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5-1:勉強会(1)

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――五年前――




 太陽グループの十六人が役所の一室に呼び出された。毎年十二歳になる少年少女はレイル島にまつわる極めて重要な事項を領長から教わる習わしになっている。勉強会と呼ばれるこの集会は、レイル島の子供にとって大人への扉みたいなもの。どんな内容が話されるのか想像はついているのに自分たちの番がくるとなったら妙にそわそわした。


 おれは集合時間間際に勉強会が催される部屋へ滑り込んだ。すでにほかの皆は床に尻を据えて待機していた。()()()以外は全員到着している、と役所の入口で事務員さんがいってたとおりだ。


 好きに座に着いていいみたいだ。広めの部屋を真ん中で区切って右側に男、左側に女というふうに固まっている。おれは右側の一番後ろに座ることにした。おれの前方であぐらをかいている三人組が振り返った。


「ケイ。遅かったじゃないか」


「ああ。ハヤテが時間を勘ちがいしててさ」


 そのときおれが開けっ放しにしていた両開き扉からハヤテが入室してきた。おれは手招きをした。


「いったんあいつの家まで迎えにいってたから遅くなったんだ」


「そ、そうか」


 おれがいい終わるのを待たずに三人組はそそくさと前へ向き直った。ハヤテは悠然と歩き、おれの横にどっかりと腰を下ろした。三人組の体が小さく跳ねた。


 おれはハヤテに「間に合ってよかったな」と話しかけた。


「だから走らなくていいっつったんだ」


「何いってんだよ、ぎりぎりだったろ。歩いてたら完全に遅刻だったぜ。今日は遅刻欠席なんて絶対にゆるされない大事な日なんだからさ」


「わかったよ。うるせえな」


 おれたちに背中を見せている三人組は石にでもなったみたいに黙っている。いつもはにぎやかな奴らなのに。


 太陽の日のハヤテ、略して太陽ハヤテの堂々とした態度(いいいい方をすれば)はふつうにしててもまわりをびびらせてしまう。生まれつき一目置かれてる上に、先日の揉め事でさらに一段高い場所へ押し上げられてしまった。


 先日の揉め事。太陽グループの子供たちの仕切り役であるルイがハヤテにけんかを吹っかけた。ルイはこてんぱんにやられてしまった。


 ルイは決して弱い奴じゃない。ハヤテが強いのだ。ハヤテの強さは並外れていると、改めて皆が思い知らされた。


 やっつけられたルイはいっときは気を落としていたけれど、ハヤテとのけんかが尾を引くことはなかったので再び調子を取り戻し、今なんかは張りきった様子で一番前の席を陣取っている。


 扉が閉まる音がした。


 領長が部屋に入ってきた。皆おしゃべりを止めて居住まいを正した。


 領長はしずしずと歩き、演壇に上がると、全員に目を配ってから第一声を発した。


「ご苦労だったの。今日は大事な話を授ける。皆の中にはすでに親きょうだいなどから聞いた話も出てくると思うが、改めて勉強するつもりで、また初めて知る学友のためにもどうか静かにじっくりと傾聴してもらいたい」


 はい、と男女の声がそろった。


「皆すでに十分理解しているであろうが、この島には〝太陽の日〟と〝月の日〟が存在する。これらは一日ずつ繰り返される。それに付随してレイル島では島民を太陽グループと月グループの二つに分けている。諸君らのように〝太陽の日〟に生まれた者は太陽グループに、〝月の日〟に生まれた者は月グループに属している」


 さすがにこの話にはだれも何も反応しなかった。これくらいのことは幼児でも知っている。


「〝太陽の日〟と〝月の日〟の概念があるのは世界広しといえどもこの島だけだ。我々以外の生物にとっては区別する必要がないのだ。彼らからすれば、日付が変わった、新しい朝がきた、ってなもんで終わりだ。我々はそうはいかない。日をまたげば、つまり0時になれば、肉体がちがうものに変化してしまう。明日にはおのおのが今日とは異なる姿をしている。異性に変わる者、大きな獣や可愛らしい小動物に変わる者、多種多様だ。わしも今は小ぎれいな(おうな)の容貌だが、明日になればひげを生やした(おきな)の姿になる」


 小ぎれいな、というくだりは領長のちょっとした冗談なんだろうけれどだれも笑わなかった。実際きちんとした容姿だから滑稽にならないのだ。


「我々レイル島の民は皆、ヒトの姿で生まれる。誕生時のその姿を『本体』と呼ぶ。本来の姿という意味だ。諸君ら太陽グループは、今日〝太陽の日〟に本体となり〝月の日〟にもう一つの別の姿『化体(けたい)』となる。わしのように月グループの者の場合は逆で、今日は化体として過ごす日であり、明日や三日後五日後などの〝月の日〟に本体に戻る。我々島民は日ごと本体と化体の姿を繰り返しながら生きているのだ。――例外はあるがの」


 おれは横目でちらりと隣を見やった。頬杖をつきながらもちゃんと耳を傾けているようだ。


 例外とはまぎれもなくハヤテのことだ。ハヤテだけは0時になっても外見に変化が生じない。その代わりに中身が豹変する。


 おれは〝月の日〟に女の体に変身するが、心の中は一貫しておれのままだ。ほかの島民たちも同じだ。そりゃ見た目が変われば多少の気持ちの変化はある。たとえば、いわゆる()()()()()()()()振る舞うようになったりするし、ヒト以外の化体になる島民は警戒心が強くなる傾向がある。けれど基本的な性格は本体のままだ。まじめな人は異性になってもまじめだし、怒りっぽい奴は動物になってもすぐ興奮する。性分なんて簡単に変えられるものではないのだ。


 ハヤテの場合は、魂を丸ごと取っ替えたみたいに対照的な性格になる。一方は強気で血気盛んな自信家の男、一方は心優しくてひかえめで礼儀正しい男だ。


 どっちが本体――ハヤテの場合は本性と呼ぶべきか――なのかはわからない。なんでもハヤテはちょうど日をまたぐあたりに生まれたので、太陽の日生まれなのか月の日生まれなのかは判定できないらしい。とりあえずあくの強いほうを立てて太陽グループに置いている。そうでないと「なんで俺が化体なんだ」と苦情を入れるにちがいないもんな。


「島を出た経験がある者は多くはないだろう。島の中で暮らしているだけでは外の世界について知る機会は無に等しい。それでもこの島にもたまに客人が訪れるのですでに気づいているはずだ。ふつうの人間は一日ごとに顔や体が入れ替わったりなどしないとな。人間は出生時の姿形のまま成長する。そう。我々は人間ではないのだ。我々は半人種の『化体族(けたいぞく)』という種族だ。今はな」


 領長は「今は」を強調した。


「半人種について説明しよう。正式な呼び名は『懐生(かいせい)』。主に東大陸に棲息する、人間でもない動物でもない神族(しんぞく)でもない生き物だ」


 領長の斜め向かいから勢いよく手が挙がった。


「領長。神族とはなんですか」


「ルイよ。後で話そうと思っていたのに相変わらずせっかちだな」


 くすくすと笑いが起きた。ルイは挙げていたほうの手で恥ずかしそうに頭を触った。


「まあいいだろう。どうせなので先に説明しておく。神族とは簡潔にいえば神とその側近のことだ。この世を司る唯一無二の絶対的存在の神と同様、神に仕える側近たちもまた俗世とかけ離れた聖なる場で日夜世界を見守ってくださっている。ふつうに暮らしていればまず一生御目にはかかれない(たっと)き御方たち。それが神族だ」


 ルイは「なるほど」といわんばかりに首を大きく縦に二回動かした。おれがざっと場内を見渡した限り皆の反応は薄かった。神族に関してすでに知っていたか興味を引かれる話題ではなかったかどっちかだろう。


「半人種の話に戻る。半人種は二十七の種族が確認されている。だいたいにおいて人間のような(なり)をしているが、翼が生えていたり目玉の数が多かったり大樹ほどに体が大きかったり、何かしら非人間的な特徴を持っている。中には人間の外観とほとんど変わらぬ種族もおるが、人間では持ち得ない不思議なちからや特殊能力が備わっていたりする。人間とは似て非なるものが半人種なのだ。……九十五年前まで我々の父祖は正真正銘の人間だった。ほかの人間たちと同様に西大陸に居住しており、領の名はエデンレイルといった。狩猟と織物を得意とする力のある領だったと聞いておる。しかし九十五年前のある日、エデンレイル領の一人の男が禁忌を犯してしまった。半人種である『天人族』の女と交わってしまったのだ。交わりとはなんですかという質問が毎回出るので先に明らかにしておく。交わりとはつまり性交渉のことだ」


 この話については知らなかった者も多く、一気に驚きと動揺の声が上がった。やだ、と嫌悪の情をささやく女の子もいた。

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