47-1:新年一日目 【太陽の日/ケイ(男)】
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照りつける白日が眩しい。大きなお日様、晴れ晴れした空。まさに今日にふさわしい天候となった。
今日は一年で一番めでたい日。新しい年の一日目だ。大陸の西も東も関係なく各地で大勢の人が新年の喜びにひたっているのが想像できる。おれたち一行にとっては、ただめでたいだけではない。緊張と意気込みが入り混じっている。いよいよ明日、神に会うための最後の関門となる天王の宮殿へと赴く。身が引き締まる思いだ。
ここ鳥人族の里では、今朝からずっと形式めいた催しや儀式がおこなわれている。鳥人族の族長が祝詞を読み上げたり、祈りを捧げたり、集団で空を飛んだり特別な酒を飲んだり。ほかの地から訪ねてくる鳥人族たちもいるから、中心の広場はたくさんの人で埋め尽くされている。
午後になっても式典はつづいた。族長がくつろぐ暇がないのはいわずもがな、シトヘウムスさんをはじめとする第一部隊の面々も式典を取り仕切るのに忙しそうだった。もっとも、こういう場合の忙しさは楽しくもあるのだ。皆表情が充実しているように見えた。その中には第一部隊であることをいつも誇っているチコリナットの姿はなかった。
チコリナットは三日間の謹慎処分をいい渡された。今は、例の牢獄を有する要塞の中に入れられている。彼はおれたちを王宮へ連れていく役目があるから今日いっぱいで謹慎は解けるものの、本当は一ヶ月くらい閉じ込めたっていいのだとシトヘウムスさんが淡々と述べていた。鳥人族は厳しい。そしておれとユリアも彼の謹慎の原因に一枚噛んでいるわけだから、申しわけなさを感じる。
おれたちはいくつかの儀式を見学したのちに、寝泊まりしている小屋に戻ってきた。
ハヤテは真っ先に革鎧を脱いだ。リャムは装備していた武器を取り外した。おごそかな時間がつづいてぴしっと張り詰めていた体をゆるめたく、おれも腰から剣を取り外してテーブルの上に置いた。先日、野生の龍獣を討ち取ったおれの剣。龍獣とともにどこかへいってしまったと一時はあきらめていた剣だ。大公のお兄さんであるダランギールさんが拾ってくれたことによって、この身に戻ってきた。きちんとレイル島に持って帰って、勝利の剣として島に返還しよう。
おれとハヤテはテーブルの椅子に座って、グラスに注いだ水をがぶがぶと飲んだ。リャムは窓際に立って陶器のカップを口に運んでいる。まるで紅茶でも飲んでる風情だけど中身は同じくただの水だ。
小屋の居室でくつろぐ男三人。姫は一人、というよりは一頭で、広場に残っている。鳥人族にとって馬は馴染みの薄い動物なので、特に子供の鳥人族たちが姫にまとわりついて離れないのだ。
「鳥人族もなかなか趣向を凝らしとるけえ」リャムが窓の外を眺めていった。
遠くのほうの空中で、数十人の鳥人族が演舞をしているのが見える。躍動感あふれる演舞に合わせて掛け声や拍手が起こっている。だんだんと里の雰囲気が、宴に近いものに移行してきている。
「ハーメット領には負けるがの」
おれは空になったグラスをテーブルに置いた。「ハーメット領のお祭りはすごくにぎやかそうだな」
「にぎやかなんてもんではないき。中心街では毎年死人やら火事やらが出るほどの弾けっぷりだからの。あの派手さ楽しさは、一生に一度は味わわんと、損じゃ、損」
「ふだんから盛り上がってる場所だもんな。たしかにハーメット領のお祭り、一度見るだけ見てみたいな。遠くからでいいから」
「来年きたらええ。そのときにはお前や兄貴たちは正真正銘の人間のはずじゃ。堂々と遊び回れるけえ」
「来年かあ」
来年の今頃、化体族が神からゆるしを得て人間になってるとして、ハヤテはどんな性格が前面にきてるんだろうな。神の影が近くなるに連れて、ハヤテの本体について考える機会はどうしても増えている。
「そのときには、兄貴はどちらの兄貴になってるんでしょうかね」
一瞬おれの心の声が出たのかと思った。化体族だったら口にするのをはばかるような話も、リャムは変に気を遣うことなくさらっと訊けてしまう。
「さあな」ハヤテは考える素振りなく返した。
「うらはもちろん、どちらの兄貴でも大歓迎ですけえ」
わあっ、と人々の歓喜の声が外から聞こえてきた。演舞に向けての歓声だ。まるでリャムの発言に賛辞を送ったみたいな、そんなちょうどいい間合いだったのでおれは笑ってしまった。リャムも笑った。ハヤテはほとんど水が入ってないグラスをぐいっと仰いだ。笑いそうになったから口元を隠したと見た。
せっかくの機会だし悪くない雰囲気だし、新年の新鮮な気分に乗っかって、おれも話してみるか。いつか話題に出そうと思って、出してなかった話。
「レイル島を出発した夜にさ」おれは爪で小刻みにグラスをつついていた。無意識に動かしてしまっていた指をおとなしくさせた。「マルコスさんの船で横になってたときに、ユリアがいってたんだ。おじさんやおばさん、つまりハヤテとユリアの両親、や領長は、ハヤテの本体がどっちなのか知ってるんじゃないかって」
複雑な話題に対してハヤテは不快な顔はせず、むしろ興味を示している様子だ。気兼ねなくつづけられる。
「ハヤテの出産時のことを詳しく教えてくれないから何か隠してると思ったんだと。その隠してる内容ってのは、ハヤテの本体がどっちかってこと。真実を知ったら化体のほうがしょげてしまうから、身近な大人たちは隠しておくことにしたと読んだみたいなんだ」
ハヤテ自身は妹のユリアと同じような推測をしたことがあるんだろうか。鳥人族の儀式を見学してるときと変わらないハヤテのいつもどおりの顔つきからは、何も読み取れない。
「お前はどう思うんだ」ハヤテが尋ねてきた。
逆にこっちに意見を求めてきたか。
「おれは……。そういう見方もあるのは理解する。けど、いくつかの点から無理があると判断してる」
おうおうおー、と少々間抜けな掛け声がした。こんな話題でなければ意識を向けて笑っていただろう。おれたちは外の喧噪は無視した。
「第一に、秘密にしておくには内容が大きすぎて背負いきれないと思う。こんな話はふつう、すぐに広まってしまうもんだ。仮に内輪だけの秘め事にとどめられたとしても、本体と化体、どっちがどっちなのか知っておきながらおくびにも出さずに本人に平等に接するのは難しいよ。うっかり明かしてしまうこともあれば言葉の端やふとした振る舞いに表れてしまうことだってあるだろうし。隠そうとしたって隠し通せるもんじゃないと思う」
「それはそうじゃの」リャムが何度かうなずいた。
「ハヤテの両親も、領長なんかも、ハヤテに対して、どっちかのほうを特別扱いするとか、どっちかに哀れみの情を向けるとか、そういう言動は一度だってしたためしがない。おれが知る限りはね。一度も見たことがないよ。だから、ハヤテの本体を知ってて黙ってるってやり方は無理があると思ったんだ」
ハヤテは腕を組んで鼻からゆっくりと息を吐いた。「お袋は内にこもりがちだからな」
脈絡がないような返しだった。けど、おれはハヤテが何を伝えたいのか想像できた。内にこもりがちな――つまり内向的であって開放的ではない――サユリおばさんが、出産時についてあまり多くを語らなくても、なんら不自然ではないといいたいのだろう。だとすれば同意だ。
「それにさ、ユリアは詳しく教えてくれないっていうけど、お前の誕生については今やだれよりも明るみにされてると思うぜ。レイル島の全員が知ってるんじゃないかってくらい。0時前後に生まれたことだとか、神ノ峰の頂上で生まれたことだとか。事前に神からお告げがあったことも」
リャムが「ん?」と、驚きと疑問を混ぜたような声を出した。リャムのためにおれが説明しておこう。
「ハヤテの母親はハヤテを妊娠しているときに神から言葉を授かったんだ。そのお腹の子はやがてレイル島の民を救うから神の傍らでお産しなさいってね。で、神がときおりやってくるといわれている神ノ峰の頂上まで翼竜に運んでもらって、そこで実際に出産したんだ」
リャムが目をぱちくりとさせた。「なんちゅう……神話のような話じゃ」
「島民の中で神ノ峰の頂上に足をおろしたことがあるのは、後にも先にもサユリおばさんとムゲンさんだけ。おばさんは、だれの付き添いもなしに、おばさん一人でハヤテを産みきったということだ。悪いけどムゲンさんは翼竜のときはもちろん、人間のときだってお産の手伝いなんかできっこない。だから離れた場所で待機していたと思うんだ。おばさんにしたって旦那以外の男に出産しているところを見られるのは嫌だろうし」
「嫌じゃろうね。旦那にだって見られるのは嫌かもしれん」
「リャムのためにもう一つ説明すると、産婦は分娩時は化体に変化しないんだ。だから一人きりだったおばさんは、いつ日が変わったかなんてわからなかったはずだ」
「時計は持って……、いや、持ってたとしてもそんなもん見てる余裕はないじゃろうね。出産は死ぬ女性もいるくらい大変なものだって聞くからの」
「レイル島の中心地域には鐘がある」リャムにいったん説明してから、おれはハヤテのほうを向いた。「正午と0時を知らせてくれるあの鐘の音、神ノ峰までたしかに聞こえる。でもあの鐘は元々は特別なときにしか使われてなくて、毎日決まった時刻に鳴らされるようになったのはおれが生まれて間もなくだったって、父さんがいってた。つまり、その数ヶ月前のハヤテの誕生時には、鐘は0時には鳴ってなかったんだよ」
ハヤテの誕生時に鐘が鳴らされる習慣があれば、もしかして、もしかしてだけど、ハヤテの本体がどちらなのかわかっていた……こともあったかもしれない。鐘が鳴らされる規則が作られた理由は、今まで考えたことすらなかったけれど、ハヤテの誕生が一つのきっかけになった、ってこともあり得そうだ。
「そんなこんなでさ。おばさんでさえハヤテが太陽の日に生まれたのか月の日に生まれたのか把握してなさそうなんだし、だれもハヤテの本体がどっちかなんて知らないと思うぜ」
ハヤテは組んでいた腕を解いた。そして今度は足を組んだ。「だれも知らなくて当然だ」
おれはどきりとした。短いハヤテの言葉の中に重い響きが感じられた。だれも知らなくて当然。そう発言した背景にどれくらい「素」となる情報や思い当たりがあるのかは不明だが、一つひしひしと伝わってくるのは、本人にさえ何も糸口がないのだということだ。




