44-1:戦闘 【月の日/ハヤテ】
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僕たち三人はシトヘウムスさんが待つ岩峰の頂上に着いた。
岩陰に座るシトヘウムスさんは、「くない」という小刀のような鉄製の小型の武器を布で拭いていた。革のベルトの切り込み穴にもう二本、くないを携えている。
「シトヘウムス。ケイとユリアは見たか?」チコリナットが尋ねた。
「いまだ確認できていない」
「そうか……」チコリナットは肩を落とした。
僕はでこぼこした岩と岩の隙間から地上を見下ろした。樹木とむき出しの地面が陣取り合戦をしているかのような原野が広がる。いた。迷彩服を着た男たち。
「連中の数は六人より増えていない。あれで全部と見ていいだろう」
ちょうど今、六人見える。ばらばらに散らばり、歩いてる者もいれば、何か手作業をしている者もいる。弓と矢筒は体の一部かのように皆持ち歩いている。
チコリナットものぞく。「うん。やっぱりあいつらだ。まちがいねえ」
「あそこら辺を拠点地にしとるようじゃの」リャムがチコリナットの上から顔を出していった。
平地の端のほうに二つの天幕が設営されている。迷彩服の男たちの物で疑いようがない。
僕は尋ねる。「シトヘウムスさん。天幕の中にケイとユリアがいる可能性は」
「なくはない。というあたりか」
可能性は薄いと見ているようだ。
「現状では連中をあたってみるしかあるまい。――わかってるな。奇襲だ」
「はい」
一陣の風が、シトヘウムスさんとチコリナット、鳥人族二人の白い羽を、さざ波のように揺らす。
僕たち四人は機を窺う。この位置からの監視は妥当だ。翼がなければ辿り着く気がしない険しく高い場所。ふつう、こんな場所にだれかがひそんでいるとは思わない。空が薄暗いのも手伝って、よほど注視しなければこちらの存在に気づけないだろう。折よく向こうは警戒する様子はなく、どちらかといえばきたる夜に向けてくつろごうとしている雰囲気だ。
迷彩服の六人が寄り集まった。
今だ。僕たち四人は飛び出した。
横一直線の形態で飛ぶ。片端から、シトヘウムスさん、僕、リャム、チコリナットの順に並んでいる。僕とリャムのあいだには、即席の「攻め道具」が存在している。リャムが脱いだ福耳団のマントを巻いて棒状にした物。互いにマントの端を持ち、ゆるまないように張る。これでまずは一味を出し抜く。
「おい、あれ!」
一味がこっちに気づいた。もう遅い。
うわあと叫ぶ男たちの上半身をマント棒で薙ぎ倒す。男たちは地面にばたばたとくずおれる。
「ひゃっほー! 福耳団は悪党のお掃除屋なんじゃーーー」
二手に分かれた僕たちは空中で旋回した。
「なんだあいつらは」
「鳥人族だ! 撃ち落とせ!」
男たちが体勢を整える前に、僕とリャムは地上へ飛びおりた。リャムは飛びおりついでに一人の男に蹴りを食らわせた。
僕は一番近くにいた小柄な男を捕らえた。背後に回り、抜いた剣を男の首に添えた。リャムも同じく人質をとって剣で押さえ込んでいる。ここまでが岩峰の頂上で短時間のあいだに立てた作戦だ。
人質の小柄な男が唾を飲み込んだ。野放しの四人は弓をかまえてじりじりと足の位置を変える。
「弓と矢を下に置いてください」僕はいった。
僕の手中にいる男は抵抗せずに従った。弓を落とし、肩から上は動かさないようにして背負っていた矢筒も取り外して下へ落とした。リャムの人質も同様に従った。
「てめえら四人もじゃ。こいつの首を斬り落とされたくなけりゃ弓矢を地面に放棄するんじゃ」
ヒッ、とリャムの人質が息を荒げた。リャムが首の皮膚に刃を押し当てたようだ。
野放し組の男たちが色めき立った。一番動揺しているのは異様に目尻が垂れている男。彼は人質と同じように顔を引きつらせ、弓と全部の矢をぎこちない手つきで地面に落とした。一人、もう一人と、弓をかまえる姿勢を解き、むずかりながらも弓を置くために姿勢を低くする。が。
一人だけまったく動かない。長い髪を三つ編みにしている男。今のところ最も力を感じる三つ編みの男は、その厚そうな顔の皮膚をゆがめることなく矢をつがえたままだ。
「三つ編み。早くするんじゃ」
びゅんっと小気味よすぎる音が駆け抜けた。僕とリャムのあいだを矢が通った。躊躇なく、矢を放ってきた。
「ダ、ダッカー。なんで撃つんだよう」人質以外で最初に弓矢を手放した垂れ目の男が声を上げた。
「バカ野郎が! 弓矢を放棄するバカがあるか! さっさと拾いやがれっ!」
怒鳴られ、三人はあわただしく拾い上げた。
「東西南北で囲め」
男たちは走って四方に散らばる陣形をとった。僕とリャムは背中合わせになった。
「おほう。なるほどさすがダッカーだよう」
まわりを囲まれ、複数の矢尻を向けられている状態に、本来は彼らの仲間である人質二人の呼吸が荒く乱れている。押さえている肩からひどく緊張しているのが伝わる。
「そいつらの首を刎ねてみろよ。盾がなくなるぜ」三つ編みの男は片手で矢を持ち、指揮棒のように振り回した。「こいつぁなあ、ただの矢じゃねえんだ。食らったら気持ちよーく眠っちゃう特別な矢なのよ」
やはり毒矢を持っていたか。
野放し組は弓を引き絞りながら笑みを漏らす。向こうに余裕が出てきた。
ふん、と三つ編みの男は鼻を鳴らした。「突然押し入ってきやがってクソガキどもが。てめえらは何者だ」
「人間もしくは半人種じゃ」リャムは軽くいなす。
「けっ。ガキが。忠告だけしておくぜ。死にたくなければその剣を捨てやがれ」
ぎゃっと悲鳴が上がった。後方の位置にいた色黒の男。彼の太ももにくないが刺さってる、と僕が理解したが早いか、シトヘウムスさんとチコリナットが左右の位置にいた男たちに荒鷲のごとく襲いかかった。僕はその余波をすぐに体感することになった。鳥人族二人に急襲された男たちの手からバッと矢が離れ、そのうち一本が僕の人質の上半身に刺さったのだ。人質はぐたりとくずおれた。
立ちどころに混沌と化す現場。




