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47-4:回帰

「お。また馬姫様のお通りじゃ」リャムが窓の外を見ていった。


 姫か。なんだろう。小屋に近づきたいけど近づけないのかな。……おれがいるから。


「ケイ」ハヤテがおれを呼んだ。「姫と話してこい」


「――え?」


「別に嫌いでソッポ向いてんじゃねえだろ。年上のお前から歩み寄ってやるんだな」


 ハヤテの思いがけない提案におれはぽかんとなった。


 なんだよハヤテ。急にお兄さんらしい発言して。しかも、もっともな発言して。


「それがいいけえ。ガキどももいなくなったし、今が絶好の機会じゃ」


 歩み寄り、か。たしかに、このままでいいとは思わない。いいはずがない。明日は王宮へ向かう日。ユリアとの仲を修復するとしたら今日のうちに、新たな年の第一日目でもある今日のうちにするのが、最善かもしれないな。


「お前ら」おれはハヤテとリャムを見た。


 ハヤテはいつもどおりの無愛想な表情。リャムは反対によく見せる気前がいい表情をしている。


「のぞくなよ。立ち聞きするなよ」二人に釘を刺しておれは小屋を出た。





 小高い丘を歩いていた姫は、すぐにおれの気配に気づいた。


 おれは視線を少しずらしながらも真っすぐに距離を縮めていく。姫は浮き足立って落ち着かない様子だ。自分のほうへ向かってきていると悟ったようだ。


「姫」おれは姫と目を合わせて声をかけた。


 姫はそわついた感じのままくるりと方向を転換し、おれにしっぽを見せた。そのまま離れていこうとする。


「姫、待ってくれ」


 風車が停止するようにして、歩行していた赤褐色の脚がゆっくりと地面に垂直になった。


 待てといえば待ってくれる。やっぱり、おれを嫌がってるわけではないんだろう。どう接したらいいかわからなくて、避ける態度になってしまってるんだな。


 おれが蒔いた種だ。おれがもっと気楽になれる方向へと導こう。


「おれが三日前にいった……告白。なかったことにしてくれてかまわない」おれは姫の後ろ姿に向かって告げた。


 姫の耳がぴくりと動いた。


「もちろんあれはおれの本心だ。嘘偽りない、正直な気持ちだ」


 白い雲に薄い金色の光が差している。視界に映る空とは別に、おれの脳裏には、満身創痍の状態で見上げていた紫がかった濃い青色の空が浮かんでいる。あの日の、告白したときの、空の色だ。


「おれはあのとき、死ぬかもしれないって思ってた。死ぬ前に、自分の気持ちを伝えておきたかったんだ。ただそれだけだ。返答も何も求めちゃいない。おれの気持ちに対してどう答えようかなんて、いっさい考えなくていい。ユリア。お前は何も気にする必要なんてないんだよ」


 そりゃ、いつかは一人の男として見てくれたらうれしい。でもそれは、人間になってからの話。


「今はただ、遠征だけに集中しよう」


 まずは人間にならないことには、男と女としてユリアとは向き合えないのだから。


 姫はとことこと体の向きを変えて、おれと相対した。


「おれたちは、化体族を代表して遠征に出てる。今までどおり、仲間として、遠征を成功させるために、協力していこう」おれの顔の力がふっと抜けた。「えらそうなことをいったけど、何より、ユリアと気まずいままなのが嫌だ。お前が暴走してたらおれが歯止めをかけて、おれがグズグズしてたらお前がおれのケツを叩く。そんな関係が気に入ってるんだからさ」


 姫がおもむろに前進した。頭部をにゅっと突き出しておれの腹に刺すようにして当てた。


「お、なんだよ」


 姫は鼻先でぐいぐいと押してくる。親しみを込めた嫌がらせか。そうやっておふざけで接してくれて、うれしい。おれはようやく笑顔に近い顔になれた。


 おれは姫の首筋に触れた。「絶対に人間になって、レイル島へ帰ろうな」


 姫は押し当てていた鼻をおれから離して、横を向いた。遠くを眺めている。レイル島に思いを馳せているのかもしれない。


 おれは、上がっていた口角がじわじわと下がっていくのを体感する。


 ――絶対に人間になって、レイル島へ帰ろうな――


 同じ言葉を今、もう一人のレイル島出身者であるハヤテにかけることは、できない。それがとても切なく感じる。


 神のもとへ近づくに連れて増す現実味。いよいよ差し迫ってきた。きっと訪れるであろう、()()()()との別れ。


 おれはどっちのハヤテも大好きだ。どっちも尊い存在だ。両者を天秤に掛けるようなことは土台無理な話だし、到底なんらかの方法でなんらかが割りきれるような話ではない。ハヤテは本当の自分を知りたがってるからこう思うのは無粋だけど、でも、どっちかがいなくなってしまう可能性は、やっぱり悲しさがまとう。それに、ハヤテ自身は弱音なんて口にしなくても、怖いと思う瞬間がないわけではないと思う。ハヤテ本人だって、悲しく思う瞬間が、ないわけではないと思うんだ。


 果たして人間になることはハヤテにとって最善の道なのか。そんな懸念が浮かび上がってきたことが、今すごく切ない。


 空はもう少しで黄昏と呼ぶにふさわしい模様へ変わる。黄昏に揺れる影だけ見れば、ハヤテはどちらでもない、ただハヤテという男でしかないのに。そう、ハヤテという存在は肉体だけを見れば一つなのに。


 体一つ、心二つ。ふつうの化体族の、体二つ、心一つとは、まるで逆なんだな。今さらそんなことをしみじみと思う。


 どうしてハヤテにだけ皆とちがう性質をあたえたのか。神と対面した暁には、その理由を明らかにすることができるのだろうか。

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