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44-3:手掛かり

 三つ編みの男は咳のような息を吐いた。「そんなもん当然だ。東大陸にいる女だぞ。俺たちゃ人間だ。あの島の、化体族だったか、あんなふうになってしまうような考えなしの真似なんかするかよ」


「そんな意味でいっとらんけえ。女の子の容態もろくすっぽ調べずほったらかしにするとは紳士の欠けらもないといっとるんじゃ」


 リャムの流れるような弁舌に、迷彩服のだれかが喉をぐっと鳴らした。


「とにかく。俺たちが知ってるのはそれだけだ。女二人とはほんの少しだけの関わりだ。人間にしか見えねえ奴なんざ取っ捕まえる価値もねえし、行方なんてまったくもって知らねえ。だからその火をどっかへ持ってってくんな」


「そうだよう。勘弁してくれよう」垂れ目の男は声を裏返していった。


「女の子二人の居どころがわかればすぐに解放してやるけえ」リャムが一歩前に出た。「そんでは、立派な三つ編みからいくかのう」


 たいまつの火がすうっと痘痕顔の近くに寄せられた。


「や、やめろー! 本当に知らねえったら!」


「リャム、もういいだろ」チコリナットがリャムの腕をつかんだ。「こいつらはきっと本当のことをいってるよ」


「本当だよう! 知ってたらとっくに白状してるよう!」垂れ目の男が声高に主張する。


 たしかに、この場ではこれ以上の進展は望めない。


 リャムは緊迫感など微塵も存在しないかのように陽気に笑った。そしてたいまつを持つ手を引っ込めた。「冗談っちゃね」


 うっ、ぐすっ、と垂れ目の男は泣いている。ほかの迷彩服の面々は、疲れたようにぐったりしている。


 僕は空を仰いだ。青と灰色を混ぜたような、紫ともいえるような、どこか幻想的にさえ感じさせる宵闇の空は、しかしやはり今はきれいというよりは妖しいおもむきだ。


「これまた不穏な」


 初めて聞く声がして一気に地上へと視線を下げた。声がした一画を見やる。落ち着きのある、中年男性と思しき声だった。


「犬が騒ぐわけだ」


 草木の陰から、ほとんど音を立てずにすうっと姿を現した。一瞬馬のようにも見えた、背が高くて細い、頭部の小さい犬。その犬の上に乗っているのは、絹と思われる白い服を着た人間っぽい男性。口のまわりにひげが生えていて、人間の年齢でいえば五十代くらいの見た目だ。


「あなたは、ダランギール様」シトヘウムスさんが謎の訪客に体を向けた。


「おぬしは鳥人族の隊長だな」


「はい。シトヘウムスです」


 知り合いのようだ。


「そして、白き隊士。見覚えがある」


「チコリナットです」本人が名前を告げた。


 彼らが自分たちの族長以外にうやうやしくしている姿を初めて目にした。「様」が付くくらいだから、よほどの人物なんだろう。男性も犬も独特な雰囲気がある。


「お騒がせしております。この人間どもが卑劣な行為をおこなっていたゆえ、制裁を加えておりました」


 うむ、と謎の男性はつぶやいて犬からおりた。チコリナットと同じくらいに背が低い。手にはマントか何か大きな布でくるんだ細長い包み物を携えている。


「ダランギール様は、なぜこちらへ?」


「暗雲が漂っていた」謎の男性はゆったりとしたしゃべり方だ。「ここへ導かれる途中、不穏の断片に出合わせた」


「と、いいますと」


「この先の崖の下に、珍しい死体が転がっていた。まだら模様の龍獣だ」


 死体、そして龍獣という単語は、僕の心を乱した。


「死因は崖からの転落だろう。ただ、人類と争った形跡があった。龍獣は剣で片目を突かれていた」謎の男性は包みを解いた。「この剣だ」


 僕は息を引いた。謎の男性が持ち上げている片刃の剣。とても見覚えがある。


「お、俺たちのじゃねえからな」三つ編みの男がいった。


 僕は謎の男性のもとへ駆け寄った。犬が一声静かに鳴いた。


「見ても、いいでしょうか」


 男性は洞察力に長けてそうな目で僕をじっと見上げた。そして無言で剣を差し出した。


 受け取った剣を調べる。やっぱり。ケイの剣でまちがいない。


「覚えがあるようだ」


「はい。はぐれた仲間の剣です」


 謎の男性は僕の目をのぞき込んだ。「龍獣の歯には血が付着していた。ただしこれは龍獣自身の血ともとれる。もう一つ気になったのは、龍獣の歯に黒い布の切れ端がはさまっていた点だ」


 ザッと見えない強雨に全身を打たれたような感じがした。


「兄貴。ケイの着てた服は……」


「黒……だった……」自分の口がやけに重かった。


 全体的に僕は重さを感じている。頭も重い。頭の働きが鈍くなっているのは、考えたくないからだろうか。


「おいおい。人を食う龍獣がうろついてやがるのか」三つ編みの男の声。


「ここは貴様らのような人間がうろつける場所ではない」シトヘウムスさんの厳しい咎め。


「もういいよう。もう帰ろうよう、ダッカー」


 会話が耳に入ってきてもそっちに目が向かない。僕はケイの剣から目を離せないでいる。


「貴様らの船はどこにある」


「あっちの先の入り江に」


「今すぐ東大陸から去れ。そして二度と上陸するな」


「も、もちろんだよう。約束するよう。な、ダッカー」


「わかったよ……。誓うよ」


「――ハヤテ」


 呼ばれてようやく視線を外へ向けた。


 呼んだのはシトヘウムスさんだ。「私は連中に同行し、東大陸を出ていくまで見張る」


 僕はうなずいた。


「我々もお供しよう」謎の男性が犬をなでていった。


「ダランギール様。恐れ入ります」


 シトヘウムスさんは僕の脇を通り過ぎた。すれちがいざまに僕の肩に手を置いた。


「チコリナット。二人を連れて捜索にいきなさい。のちほど合流する」


「わかった。ハヤテ、リャム。いこう。真っ暗になる前にケイとユリアを見つけよう」


 僕とリャムはチコリナットの手を握り、妖しく暮れる空の下を飛翔する。ひめやかに影を見せる雲の大群が、なんだか様がましい。


 僕はケイの剣を落とさないように片手で強く握りしめる。余計な力が入っている。一刻も早く二人を見つけたい気持ちと、見つけたときにどんな事実がそこにあるのかという気持ちと。複雑に絡み合っては僕の心をじりじりと焦がす。


 正直にいうと怖い。どんな強そうな敵に立ち向かうより、怖い。こんな恐怖感は、僕の記憶の限りでは、初めてのことだ。

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