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56-2:対決

 アランは顔色を変えずに再び黒蠍を見る。合わないながらも彼の斜視と目を合わせる。


「そのネイト、だったっけ、そいつとその父親は依頼人じゃないよ。そいつらは駒に使われただけだろうねーえ」黒蠍は声で舞を踊るようないい方をした。


「依頼人はだれだ」


「知らないよ、依頼人の素性なんて。君自身に覚えがあんじゃないのー?」


「近衛兵団の団長ともなれば、敵は多いものだ」


「ふふん。いうね」


「殺しが目的ならば不意に襲えばいいものを。わざわざ対決の形にしようとは」


「僕は相手の生き様を見届けるのさ」


 びゅうと冷えた風が通り抜けた。


「戦ったときに相手のすべてが見えるんだよ。強いも、弱いも。そいつの心根も。どんなに立派に振る舞ってようが、差し詰まったときにそいつの本性が明らかになる。あんなに素晴らしい瞬間はないよ」


「根っからの殺し屋気質のようだ」


 黒蠍は手を上げた。子分が武器を投げた。黒蠍が受け取ったのは、鞘に入った剣。


 アランは周囲を見渡す。手下の三人。図体はそれなりに大きいのもいるが、ものの数ではない。ろくな武器も持っていない。


「そいつらは手出ししないから安心していいよ」黒蠍がアランの心を読むかのようにいった。「そいつらは獲物が逃げないよう()になってるのと、遺体の処理と、僕の勇姿を見物するのが仕事だから。手出しされたらかえって邪魔になるんだよ」


 子分の一人が唾を飲み込んだ。


「本当は(やり)を持ってきてもよかったんだけどさー。相手が君だから剣にしておいたよ。君は剣術の大会で名声を上げてたんだろ、漆黒のバンダナ」


 アランは少し昔に思いを馳せた。近衛兵団に入団する前は各地の大会で賞金を稼いでいた。貧しい中でなんとか生活するためだった。多くの大会に顔を出しているうちに、いつからか漆黒のバンダナの異名で人々に知られることになった。この呼ばれ方は当時の血気盛んで恐れを知らなかった自分を思い出し、ほんのわずかだけ笑いたくなるような、もちろん愉快な笑いではないが、そんな気持ちになる。


「ずいぶんな余裕だ」アランは黒蠍のあえての剣の使用について言及した。


 黒蠍はきしきしと笑った。「そうだね。自信がある。僕は運がいいんだ」


「運に頼ると足を取られる」


「君がこの地にやってきたこと。それがもう、天がまた僕の味方をしてくれた証さ」黒蠍は鞘から剣を引っこ抜き、鞘を地面に放り投げた。


 アランも剣を抜く。


「――いくよ」


 黒蠍は向かってきた。小柄な体を冷涼な風に乗せるかのように軽い。そして速い。


 アランは黒蠍の攻撃を剣で受け止めた。角度を変えて打ち込んでくる攻撃を受け流す。相手はむだな力が入っていない。狙う線の勘の鋭さを感じる。


 アランが攻めに転じた。相手は受け側になってもその軽妙さを失わない。これといった隙を見せない。自信ははったりではないのだとアランは理解する。


 砦の廃墟を二者は打ち合いながら移動する。


 カキンと鋭い金属音が響いた。互いに力が入った一打の後で(つば)ぜり合いとなった。両者は同じ瞬間に体を離した。


 黒蠍は近くの円柱に()()()と手をつけ、()()()と勢いをつけて回転し、そして()()()()と飛び跳ねて間合いをとった。猿のように身軽だ。


 アランが詰めようとした。と同時に、黒蠍が突如しゃがんで石のつぶてを投げてきた。アランはかわした。つぶては背後の壁に当たって散った。黒蠍は再び地面のつぶてを拾い上げる。


 アランは口の端を引いた。身をひるがえし、大きく作りすぎた盾のごとき――壁そのものとしては()()()な――壁の裏に回った。


「――――!!」アランは体に急停止をかけた。


 出し抜けの攻撃だった。壁から刃が一直線に突き出てきた。それを目と鼻の先で回避した。壁に(こぶし)大の穴があいていたのだ。


 ぎらりとした剣の刃がズルッと引き下がっていく。


「さすがだね」壁の向こうから黒蠍の声。


 アランは壁から離れて態勢を立て直した。


 ――黒蠍。壁の穴を知っていた。この男は何度もここで対決してきたのだろう。石のつぶてを投げてきたのも、相手を壁の裏に誘導する意味があったか。


「なるほど」アランは声をかける。「慣れ親しんだ場所で戦えるのが、運がいい根拠か」


「どうだろうねえ。慣れ親しんでるのかなあ」黒蠍が不敵な笑みを浮かべながら壁の内側に歩いてきた。「今の穴、今この場で、運よく見つけただけ」かもよっ、と彼は片腕を振り下ろした。アランに向かって何かを投げた。


 アランは剣ではじき飛ばした。手裏剣だった。手裏剣は()()と地面に突き刺さった。


「ふふ。やっぱりさすがだね」


 アランは相手の藪睨みの目を見据えて洞察する。この黒蠍という男。短いあいだに仕出かしたことといえば、石のつぶてを投げる、壁の穴に剣を突き刺す、手裏剣を投げる、か。見上げたやり方である。もっともらしく対決に対する思いを語っていたが、正々堂々と戦う気などないのだ。


 胸底の荒ぶる波の堰を切った。アランは地面を蹴った。疾風のごとく駆ける。


 黒蠍に激しく打ちかかった。くっ、と黒蠍は息を漏らして防御する。


 アランの素早く鋭い攻撃は怒涛のごとくつづいていく。黒蠍に小道具を使わせる暇をあたえないほどに剣を打ち振るって攻め立てる。


 黒蠍は(おの)の剣で攻撃を防ぎながら後退する。若きアランの猛攻は凄まじい。黒蠍はよく食らいついているほうではある。しかし確実にアランに押されている。それは相対する両者が実感しているのはもちろんのこと、傍目からも看取できるものだった。切り立つ崖の頂上で鎬を削る音が響く。


 急にアランは打ち込む手をゆるめた。黒蠍は動きを乱された。アランは剣を大振りした。その分黒蠍は大きく体勢を変えてよけなければならなかった。黒蠍の体の軸が崩れる。


 黒蠍は転倒した。彼の尻が地面についた。


 ――もらった!


 アランが勝負を決する一撃を浴びせようとした。


 しかし結果としてそれは不発に終わった。


 邪魔が入ったのだった。横から手裏剣が飛んできた。よける必要があったアランは体を後方に反らせてよけた。こうしてアランの怒涛の勢いは削がれた。その隙に黒蠍は立ち上がった。


「だ、大丈夫だすか。黒蠍さん」大柄な子分が近寄ってきた。手裏剣を投げた本人である。


 眼光鋭くねめつけるアラン。荒く息を吐く。


 黒蠍は無言で手裏剣を拾い上げた。そして近づく子分に思いっきり投げつけた。


「ぎゃあっ」と大きな叫び声が廃墟に響く。手裏剣は子分の肩に刺さった。


「手出しするなっていっただろ」


 大柄な子分は「あーっ、あーっ」と声を上ずらせて引き返していく。


「す、すみませんでした。黒蠍さん」ほかの子分が詫びた。


 冷たき風が廃墟に吹き抜けた。

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