7 蔵の中は危険がいっぱい?
くま天使の頭突きによってお札らしきものが剥がれてしまった壺。
その中から現れたのは。
体長三十センチほどの大きなクモだった。
細長い壺の口からシュルシュルと黒い煙が出てきたと思ったら、それがクモに変化したのだ。
「ひ、ひぃ~~~。助けてくれ~」
くま天使は、壺から現れたクモの下敷きになっていた。
ジタバタと暴れながら情けない声をあげるが、クモはくま天使には興味がないようだった。
赤く光る眼で、バナナたち三人を値踏みするように見回していく。
「ガキが三人……。どいつだ? 赤石は、どいつだ?」
「なっ、こいつ、イチゴを狙っているのか!? イチゴ、下がってろ。大丈夫だ、安心しろ! おまえのことは、おれが必ず守ってやる! 魔法少女として!」
「ありがとう、バナナ君。ありがたいけど、でも…………」
バナナは身を竦ませているイチゴを背中に庇うようにして、クモとの間に立ちふさがる。勇敢な行為ではあるが、しかし。
「ほう? そいつか? 赤石の人間は?」
クモの赤い目がイチゴを捉えて妖しく光る。
「ああ~、特定されちゃった~」
イチゴはバナナの後ろで身を小さくする。
たとえ喋らなくても、自分が狙われているのではなくても。
身の丈三十センチほどのクモというだけも、普通に怖い。
「と、兎に角、に、に、逃げなきゃ……。二人とも、早く……」
「ん~? でも、バナナ君は、すっかり戦うつもりみたいだよ? 狙われてるのはイチゴちゃんだから、イチゴちゃんだけ逃げなよ。バナナ君の面倒は、私が見ておくから」
メロンのほうは、あまりクモが怖くないらしく、至って呑気に割と冷静な提案をしてくる。
「う、うぅ。そうしたいけど、そういうわけにも……っ」
イチゴは涙目で震えている。
「ていうか、戦うって、どうするつもりよ? 武器もないのに」
「ん~。殺虫剤とかあればいいのにね~? あとは、燃やす……叩き潰す……? あ、あの棚に立てかけてある日本刀? みたいなのでプチってやればよくない?」
「ひぃいいい~。やめて~。それ、絶対、プチっ、じゃ済まないって! ブシャってなるって! 誰が片づけるの、それえ? あたし、絶対、やりたくない! お願いだから、壺の中にお帰り下さい!」
「でも、やっつけないと、狙われてるのはイチゴちゃんだよ~?」
「それは、そうなんだけどー!?」
「落ち着け、イチゴ! 大丈夫だ、おれに任せておけ!」
緊張感のないやり取りを繰り広げていると、クモがのそりと動いた。
「その娘が、赤石だと? それにしては、まったく力が感じ取れんが……。まあ、いい。三人とも喰らってやろう。少しは、腹の足しになるだろう」
「にゃー!? よく、分かんないけど、三人とも狙われたー!? どー、どうしよう? どうしたらー?」
クモは細くて長い足を動かし、ゆっくりと歩み寄って来る。
が。
その足取りは、何かよぼよぼしていた。
「起きたばっかりで早く動けないみたいだね。それとも、お腹が空き過ぎてよろよろしてるのかな? 今の内に、やっちゃおうか!」
「ちょ、それはダメだって!」
日本刀が立てかけてあった棚に向かおうとするメロンを、イチゴは慌てて止めた。
「えー? じゃあ、どうするのー?」
「う、それは……」
「大丈夫だ! おれに任せろって言っただろ? くま天使、おれに力を貸してくれ!」
「は? 無茶言うな」
クモが動き出したおかげでようやく自由になれたくま天使は、よろよろと立ちあがった。
疲れた声でバナナの頼みを断るが、バナナは聞いていなかった。
「今度こそ、成功させるぜ! いでよ、バナナソードー!」
高らかに叫びながら、右手を天に突き出す。
その右手に。
黄色に光り輝く、剣――のように細長い一本のバナナが現れた。
「やったぜ! ありがとな、くま天使!」
「は? いや、オレ様は何もしてな……って、人の話を聞けよ」
「おお~」
「え? え? 何、これ? 何が起こったの?」
「行くぜ、クモ野郎! 優しく剥いてね、バナナソード!」
バナナが叫ぶと、バナナソードの皮がクルクルと捲れていき、根元を握っているバナナの拳の上でピタリと止まり、鍔のようになった。
「ビームサーベルみたーい」
「いっけぇー!」
メロンのどこか呑気な歓声を受けながら、バナナは白く輝く刀身を思い切りよくクモの上に振り下ろす。
「ちょ、待て、おまえは、一体、何者……うぎゃあーーーー!!」
断末魔の悲鳴を上げて、クモは黒い粒子となって消えていった。
「ふっ。夢と希望を失っても、現実はいつも、そこにある!」
ビシィッと剣を前に突き出し、バナナは勝利の決め台詞を放った。
「バナナ君、すごーい! でも、何か、ザコ敵って感じだったね! 次は、ボス敵が出てくるのかな?」
「よ、よかった。ブシャってならなかった……」
興奮を隠せないメロンと、脱力して床にへたり込むイチゴ。
くま天使は、棚につかまり立ちをしながら、勝利の余韻に浸っている三人を見上げ。
「は、祓っちまいやがった……。ずっと、封印されて弱っていたとはいえ、あのクモは、結構まあまあなランクの妖だぜ? このガキ、何者だ?」
呆然と呟いた。




