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44-2:迷彩服を着た連中

 前方で三つ編みの男が毒気を抜かれている。その隙に乗じて僕は飛びかかっていった。


 息を詰める相手に肩から思いっきり当たった。三つ編みの男は後方へ横向きに倒れた。衝撃で男の手から弓が離れた。即座に僕は弓を拾ってだれもいない方向へ投げ飛ばした。また、矢筒からこぼれ出た矢も別の方向へ投げた。これで相手の主たる武器がなくなった。


「チコ坊! 無茶はせんようにの!」リャムがチコリナットに声をかけた。


「ガキ扱いすんなって! おいらは第一部隊だぞ!」


 それぞれがそれぞれを相手取って戦っている。


 三つ編みの男は腕の力で腰を上げて駆けだす素振りを見せた。その体が向く先に、僕が体当たりをする前に落としていた剣がある。拾おうとしている。させない。迷彩服の背中に飛び乗って地面に沈めた。肩を押さえつける。


 前方に落ちてる剣を視界に入れつつ僕は問う。「女の子二人はどこですか」


「女の子ぉ?」三つ編みの男はぎろりと横顔で睨んだ。痘痕(あばた)のある顔だ。「どこの店の?」


 カッと胸が熱した。


「あなたたちが矢で墜落させた女の子です」


 痘痕顔がにやりと笑んだ。「さてねえ」


「兄貴後ろ!」


 リャムの声に僕は首で振り向いた。色黒の男がいた。手に矢を持って掲げている。ぶんと振り下ろしてきた。僕は横へ回転してかわした。三つ編みの男はチッと舌打ちした。


 危ない。また毒矢の餌食になるところだった。冷静さを欠いていた。


 シトヘウムスさんが飛んできた。僕に直接毒矢を刺そうとした色黒の男の頸部を引っつかんでグンと押し、木の幹に叩きつけた。ずるりと色黒の男は幹に沿って背中を滑らせた。


 その間に僕は自分の剣を拾い上げた。呼吸を整える。


 三つ編みの男は懐から折り畳みナイフを取り出した。刃が向き合う。僕の剣と相手のナイフ、長さがまるで大人と幼児ぐらいにちがう。有利と不利がこうも視覚化されていると不利側の者は得てして心細くなるもので、この三つ編みの男においても目玉がきょろきょろと動く形で不安げな様子が表れた。


「クソ……」三つ編みの男の気勢が薄れた。


 失意を感じるのも無理はない。相手側は苦境にある。毒矢が刺さって昏睡状態なのが一人。地面に倒れているのが二人。残りの二人は、リャムとシトヘウムスさんに拘束されている。リャムは最初の人質をかまいつけたままだ。だからこそリャムはごたごたした中でもまわりをよく観察でき、僕に危険を知らせることができた。シトヘウムスさんが押さえている男はがたがたと震えている。一番気が弱そうな垂れ目の男だ。


 三つ編みの男は苛立たしげにうなった。「てめえらの目的はなんなんだ」


「女の子二人の行方を知りたいだけです」


 怪訝そうな痘痕顔が、「あー」といったのをきっかけに少し笑顔に近いものに変わった。「あれか」


 本当に今思い出したのかは知らないが、とにかく口を割る様子だ。


「そういや見たぜ、女の子。二人。あんたらみたいに鳥人族と空を飛んでたな」


「その二人はどこです」


「どこっつったってな。なんもねえ場所で少し見かけただけだ」


 自分たちは深い関わりはないし居場所も定かではない、といいたいようだ。


「おーい」


 チコリナットの声。彼は天幕から出てきた。中を調べていたようだ。


「中にはだれもいねえ」


 僕の肝の位置が下がった感じがした。ケイとユリアはここにはいなかった。


「それから、いい物を見つけた」チコリナットは縄の束を掲げた。


「でかしたけえ、チコ坊」リャムがにやりと笑った。




「六人で全員ですね」


 縄で拘束した連中を一箇所に集めて座らせ、僕とシトヘウムスさんとチコリナットが三方から囲む。リャムは離れた場所で一人で火をおこしている。


「そうだよ」後ろ手に縄で縛られている三つ編みの男が、僕を見上げて投げやりにいった。「五人に減っちまったけどな」


 毒矢が胸に刺さってしまった小柄な男は絶命した。五人となった連中のうち、色黒の男は意識不明、もう一名も重症で起き上がれない状態にあり、まともに受け答えできるのは三つ編みの男と垂れ目の男ともう一人の三名。


「あなたたちは人間ですね」


「当たりめえだ」


 三つ編みの男だけが返答する。意識がはっきりしているほかの二人は、おそらくは精神的な苦痛が原因で、黙っている。


「人間が東大陸になんの用だ」シトヘウムスさんが問う。


「珍しい生き物を捕まえて売る。そういう仕事のためよ」


「腐った人間が」シトヘウムスさんは吐き捨てた。


「いつからここにいるんだ」チコリナットが質問した。


「今朝船で着いたばかりだ」


「何か捕まえたんかえ」リャムが遠くから背中で話しかける。


「けっ。一匹も捕まえてねえよ。そもそもこの辺には半人種がいねえ。動物すらろくに見かけてねえ」


 シトヘウムスさんとチコリナットの鳥人族二人は、目を合わせて何事かの意思の疎通をした。


「あまりにも何もいねえから、煙でも上げりゃ何か出るかと思って焚き火をしたわけよ。そしたら運よく鳥人族が現れたんだ。結果的に逃げられちまったがな」


 焚き火の跡があったのはそういう事情か。


「そのときに女の子二人も一緒にいましたね」


「ああ」


「毒矢を放ったのは事実ですね」


「まあな」


「矢は女の子二人に当たったのですか」


「いいや、外した。どっちにも刺さってなかった」


 チコリナットはユリアの腕かどこかに矢が刺さったような感じがしたといっていた。チコリナットの思い過ごしだったのか、それとも三つ編みの男が偽っているのか。


「さてと」リャムは立ち上がった。


 リャムの手には火のついたたいまつが携えられている。たいまつとなる割り木は天幕の中にあった物だ。彼はくるりと振り返り、たいまつを立て、皆が集っているこちらへと近づいてきた。


「嘘を抜かそうってんなら分厚いツラを燃やしてやるけえ」


 迷彩服の男たちは動揺の声を上げた。


「嘘なんかついちゃいねえよ」


 リャムは三つ編みの男の前で立ち止まった。三つ編みの男は怒りと緊張が交錯したような目でたいまつの火を見つめる。


「矢は本当に女の子に当たってなかったんかえ」


「当たってねえよ! 当たったように見えた……一人はそんなふうにも見えたが、結果的に当たっちゃいなかった。落ちた後に俺たちはちゃんと確かめたんだ。矢は確実に刺さってなかった」


 僕は少し安堵感を覚えた。真偽の疑いはあるにせよ、刺さったと断言されるより何倍もマシだ。


「女二人は無事そのもので、まあ一時的に気を失いはしたようだが、落ちた場所がよかったんで、ありゃ大したけがもなく無事に元気にぴんぴんしてるってもんよ。なあ、そうだったろ」


 早口でまくし立てる三つ編みの男に突然同意を求められ、隣に座っていた垂れ目の男はびくりと一度跳ねてから五回ほどせわしく首を縦に振った。


「元気というからには、動き回るところでも見たんじゃの?」


「いや……見てねえ。ってのは、俺たちゃすぐその場を離れたもんでよ」


「無事というからには、けがなどないか調べたんじゃの?」


「だから、すぐ立ち去ったからその辺は知らねえって。でも無事なのは、ほれ、もう落ちた場所にいなかったんだろ? なら移動したってことだろ。無事で元気な証拠じゃねえか」


「気を失っている女の子を前にすぐ立ち去るとは信じられんのう」

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