37 赤岩町オカルト事情
イチゴが乙女の事情に振り回され、メロンが振り回していたその間に。
赤岩町のオカルト的な事態の方も、ゆっくりと静かに進行していた。
「布教活動を中止するって、どうして!?」
赤石の蔵の二階で、フルーツ娘三人組(内一名は男子だが、一番の美少女だ)は、手乗り幼女に詰め寄っていた。
赤い着物を着た、長い黒髪の手乗りサイズの幼女は、こう見えても赤岩の町の守り神だ。何百年も前から町の守り神をしている立派な神様なのだが、今は本体ではなく欠片の意志の方に宿っているのでこんなサイズになっている……んじゃないかと、竹蔵は言っていた。竹蔵が子供のころからこの姿だったので、町の信仰度が下がっているせいではないはずだ、とも言っていた。
さておき。
赤岩様は、いつものように石が祀られている台の端にちょこんと座り込んで、難しい顔で黙り込んでいた。
『布教活動を中止する』
それは、今朝。イチゴが竹蔵と茜から聞かされたばかりの話だ。
理由を聞いたけれど、「赤岩様がお決めになったことだ」というだけで、イチゴには教えてもらえなかった。
二人に教えてもらえないのなら赤岩様に直接聞くまで、と思ったのだが、学校に遅刻してしまうためそれも叶わず。とりあえず、朝一でバナナとメロンには事情を話し、三人でジリジリしながら放課後を待った。
そして、“帰りの会”が終わるなり、学校を飛び出して蔵の二階へと向かったのだ。
なので、今日は魔法少女に変身(という名の生着替え)もしていないままだ。
息を切らしたまま詰め寄るイチゴたちに、だが赤岩様は何も答えてはくれなかった。
眉間に皺を寄せ、むっつりと押し黙っている。
「理由も教えてもらえないんじゃ、わたしも納得できないかなー?」
「そうだぜ、赤岩様! 乙女神人形のおかげで、小学校とか中学校とかで、すっごい有名になってきてるんだぜ! はっ! もしかして、人形の出来が気に入らないのか!? 我はもっと可愛いとか、美しいとか、女の人の面倒くさいアレなのか!?」
「そんなわけがあるか!」
珍しく空気を読まないバナナの失礼な発言に、赤岩様は思わず反応してしまった。
ちなみに、バナナは何も考えずに話しているようでいて、女子に関することには割と空気を読むタイプだった。
「布教活動を止めたことで、それで、何かが解決するの? 赤岩町のオカルト的な平和が守られるようになるの?」
この機を逃さないとばかりに、メロンがずずいと赤岩様に顔を近づけた。
「そ、それは……」
赤岩様は頼りなく瞳を揺らしながら口ごもる。
布教活動を止めたところで、赤岩町のオカルト問題が解決するわけではないのだということは、イチゴたちでも分かった。
「だったら、納得できないよ? ちゃんと、説明してよ、赤岩様」
いつになく真剣なメロンに、イチゴとバナナも背後で頷く。
けれど、赤岩様は口を閉ざして、決してイチゴたちと目を合わせようとしない。合わせようとしないが、その瞳には確かに迷いが揺れていた。
「赤岩様」
バナナが、そっとメロンの肩を押して、メロンの代わりに赤岩様の正面に立った。
そして、ビット親指を立てて、決め台詞風に宣言する。
「たとえ、布教活動を中止しても、おれたちは魔法少女活動を止めないぜ!」
「な、ならん! それは、危険すぎるのじゃ! もう、魔法少女に変身してはならん!」
赤岩様は血相を変えて立ち上がった。
強い口調でバナナを一括するが、そんなことで魔法少女を諦めるバナナではない。
「たとえ、危険でも! 悪いヤツらが町の人を困らせているのなら、おれは魔法少女として戦う! なぜなら、それが、魔法少女だからだ!」
バーンとポーズを決めるバナナの両脇から、メロンとイチゴも援助射撃……のようなものを行う。
「うんうん。それにねー、赤岩様。オカルト問題が解決してないのならー、わたしたちは、やっぱり魔法少女になって戦うしかないと思うんだー」
「これまでにも、バナナ君は二回も、変質者とかその予備軍? とかに憑りついた黒いのに襲われてるし。たぶん、うちの町で、今一番襲われやすいのって、バナナ君なんじゃないの?」
「つまりー、魔法少女活動が出来ないってことはー、もし次に襲われたら、バナナ君は」
「やられちゃうしか、ないってことだよね? 場合によっては、あたしたちもとばっちり?」
「むぐっ。それは、確かに、盲点じゃった……」
赤岩様が力なく座り込んで項垂れる。
「ふっ。二人の言う通りだぜ! 赤岩様!」
確実にバナナの元にも流れ弾が飛んだはずだが、弾はバナナをすり抜けていったようだ。
「ふ、ふふ。…………すまぬ。ちと、弱気になっておったようじゃ。目の前の脅威を恐れて、意味のない逃げを打つところじゃった。それでは、結局、おまえたちのことも、町のものも、守れないというのに。…………守り神失格じゃの」
自嘲気味に笑って顔を上げた赤岩様の瞳には、けれど。先ほどとは違う、強い光が宿っていた。
「おまえたちに、頼みたいことがあるのじゃ」
もうその瞳は揺らいではいない。
迷いは晴れたようだった。
フルーツ魔法少女たちは笑顔で、もちろんと頷いた。
「我と一緒に、お山の本体の様子を見に行ってほし」
「ぎにゃあぁぁぁぁぁーーー!!!!」
力強い笑みを浮かべる魔法少女たちの顔を見回し、少し貯めてから重々しく切り出した赤岩様のお言葉に被せるように、聞き苦しい悲鳴が響き渡った。
声の主は、茜。蔵の裏手から聞こえてきた。
それは、まるで。
絹を裂くには程遠い。
ゴキブリを素足でうっかり踏みつぶしてしまったかのような悲鳴だった。




