


「いきなり寝るのかよ」


 えらい間合いだな。ふつうもう少し話をしてから自然な流れで会話を終わらせるってのに。ぶった切ったな。


「まあいいや。おやすみぃー」おれは口を尖らせていってやった。


 ユリアは早くも姿勢を上向きに正して目を閉じている。おれは独り言になるとわかってつぶやく。


「まったく。この兄妹は」


 兄からも妹からも反応がなかった。ふっと笑いが込み上げてきた。まったく、この兄妹は。ハヤテとユリア、特に仲のいいこの二人との旅も悪くないな。何が起こるかわからない遠征だけど、貴重な経験と思って、旅を楽しむぐらいの気持ちでやっていこう。


 寝不足だってのに、そわそわしてろくに寝つけないまま、夜が過ぎた。




「着いたわ!」


 ユリアは船の手摺りから身を乗り出して歓喜の声を上げた。


 からりと晴れた好天の下、予定時刻より大きく遅れることなく無事にカルターポ港に着船した。いよいよ西大陸に上陸だ。


 波止場には、これから搭載するのかそれとも海を渡って持ち込まれたのか、何段にも積み重ねられた荷物が至るところに置かれている。人の数も多い。水夫や商人らしき人々が集い、彼らの声や馬車を引く音が小気味いい程度ににぎわしい。同じ船着き場でもレイル島とはちがう雰囲気が漂っている。胸からせり上がるわくわくがおれの口角と頬を持ち上げる。


 下船前に、船倉にて荷おろしの作業を手伝うことになった。レイル島では男性しか手伝えないからユリアはここぞとばかりに張りきって「この包みは運ぶの?」「これはだれに渡せばいいの」と訊きまくり、そんなユリアに甲板長が言葉をかけた。


「今朝から思ってたけどよ。姉ちゃん。俺らとふつうに会話してるけどいいのか。島以外の異性とは口を利いちゃいけねえしきたりだろ」


「島を出たらそんなの守ってられないわよ」ユリアは澄まし顔で答えた。


「領長から遠征中は解禁していいといわれています」妹の脇で(こり)をかついでいるハヤテが説明した。


「そうか。ま、そらそうだよな。この先男女問わずいろんな人間と接するのは避けて通れないもんな」


 おれは口入れする。「ユリアにとってはしきたりなんてあってないようなものだったろ。島にいるときもマルコスさんに平然と話しかけちゃってたし」


「領長が見てなけりゃいいのよ。クソみたいな決まり事だわ」


 話を聞いていた船員たちは豪快に笑った。


「おもしれえ姉ちゃんだ」


「ユリア。クソはやめたほうがいいよ」


 ハヤテにたしなめられてユリアは申しわけなさそうに肩をすくめた。兄に対してだけしおらしいってどういうことだよ。


「いやー、それにしても兄ちゃんは本当に別人みてえに性格が変わっちまうな」甲板長がハヤテにいった。「見た目はそのままだから混乱しちまいそうだぜ」


「見た目が変わらないのは人間と同じことになりますが」微苦笑を浮かべるハヤテ。


「ははは。そらそうなんだけどな。――よし。積荷の運び出しはこんなもんだ。兄ちゃんたちの馬と荷物を船からおろしてくれ」




 領長からあずかった二頭の乗用馬「ラン」と「リン」を引いて下船した。


「よっしゃあ。上陸したぞー」おれは自然と声が出た。


 遠かった西大陸の大地を今この足で踏んでいる。大望実現への第一歩を果たしたんだ。おれの後ろで今まさに上陸したばかりの兄妹は瞳を輝かせてるだろうな――と顧みたら妹のほうが険しい顔つきで鞄をのぞき込んでいた。


(くし)と手鏡が入ってない! 探してくるわ」


 ユリアは船へと引き返していった。感慨もへったくれもないな。ハヤテが「僕も見てくるよ」と後を追った。兄は大変だな。


 地上におりてみると改めて多くの人がいき交っているのがわかる。おれはランに背負ってもらっている背嚢(はいのう)に触れた。背嚢の外側には(むしろ)飯盒(はんごう)などが紐で縛着されていて、内側には衣服にまぎれて小型の絨毯が収納されている。レイル島の絨毯は高値がつくからお金に困ったら売りなさいと領長が持たせてくれた。遠征資金となる大事な物。厳重に管理しないとな。


 と、そのときだった。


「ダイモン」


 その瞬間、何かを考えたり感じたりする前におれは振り向くという行動をとっていた。喧噪の中から生じただれかの一言によっておれの意識はその呼び声がした方向へ導かれてしまっていた。そうしてこの目が捉えたのは船乗りらしき二人の青年が落ち合って談笑している姿。彼らが話している内容はまわりの音に邪魔されて微妙にしか聞き取れないが、わずかに届く声から判断するに彼らのうちの片方が呼び声を上げたのはまちがいなかった。もう片方が「ダイモン」さんということか。


「どうした姉ちゃん。いや、本当は兄ちゃん」近くに立っていた甲板長が話しかけてきた。


 おれが甲板長に顔を向けるのと入れ替わりに甲板長はおれが見ていた方向に視線を移したが、取り立てて注目するものがないためかきょろきょろと目玉の位置が定まらないでいる。


「何かあったのか」


 今おれが返すにふさわしい答えは一つだけだ。「なんでもないです」


 甲板長は小首をかしげるも「そうか」と区切りをつけてほかの船員と話し始めた。おれは少しうつむき、背嚢をつかむ手に力を込めた。


 ――ダイモン。


 甲板長は聞こえなかったんだ。というより、距離的に耳に届きはしていたはずだが、大半の雑音をそうするように意識下に落とさないで放棄したんだ。化体族ならば聞き流しはしない。できない。化体族にとって「ダイモン」は比類なき重みを持った名前なのだから。


 百年前に天人族と交わり、エデンレイル領の住人を半人種へと変えてしまった罪深き男。その男の名がダイモン。先代の領長の名前を知らない若者はいても、ダイモンの名前だけは全島民が知っている。この百年、だれよりも有名であり、最も語り継がれた名前だけれど、現在レイル島に同じ名を持つ者は一人もいない。皮肉なもんだ。


 ここカルターポ領にダイモンと名付けられてる男がいたとはな。彼の親はエデンレイル領のダイモンのことを知らないんだろうな。甲板長も怪しい。ダイモンという呼びかけにまったく反応しなかったから、もしかして罪深き男の名前を知らないのかもしれない。うちの領長から化体族の歴史を教わったっていってたのに、そこまでは教えてもらってなかったのか。それとも教わったけど忘れてしまったのか。いずれにしてもカルターポ領の人たちの「ダイモン」に対しての抵抗のなさ()いては化体族の歴史についての関心の低さがあらわになった。西大陸では最もレイル島に近い領なのに、なんか複雑だ。


 ユリアとハヤテが戻ってきた。櫛と手鏡は簡易厩舎付近で見つかったとのこと。マルコスさんも船からおりてきておれたち三人の前に立った。


「お前さんたち。船旅ご苦労だったなー。今日はうちに泊まっていくといいー」


「いいんですか」


「もちろんだー。いつもレイル島でもてなしてもらってるからぜひお返しさせてくれー」


「助かります」


「いよいよね。西大陸を突き抜けるわよ!」ユリアは気合い十分だ。


 船員たちが見送りに集まってくれた。


「遠征を無事に終えたら、今度はカルターポ領の酒場で大宴会をしようぜ」甲板長は大輪の笑顔でいった。


 オカマの船員が「今度はあんたらの領長に歌ってもらいましょ」と、太っちょ船員が「旅の最中でもちゃんと食うことが大事っすよ」と、らしい提言をくれた。ほかの船員たちも「がんばってこいよ」「気をつけてな」「神様によろしく」などと声をかけてくれた。


 締めは一等航海士のクオグリスさんだった。


「くれぐれも無茶だけはなさらないでください。皆さんの願いが叶いますよう、祈っています」


 クオグリスさんは最後まで飄々としていて、それでいて温かみも感じさせる人だった。


 おれたちはお礼を告げ、手を振って海の男たちと別れた。


 いい人たちだった。遠征後にぜひこの領で宴会をしたいな。もちろんそのときは、おれたち三人は人間だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ