8 くま天使を囲む会
赤岩の町のすべての災いが閉じ込められていると言い伝えられている、赤石の家の蔵。
その蔵の中で。
一体のテディベアが、短い足で器用に正座をしていた。
正確には、させられていた。
イチゴによって。
赤い色の、いちごの飾りなんかもついている、可愛らしい魔法少女風の衣装に身を包んだ赤石イチゴ(小五)によって。
赤石イチゴ。小悪魔キュートな外見だが、中身は割とそうでもない。
「そ・れ・で? 結局、あんたは何なの? どうして、うちの蔵に住んでるの? どうして、バナナ君だけ魔法少女にしたの? まさか、バナナ君に邪な気持ちを抱いたわけじゃないよね? それから、あのクモは何?」
イチゴはテディベアの前に立ち、腰に手を当てて、高圧的にテディベアを問いただす。
毛足の長い高級そうなテディベア。
一応、くま天使と名付けられている。
くま天使は、落ち着かない様子で、イチゴの両脇に視線を行ったり来たりさせている。
バナナによってクモが倒された後、イチゴとメロンも、もしかしたら今なら自分たちも魔法が使えるのではないかと期待して、何度か試してみたのだ。
だが。バナナは、バナナソードを呼び出したり消したりと自由自在なのに、イチゴとメロンは魔法少女のコスプレをして技名を叫んでいるだけの人になっていた。やっているのが小学生だから微笑ましいが、そうでなければ、かなりの大惨事だ。
どうやら魔法が使えるのはバナナだけらしいと気付いたイチゴは、眉間に皺を寄せてしばし考え込んだ後、くま天使に正座をするように命じたのだ。
むーん、と仁王立ちで、くま天使を見下ろすイチゴ。
そのイチゴの右には、黄色と白の衣装の黄藤バナナいた。ショートカットの可憐な極上美少女にしか見えないが、男の子だ。
先ほど、クモの化け物を倒したバナナソードは既に消えている。
こちらはイチゴに強制されたわけではないが、なぜか正座をしている。くま天使に付き合っているつもりなのかもしれない。
そして、イチゴの左隣に立っているのは、緑色の衣装の緑川メロン。名前の通りの豊かなお胸が魅力的な、ゆるふわおっとり美少女だ。誕生日が一番早いこともあって、自分ではイチゴとバナナを引っ張るしっかり者のお姉さんのつもりだが、実際はそうでもない。
メロンはいつの間にか、棚に立てかけてあった黒い鞘の日本刀を手にしていた。もちろん、鞘からは抜いていない。イチゴからきつくきつく言い含められたせいもあるが、一応本人もそれが危険物である自覚はあるようだ。
メロン曰く。
「大丈夫、分かってるよー? 下手に振り回して、イチゴちゃんやバナナ君を、うっかりスライスしちゃったらいけないもんねー?」
とのことだ。
そう聞くと何だか美味しそうな気もするが、実際にはかなりスプラッタだ。
くま天使は、あっさりとクモを倒してみせたバナナと、メロンが持つ日本刀を恐れているようだった。
トントン。
メロンが手にした日本刀で床を叩くと、くま天使はビクリと肩を揺らした。
メロンとしては、特に意図してそうしたわけではなかったが、脅されていると解釈したのか、くま天使はべらべらと喋り出した。
「いや別に住んでるわけじゃねーよ? 高慢ちきなお嬢様が鼻についたからさー。クマのぬいぐるみに取り付いて、夜中に騒いでちょっと不眠にしてやったんだよ。可愛い悪戯だろ? それなのに、赤石の術師に、クマの中に封じられた揚句、蔵の中の閉じ込められちまったんだよ!」
「あはは~。本当に悪戯くまさんだったんだー。でも、夜中に騒ぐのは、よくないよね~?」
「まあ、蔵に閉じ込められても、文句は言えないんじゃない? ……ん? ちょっと、待て! 赤石の術師って何? 誰?」
聞きづてならない単語を聞いてたイチゴは、しゅばっと床の上に四つん這いになり、くま天使にずいと顔を近づける。
くま天使は、上体を後ろにそらしながらも割と素直に質問に答えた。
「あ? 赤石って言ったら、この辺じゃ有名な術師の家系だろ? まあ、昔に比べると力が弱ってきていて、祓いきれなかった呪いや倒しきれなかった妖怪なんかをモノに封じて、二度と悪さをしないように蔵に閉じ込めてるって、おまえら人間どもの間でも言い伝えられてんだろ?」
「え、ええー? あれって、単にうちが古い家系で、町の守り神とか祀っているからって、気味の悪いガラクタを押し付けられてるだけじゃなかったのー?」
イチゴは両の耳に手を当てて、膝立ちになって後ろにのけ反る。
「あー、まあ、おまえ、赤石の人間のくせに、まったく力を受け継いでないみたいだからな。その辺の詳しいことは内緒にされてたんだろ」
「えっとー。その辺はとりあえず置いておいてー。どうして、わたしとイチゴちゃんは魔法を使えなかったのかなー?」
トントン。
日本刀で床を叩いて、メロンが微笑んだ。
微笑んでいるのに、何か怖い。
今は赤石の家と蔵の秘密よりも、バナナだけが魔法を仕えた理由の方が気になっているようだった。気になっているというよりは、自分とイチゴだけ魔法が使えなかったことを根に持っているのかもしれない。
「いやいや、落ち着け? オレ様のせいじゃねーよ? そもそも、オレ様はモノに取り付いて動かしたりして人を驚かせる可愛い悪戯しかできない小物妖怪だし! あのクモは、弱っていたとはいえ、明らかにオレ様よりも各上だったし! そんな妖怪を祓えるような力、端から持ってねーんだよ。んで、持ってねー力を誰かに与えたりすることも、当然出来ねーわけよ! ちなみにあのクモは、札が剥がれたせいで封印が解けて現れたんだと思うぜ。札が剥がれたのはオレ様がぶつかったせいだけど、それはおまえたちがオレ様を追いかけまわしたからだし、そこは同罪だと思うぞ!」
「んー。クモさんのことは、いいとしてー。バナナ君が魔法を仕えたのがくまさんの力じゃないのなら、一体、どうして? 誰がバナナ君に魔法の力を与えたの?」
メロンは顎に人差し指を当てて、首を傾げた。
彼方に旅立っていたイチゴも、上体を戻し、メロンの言葉に頷きながら、くま天使を見見下ろす。
バナナも、話についていけているのかどうかは分からないが、一応頷きながらくま天使を見つめている。
「そりゃあ、アレだろ? この蔵にいる妖怪たちは、みんな力を封じられてるんだからよ」
くま天使は、三人の顔を交互に見つめてから、天井を見上げた。
「この蔵の二階には、なんかヤバイもんが眠っている。たぶん、そいつの仕業だと思うぜ?」




