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63-1:精神の部屋(2)

- 63 -



 目が覚めた。眠っていたようだ。――だれかいる!


「てめえは!」


「君は!」


 声がそろった。()()()が、目の前にいる。同じ動きで立ち上がった。


「おい。おいおいおい。出てきやがったか、月ハヤテ」


「太陽ハヤテ。……まだあたりは暗い、けど、君の姿は見える」


 闇と静けさに包まれている環境は変わっていない。


「ハヤテの体が今、二つある……ってことでいいんだろうか」


「どうなってやがる。これこそまやかしじゃねえのか」


 太陽ハヤテと月ハヤテが、まるで分離したように、同時に存在している。


「神族の見習い……は、いなくなったんだろうか」


「てめえ、神族の見習いを知ったようにいいやがって」


「うん。君が表に出ているときも、僕はすべて見えているからね」


「そんなことは知っている。おい! 神族の見習い! いるのか! いたら返事しろ!」


 返事はない。


「チッ。いるんだかいねえんだかわかりゃしねえ」


「神がいっていた。己とじっくり対話をせよと。だから、君と僕だけにしておいてくれてるのかもしれない」


 互いに向く。己との対話。もう一方のハヤテとの対話。


「下界の奴らが想像すらできねえことが神族はできてしまうと、さっき神族の見習いがいっていた。まさに今この状況がそうだ。てめえと直接会話をする日がくるとはな」


「そうだね。想像なんて、してなかった」


「てめえには直接いいたいことはあった。てめえは強さが足りねえ。積極性が足りねえ。主張が足りねえ。思いきった行動ができず、いいたいことはいわず、不満があっても家族にすらいえずに心に溜め込んでやがる」


「……僕の不満とは、たとえば?」


「お袋が妹にばかり目を向けているのはずっと感じていたんだろ。自分にはどこか気を遣っている。妹には本気でぶつかっている。その差を感じるたびにわだかまりを感じていたんだろ。妹は年下だから、女だから、危なっかしい性格だからかまわれて当然だと自分にいい聞かせる一方で、妹に対して嫉妬することがあった。きょうだいで差をつける母親にときに苛立ってもいた」


「そう……だね。そんなふうに思ってしまった瞬間も、あったかもしれない。今となってみればユリアと僕で差が生まれてしまうのは致し方のないこと。だって僕は、母さんの本当の子じゃなかったんだから」


「そうやってもやもやした感情を閉じ込めておくのがてめえだ。いい奴に見られたくて物分かりのいいふりをしてるのがてめえだ。他人に嫌われることを恐れ、自分を殺し、いい奴ぶってるのがてめえなんだよ。俺はそんな弱っちい奴には虫唾が走る」


 数十秒経った。


「太陽ハヤテ。君はたしかに強い。鼻っ柱が強くて、積極的な性格で、自信があって、度胸がある。いいたいことをはっきりいえる。でも、そんな君だって、心の底では他人に嫌われることを恐れている」


「あ?」


「他人に認めてもらいたいと思っている」


「なんだと」


「君が表に出ているとき、ハヤテと接するレイル島の島民たちは、多かれ少なかれ緊張したり気を遣ったりしている。幼い頃の君はまわりのそういった態度に傷つくこともあった。同年代の子供たちと遊ぼうとしても、彼らは君とは打ち解けてくれない。君を怖がる。どうして友達は自分にだけ遠慮をするのか。どうして同い年のケイのまわりには人が集まるのに自分には寄ってこないのか。ケイとは楽しげにおしゃべりをする彼らは自分には心を開いてくれず、君はそんな経験をするにつけ、心の底では悲しく感じることもあったんだ」


「うるせえ」


「僕にもそんな経験はある。なんせハヤテは特別だとずっといわれてきた。評判というのか、そんな声があるだけで、ハヤテにふつうに接してくることができなくなってしまう人はやっぱりある程度の数はいるんだ。でも僕に向けられる遠慮や緊張なんて軽いもの。君ほどのものではない。君は明らかに僕よりも高いところに上げられてしまっている。それもこれも君の強い性質ゆえだ。君の強い性質は年々顕著になっている。君は、悲しみや不安を、強がることで埋めている。そして他人との心の距離を、強さを認めてもらうことで埋めようとしている。だから君自身、強くあらねばならなぬと、自分を高いところに追い込まなければならなくなったんだ」


「うるせえな」


「ありがたいことに、ハヤテの剣の腕や肉体の強さは、とてもいい評価をもらっている。ハヤテは、僕たちは、だれからも認めてもらえなくなることを恐れて、強くなったというのも、あると思う」


「うるせえんだよ。知ったふうな口を利きやがって」


「知ったふうではなくて、知ってるんだ。お互いにすべて知っている」


「黙りやがれ。それが気持ちわりぃっつってんだクソ野郎が」


 深呼吸をした。相手も深呼吸をした。


「てめえと顔を合わせて対話をしても最悪な気分になるだけだ。腹が立つ」


「僕も正直、愉快ではない。けれど、利点はある。今しゃべったことは自分でも初めて自覚したこと。初めて言葉として出てきて、自分自身がこんな考えを心の奥に持っていたのかって、知ることができた」


「それが今役に立つか? これからについてハヤテの納得する結論を出さなきゃならねえのに、全然結論につながってねえじゃねえか」


「まあ、今の時点では……」


「てめえは化体族をゆるすのか、ゆるさねえのか」


 ――沈黙――。


「ゆるす。君は?」


「ゆるさねえ」


「いや。君は性格上『ゆるす』とは口に出せないだけだ。ゆるさないという判断自体は、君の完全な答えではない」


「てめえに同じ返しをしてやる。てめえは性格上『ゆるさない』とは口に出せねえ野郎だ。ついでに俺が『ゆるさねえ』と答えるのを見越して『ゆるす』といったか」


 じりじりと立っている位置を互いに変える。


「はっ。これではっきりしたな。一つの体に二つの人格は必要ねえ。ハヤテの人格は一つだ。一つが生き残る。俺かてめえか、()()がハヤテの納得する答えを出す。そして化体族の行く末を決める」


「ハヤテには本体も化体もないと、神族の見習いにさっきいわれた」


「どっちが本体なのか決まってねえんなら決めるまでだ」


「……そう」


「わかってるな、月ハヤテ」


「理解している」


「勝負しやがれ」


「君が望むなら仕方ない」


 剣を抜いた。

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