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49-2:世界の広さ

 僕たちは集っていた鳥人族の皆さんに見送られて出発した。僕とユリアはシトヘウムスさんに、ケイとリャムはチコリナットに連れられて空を飛ぶ。鳥人族の里から離れて間もなく、緑の山々が見えてきた。


 僕たちが目指す天王の王宮は、東大陸の北部寄りの最も高い場所にある。神族であり、神に一番近いとされる、双子の王、天王と地王。天王か地王に認められれば神に会うことができる。くぐらなければならない門はまだ待ち受けているのかもしれないけれど、それでも物理的な距離としては、確実に近づいているんだ。


 滝のような川のような水の上を越した。高度をそんなに高めていないから景色の移り変わりは早い。


 鳥人族と手をつないで飛ばせてもらうのは何度目か。やはり空は開放感や爽快感がある。そして初めて大空を舞ったときから感じていたこと、やっぱり今も感じている。こうやって大空を飛んでいると、懐かしいような気持ちにさせられる。不思議だ。


「おーい!」


 もう一組がこっちに向けておどけてきた。リャムが身を乗り出して大きく手を振っている。チコリナットは両手がふさがっているから声を出してこっちの注目を引いている。ケイも手を振ってはいるがひかえめだ。ケイは緊張感が漂っている様子。神への言上の大役を担っているのだから無理もない。


 僕は手を振り返した。その手で、風で乱れた髪を一つなでた。


 どうして領長はケイに神への言上の役目をあたえたんだろう。遠征の柱はハヤテであると領長自身がいっていたのに、最後の、最も大切な場面で、柱にしている者に最も重要ともいえる役目をまかせないのはなんでなんだろう。ハヤテでは不足と考えたんだろうか。理由があるようなないような領長の指示だったけれど、それでも何か深い意味があるんだろうか。


「ハヤテ」


 僕は顔を斜め上へ上げた。「はい」


「不安か」


 シトヘウムスさんがそう尋ねてきた意図がわからなかった。


「つないでいる手の様子でわかる」


 僕は鳥人族の気を分けてもらっている左手を見た。ただ偶発的に尋ねたわけではなく、証拠と確信を持っての問いかけ、というわけか。


「手の様子はわかっても、他人の心の中まではわからない。お前が何を考えているのかは私にはわからない。推測しても仕方がない。ときとして、他人は己の想像の及ばぬ途方もないことを考えているものだ」


 僕は端正な横顔にたしかなる鋭敏さを見た。この人はやはり、鳥人族の精鋭部隊の隊長なだけある。


「ん? お前の心中を吐露せよといってるのではない」


「あ、いえ。そういうことでは。……僕の考えていたことに対する答えのようなお言葉をいただいたので、少しびっくりしたのです」


「そうだったか」


 会話の流れはゆったりとしている。シトヘウムスさんをはさんで反対側にいるユリアは口を閉ざしている。


「不安を感じるかどうかは問題ではない」シトヘウムスさんはさらりと述べた。「肝心なのは、物事が実際に起きたときに、何を選ぶかだ。己自身の声が、聞こえるかどうか」


 僕は全面的に同意の意を持った。「はい」


「ハヤテ。お前は英雄の素質を持った人物だ」


 一般的に考えてそれは褒め言葉だ。だから僕は返事ができなかった。


「やっぱりそうよね」ユリアが反応した。


「英雄の素質を持った人物は、英雄の翼をまとわされる。他人からも、己からも」


 浮いている体がさらにふわりと浮いたような感覚が胸の中で起こった。


「英雄の翼で飛びつづけるには勇気がいる。英雄の翼を捨てるのも勇気がいる。英雄の翼をまとってしまった者は、いずれにしても並ではない運命に突き当たるのだ」


 僕の唇がぴくりと動いたが、結局声は出なかった。


「お前が心から望む道を選べ、ハヤテ」




 休憩をとることになった。高い岩峰の中心に足を着けた。ユリアが両手を上げて伸びをした。


 少し遅れて到着したチコリナット組。飛んでいるあいだもずっとそうだったように元気だ。


 シトヘウムスさんは一人離れて峰の端に立った。


 ――お前が心から望む道を選べ――


 僕が心から望んでいることは、昔からずっと変わりはない。化体族が人間になること。本当のハヤテという男を知ること。


 僕はシトヘウムスさんのもとへと歩み寄った。彼は真っすぐ大景観を眺めている。


「高い場所から見る景色は、格別ですね。世界の広さを実感できます」僕は述べた。


 世界は広い。自分は小さい。遠くにぼんやりと高い山が見える。その先にも、その先にも、陸地がつづいている。


「この世界は、東大陸、西大陸、複数の島。それですべてだと思っているか」


 シトヘウムスさんは意外な問いかけをしてきた。僕が口を開く前に、彼の口が動きだした。


「世界はまだ広い。この東大陸と西大陸を合わせた広さよりも、五十倍は広いだろうと考えられている」


「五十……倍?」


 いきなりの大きな数字に呆気にとられた。世界はまだ五十倍も大きいということか? どれくらいのものなのか。頭の中で世界地図を五十個並べてみた。――ぞくっと心が震えた。


「そうなのですか」僕の声は興奮していた。


「五十倍は推測の数値だが、先人の知見とあらゆる学問から割り出したゆえにほぼ正確だと捉えられている。世界がまだまだ広いのはたしかだ」


 はあ、と僕は長めの息を漏らした。「初耳でした」


「皆、地図に支配されているから気づかないのだ」シトヘウムスさんはいいきった。「世界はこれだけと地図が示せば、世界はそれだけだと皆が信じる」


「そうですね……」


「遥かなる海の先にはまだ見ぬ大陸があるかもしれぬ。まだ見ぬ生物が生きているかもしれぬ。その可能性は大いにある」


 その辺はまだ確認されてないのか。でも、世界の大きさの分だけ可能性も大きくなる。


 僕はまた息を漏らした。胸が高鳴っている。


 まだ発見されていない島はあるだろうと考えたことはあった。しかし、大陸といえば東と西の二大陸で完結すると思っていた。思っていたというよりは、そういうものだという疑う余地のない既成の概念があった。まさか、ほかにも大陸が存在し得るほどに世界がまだまだ広大だとは、しかもそれが五十倍もの規模を誇っているとは、さすがに想像が至らなかった。


「世界は地図で描かれているよりもっと広大で。それが五十倍で。そういった類いの話は、今まで人間社会からはいっさい入ってきたことはありませんでした。おそらく人間は、まだ何も知らないのではないでしょうか」


 人間が糸口をつかめば、もしかしたら一気に解明に近づくかもしれない。僕の印象では、東大陸つまりは半人種の社会よりも、西大陸の人間の社会のほうが文明やいろいろな面での研究が進んでいる。人間は空を飛んだり妖術を使ったりなど特殊なちからがないからこそ文明進化に力を入れ、その結果が著しく表れているのだといえる。


「世界の広さに気づき、冒険に出た人間もいたかもしれぬ。しかし今の技術で世界を見るには難しいというもの。この先、船がますます進化を遂げ、ついでに空飛ぶ船などができようものなら、本当の世界の広さを知るのも難しくなくなるだろう」


 空飛ぶ船。なんとも夢のある話だ。でも、それであれば。


「鳥人族の方でしたら、世界中を飛び回れるのでは?」

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