35 新たなる波乱の幕開け?
「一体、どういうことなのか、説明してもらえる?」
昼休み。体育館裏。
イチゴとメロンの二人は、またしても呼び出しを受けていた。
ただし。
今回、二人を呼び出したのはアンズではなく、桃花だった。
元々ツリ目がちの眦を、キリキリとギネスに挑戦するかの如く限界まで吊り上げて。両手は腰、足は肩幅。
立ち上がる怒りのオーラが目に見えそうなくらいに、猛っていた。
バナナが魔法少女として真の覚醒を遂げた、その翌日のことである。
二人はてっきり、変身シーンを見られてしまったのだと思った。
それで、桃花が怒っているのは。
桃花もまた「バナナ君は、本当は女の子なんじゃないの?」なんて思い違いをして、「このままじゃ、本当にアンズ君を取られちゃうかも!?」と不安になり、事情を知っていそうなイチゴとメロンにカチコミをかけたのでは? と、予想した。
したのだが。
二人が思っている以上に、桃花は現実的な女の子だった。
「昨日の帰り道。バナナ君が、なんか太ったおじさんとごちゃごちゃやってるのを見て、アンズ君が、アンズ君が…………」
腰に当てていた手を、胸の前で握りしめて、桃花はわなわなと震えだした。涙目で、きっと二人を睨み付けながら、桃花はその先を口にした。
現場には、アンズも一緒にいたらしいと二人は気が付いた。でも、別に一緒に帰ったとかいうわけでもないんだろうな、というところまで気が付いた。
その通りだった。
桃花は、バナナのストーカーをしていたアンズを、さらにストーカーしていたのだ。
「アンズ君が、アンズ君が。『バナナはやっぱり、本物の魔法少女で、本当に、女の子だったんだな』って言ってたんだけど! これ、一体、どういうことなの!?」
「そっち!?」
「あー……」
イチゴは思わず突っ込み、メロンは何やら納得したように頷いている。
「そっち、って何よ?」
「いや、桃花ちゃんは、変身シーンのことは、気にならないのかなーって思って」
「変身シーン?」
「うん」
「何、言ってるの? 意味、分かんないんだけど?」
「え? 何って。バナナ君が魔法少女に変身しておかしくなってたおじさんをやっつけたところ、見てたんじゃないの?」
「はあ!? 変身? バナナ君、別に着替えたりなんてしてなかったよね? 本当に、何言ってるの?」
「え? いや、だって」
怪訝そうな顔をしている桃花に、イチゴは混乱する。
「あ! もしかして、それで誤魔化しているつもり? 言っとくけど、そんなことで騙されないから! いいから、早く、質問に答えてよ!」
「え? えええ?」
桃花はイライラと腕を組んだ。
「まあまあ、落ち着いてよ、イチゴちゃん。つまり、桃花ちゃんには信じる心が足りないってことじゃないかな?」
「え?」
それまで、二人のやり取りを傍観していたメロンが、ずいと一歩前に進み出た。あとは任せろ、というように。
桃花はイライラしたままメロンを睨みつけるが、メロンはどこ吹く風だ。
「あ、ああ!」
しばらく呆然とメロンを見ていたイチゴが、突然声を上げた。
メロンの言葉の意味を理解したのだ。
つまり。
信心が足りない桃花には、バナナの変身シーンは見えていなかったということなのだろう。
「な、なるほど。信じる力か……」
イチゴの呟きを聞いて、メロンはフッと口元を緩める。
「何でも、いいから! 質問に答えてよ! それとも、答える気はないってこと?」
桃花も一歩踏み出して、小学生らしい桃花の胸板に、メロンの豊かすぎるお胸の天辺が触れそうになった。
「話しは、カンタンなんだよー?」
メロンがフフッと笑った。
何となく嫌な予感がしたイチゴだったが、ここはメロンに任せることにした。というよりも、桃花に何を話せばいいのかさっぱりだったので、任せるしかなかった。
「どういうことよ?」
「つまりねー? アンズ君はー、バナナ君は、本当は女の子なんじゃないかって思い込んでるみたいなんだよねー?」
「な、なんで、そんなことに!?」
「んー? バナナ君が可愛すぎるからかな? 女の子だったらいいのにっていう願望とー、魔法少女になれるのは、本当は女の子だからに違いないっていう妄想がー、いい感じに合体しちゃってるみたいだねー?」
「も、ももももも、もしかして。この間、ここでの、アンズ君との話って、もしか、もしかして……?」
はっきり告げられた残酷な事実に怒りは吹き飛んだらしく、桃花は分かりやすく動揺した。
メロンは楽しそうに笑っている。
イチゴはハラハラしながらも、二人を見守るしかなかった。
「うん、その話だよ。バナナは本当は女の子なんじゃないのかって、聞かれたんだよー」
「違うって、言ったのに、アンズ君は、信じてないってこと……?」
桃花の瞳が力なく揺れる。
「ううん。そうだよって、答えておいたから」
「なんで、そんなこと言ったのよ!?」
悪びれなく答えるメロンに、鎮火していた桃花に一気に火が回った。
イチゴとしては、正直、桃花に同意したい。
「それは、もちろん!」
「もちろん?」
「違うって言っても信じそうになかったしー。ヘタに暴走して、確かめてやるーとか言って、バナナ君の身に何かあってもいけないし。認めちゃった方が、話が早いかと思ってね! でも、大丈夫! 中学生になってバナナ君が男子として成長すれば、悪夢も醒めるって!」
「それまで、待てないっての!」
桃花が吼えた。
アンズが一人で勝手に勘違いをしているのなら気持ちも少し冷めたかも知れないが、アンズの思い込みにメロンが後押ししたと知って、かえって気持ちが高まったようだ。
「いい? アンズ君のことは、あたしが必ず守ってみせるから! あたしが、この悪夢から救って見せる!」
決意を込めた瞳で宣言すると、桃花は荒々し足取りで、体育館裏から立ち去った。
「ふふー。頑張れー、桃花ちゃん」
その背中に手を振りながら、メロンが無責任なエールを送る。
メロンだけは、怒らせてはいけない。
イチゴは、強く強くそう思った。




